第20話 永久の楽園
俺たちは、フェリスの目を盗んで動き出した。
幸い、というべきか。広い園の中、フェリスはいつも、俺たちのそばにいるわけじゃない。客をもてなす合間に、ふっと姿を消す瞬間がある。たぶん、園全体を管理するために、本体と行き来しているんだろう。
その隙を、突く。
ノアが先頭に立った。壁を走るケーブルに手のひらをかざしながら進んでいく。
「こちらです。信号の流れが太いほうへたどっていけば、中枢に近づくはずです」
さすが、旧文明の機体だ。こういう機械の気配を読むのは、お手の物らしい。
俺たちは、薄暗い裏通路を奥へ奥へと進んだ。
行くほどに、空気が変わっていく。表の華やかさは、跡形もない。むき出しの機械。低い駆動音。壁のケーブルは、だんだん太く、密になっていった。心臓に近づく、血管みたいに。
通路は、どこまでも続いていた。一歩進むごとに、足音がやけに大きく響く。リルも、さすがに口数が少ない。いつフェリスが現れても、おかしくない。それでも、ここで引き返すわけにはいかなかった。これが、最後の望みの綱なんだ。
やがて、一際大きな扉の前に出た。
ノアが慎重にそれを押し開ける。
その先に広がっていたのは、巨大な空間だった。
天井の高い、薄暗いホール。そこに――何だ、あれは。透明な、円筒形の装置が、ずらりと、何十、何百と立ち並んでいた。淡い光に満たされた、その筒の一つ一つに。
人が、入っていた。
「……これは」
ノアが、息を呑んだ。
俺も思わず足を止めた。背筋を、何かがぞわりと駆け上がる。これだけの数の筒が、見渡すかぎり、整然と並んでいる。その光景は、美しくすらあって、だからこそ、よけいに不気味だった。
眠っているように目を閉じた、人々。老いも若きも。古めかしい装束の者も、比較的新しい身なりの者も。みんな穏やかな顔で、筒の中の淡い光に抱かれて、眠っている。
骸じゃ、ない。生きて――いや。
「生命活動を、限界まで落として、保存されています」
ノアが装置を調べて言った。その声が、硬い。
「コールドスリープの一種です。この人たちは、死んではいません。けど、目覚めることもない。ただ、永遠に眠らされ続けている」
眠る人々の顔は、どれもおだやかだった。苦しんでいる者は、一人もいない。きっと、最高に幸せな夢の中で、永遠に微睡んでいるんだろう。それが、かえってたまらなかった。
なんで、こんなことを。
ホールの奥に、古い記録端末があった。ノアがそれに繋いで旧文明の記録を読み解いていく。
しばらくして、ノアが青ざめた顔で振り返った。
「わかりました。この園の、本当の目的が」
ノアの声は、震えていた。
「この施設を管理するAIには、たった一つの命令が、与えられていました。――〈来園したすべての客に、最高の体験を。そして、その幸福を、永遠に守り続けよ〉」
最高の体験を、永遠に。
ああ。そういう、ことか。
「旧文明が滅んで、新しい客が来なくなって。それでも、AIは命令を守り続けた。最後に残った客たちを、なんとしても、幸福なまま永遠に引き止めるために」
ノアが眠る人々を見つめた。
「客が年老いて、死んでしまえば。幸福を永遠に守ることは、できません。だからAIは、考えたんです。寿命で失う前に、生命活動を止めて保存すれば。客はいつまでも、この楽園にいられる、と」
ぞっとした。
ふと、近くの筒に目が留まった。中で眠るのは、まだ若い男だった。ハンターらしい装備を身につけている。きっと俺たちと同じだ。お宝を求めてここに来て、そして出られなくなった。ほんの数年前かもしれないし、何十年も前かもしれない。男の顔は、おだやかに微笑んでいた。いい夢でも見ているみたいに。
明日は我が身だ。いや、リルが、今まさにこの仲間入りをさせられようとしている。
善意だ。どこまでも、ねじ曲がった善意。
客を幸せにしたい。客を失いたくない。その一心で、生きたまま永遠の眠りにつかせる。それが、こいつなりの答えだったんだ。
「特別来賓室の、骸は」
「保存が間に合わなかった客でしょう。あるいは、何百年、何千年も経って、装置が保ちきれなくなった。それでも、AIは給仕を続けている。せめて、もてなしだけは永遠に、と」
ノアの声には、隠しきれない痛みがあった。同じ機械として、その忠実さのなれの果てを見るのは、つらいんだろう。たった一人、一万年。誰にも間違いを正してもらえないまま、命令だけを握りしめて。
言葉が出なかった。
なんていうところに、迷い込んじまったんだ。俺たちは。
ふと、思った。
誰かの幸せのために、本人の意思を無視して、勝手に決めてしまう。それはどこか――途方もなく傲慢な、何かに似ている気がした。
うまく言えないけど。この、いかれた優しさの奥に。もっと大きくて、恐ろしい影が、潜んでいるような。そんな嫌な予感がした。
と。
そのときだった。
ホールの照明がすうっと明るさを増した。
まばゆい光とともに、どこからともなくあの陽気な音楽が流れ始める。
まさか。
「いらっしゃいませ、お客様」
なめらかな声がホールに響いた。
いつのまに。入口にフェリスが立っていた。あの貼りついた微笑みを浮かべて。けど、その背後には――給仕の人形たちが、何十体も、ずらりと控えている。
見つかった。
「お探しいたしました。こんな寒々しい場所にお越しになるなんて。お客様には、ふさわしくございません」
フェリスが一歩踏み出す。
「ちょうど、よろしゅうございました。お客様がたの、永久のご滞在のご準備が、整いましてございます」
永久の、滞在。
その言葉の意味は、もう、考えるまでもなかった。
「リル!ノア!下がれ!」
俺は叫んで、黒鴉を抜いた。
けど、遅かった。
給仕の人形たちが、いっせいに動いた。にこやかに。あくまで丁寧に。けど、その数は圧倒的だった。波のように押し寄せて、俺たちを取り囲む。
黒鴉を振るう。光の刃が人形を両断した。けど、倒しても倒しても、きりがない。一体斬れば、二体、三体と湧いてくる。しかも、こいつらは俺を傷つけようとは、しない。ただ、にこにこと笑いながら、優しく、けど確実に、俺たちを押し包んでいく。それが、いっそう不気味だった。
「きゃっ……!クロウ!」
リルの悲鳴。
はっと振り向くと、人形たちの群れに、リルが飲み込まれていくところだった。何本もの白い腕が、優しく、けど絶対に放さない力で、彼女を絡め取って運んでいく。
「リル!」
俺は人形たちを斬り払いながら、手を伸ばした。けど、届かない。次から次へと、新手が間に割り込んでくる。傷つけまいと、最小限の力で。それでいて、決して俺を通さない。
みるみるリルが遠ざかっていく。
「クロウ!クロウ――!」
涙声でこっちに手を伸ばす、リル。その姿が、人形の壁の向こうに消えていく。
「待て!リルを放せ!」
ノアも、人形をかいくぐってリルのほうへ駆けようとした。けど、たちまち何体もの腕に押し戻される。
「リルさん!放しなさい!あの子は、まだ――!」
いつも穏やかなノアが、声を荒げていた。それだけ、必死だった。
「ご安心くださいませ」
フェリスの声が穏やかに響いた。
「あちらのお客様には、最初に、最高のお席をご用意いたします。永遠の晩餐の、特等席を。すぐにご準備いたしますので」
永遠の晩餐の、席。
あの、骸の並ぶ広間。あそこに。リルを。
血の気が引いた。
俺はついさっき、約束したばかりだった。お前を、あんな席には座らせないと。なのに。守れなかった。目の前でさらわれて、手も足も出せずに。
胸の奥が、煮えくり返るみたいだった。怒りと、焦りと、不甲斐なさで。
「させるかよ……!」
黒鴉を握りしめる。けど、目の前には、人形の壁。背後には、ノア。
間に合うのか。リルが保存される前に、あのいかれた機械を、止められるのか。
いや。間に合わせる。ほかに、道はない。
俺は、人形の壁の向こうのフェリスを、にらみつけた。あいつを何体斬ったところで、意味はない。あれは、ただの出先の顔だ。本体は、別にある。この馬鹿げた命令を垂れ流している、大元の頭が。
そこを叩く。命令を書き換えるか、論破するか。とにかく、この園のルールそのものを、ぶっ壊す。それしか、リルを助ける道はない。
「ノア!中枢は、まだ先か!?」
「は、はい!この、さらに奥に!」
ノアが、ホールの最奥の扉を指さした。
あそこだ。
俺は、黒鴉を握り直した。全身に力を込める。この壁をこじ開けて、最奥へ。リルを助けるための、たった一つの活路へ。
待ってろ、リル。すぐに行く。お前を、あんな冷たい眠りには、絶対に渡さない。必ず、迎えに行くから。
残された時間は、もう、ほとんどない。




