第01話 メイドのいる暮らし
人形坑からヴェルクまで、おんぼろの四駆で半日かかる。
助手席にノアを乗せて、夜の街道を走った。ノアは、シートに浅く腰かけて、窓の外をじっと見てる。流れていく電柱、対向車のライト、道端の自販機。そのひとつひとつを、目で追ってる。
「珍しいか?」
「ええ、とても。記憶にある景色と、ずいぶん違うものですから」
「まあ、一万年ぶりだしな」
「ふふ。そう言われると、気が遠くなりますね」
しばらく走って、ノアがぽつりと言った。
「あの光るもの、なんでしょう?空に、点々と」
「電波塔だよ。あとは街の灯り」
「あら。星かと思いました」
「星はもっと上だ」
ノアは、それきり黙って外を見てた。なんとなく、寂しげな横顔だった。一万年前の星空でも、思い出そうとしてるのかもしれない。まあ、俺が訊くことでもないか。
ヴェルクは、辺境のしょぼくれた都市だ。舗装はそこそこ、夜は街灯がつくし、酒場じゃ誰もが端末をいじってる。地球でいう二〇〇〇年くらいの暮らしらしい。なのに、その辺に原理不明の遺物がしれっと混じってる。継ぎ接ぎの街だ。住人の半分はハンターで、もう半分はそいつら相手の商売人。俺みたいなのは掃いて捨てるほどいる。
夜中に着いて、その晩はノアをアパートに泊めた。一間しかない。狭い。床に物が散らかってる。
「あらあら」
部屋に入るなり、ノアが頬に手を当てた。困ったような、それでいて、ちょっと楽しそうな顔で。
「ご主人様。これは、おうちというより、遭難現場ですね」
「うるさいな。寝る場所はあるだろ。適当に使ってくれ」
「ふふ。では、お言葉に甘えて。まずは、片付けからにしましょうか」
「いや、寝ろよ」
「眠りませんので。それに、こういうの、嫌いじゃないんです」
翌朝。目が覚めたら、部屋が見違えてた。床が見える。散らかってた装備が、種類ごとに並べて立てかけてある。流しの皿は洗ってあって、窓まで拭いてある。台所にノアが立って、鼻歌まじりに、なにか作ってた。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「お前、ほんとに寝てないのか」
「ええ。手持ち無沙汰でしたから、つい。朝ごはん、もうすぐできますよ」
テーブルに、湯気の立つ皿が出てきた。うちの戸棚にあったのは、干し肉と、しなびた根菜と、いつ買ったか忘れた香辛料くらいのもんだ。それが、ちゃんとしたスープになってる。ひと口すすった。
うまい。いや、うますぎる。なんでだ。同じ材料のはずなのに、俺が作るといつも灰色のスープになるのに。
「お口に合いました?」
「合った。めちゃくちゃ合った。お前、料理までできるのかよ。同じ材料で俺が作ると灰色のスープになるのに。」
「ふふ。戦闘も、お掃除も、これも。ひと通りは。王族の専属、でしたから。たぶん」
たぶん、のところで、ノアは少し笑った。記憶があやふやなのを、ごまかすみたいに。
「思い出せないのか。仕えてた相手」
「ええ。お顔も、お名前も。手だけが、覚えているんです。こうして、誰かにごはんを作る手順を」
スプーンを持つ手が、ほんの一瞬、止まった。ノアの目が、遠くを見る。けど、それもすぐに、いつもの柔らかい笑みに戻った。
「冷めないうちにどうぞ」
俺は、それ以上は訊かなかった。
飯のあと、装備の手入れをしようとしたら、もう済んでた。双剣の鞘は抜きやすい角度に立てかけてあって、予備の弾倉は利き手の側。荷物の重さまで考えて、並べてある。
こういうの、なんか変な感じだな。ずっと一人だったから、自分の物が勝手に使いやすく動いてるのが、くすぐったい。悪くはない。悪くはないんだけど、調子が狂う。
「お気に召しませんでした?」
「いや。むしろ使いやすい。……ありがとな」
「どういたしまして。ふふ、素直ですね、ご主人様は」
変なもんだ。昨日まで、この部屋には俺一人だった。飯は適当、掃除はしない、誰とも喋らない。それが当たり前で、不便とも思ってなかった。なのに、台所から鼻歌が聞こえて、いい匂いがして、皿が二枚並んでる。それだけで部屋がちょっと、広くなった気がするんだから、妙な話だ。
昼前、ノアを連れて街へ出た。報告と買い出しと、ついでにガロの工房。
市場は、いつも通りごった返してた。安い強化服のパーツが並ぶ露店。香辛料と機械油の匂い。客引きの声。ノアは、人混みの真ん中で、物珍しそうにきょろきょろしてる。
「すごい活気ですね。お祭りみたい」
「祭りじゃねえよ、これが普通だ」
「ご主人様。あちらの露店の発電機、出力が不安定です。たぶん三日以内に火を噴きますよ。教えてあげたほうが」
「お前、見ただけでわかるのか」
「ええ、なんとなく。あ、それと――そこの男の人、ご主人様のお財布を狙っています。気をつけて」
言われて懐を押さえたら、すぐそばにいた男が、舌打ちして人混みに消えた。こいつ、便利すぎるだろ。
食料品の露店で、ノアは俺がいつも買う安い干し肉を、すっと素通りした。
「ご主人様。今夜から、ちゃんとした材料を買いますね」
「いや、それ俺の財布なんだけど」
「灰色のスープに戻りたいのでしたら、止めませんけれど」
「戻りたくないです」
「よろしい」
ノアは、にっこり笑って、根菜だの香草だのを、てきぱき選んでいく。気づけば、両手いっぱい。荷物持ちは、もちろん俺だ。
ギルドに寄って、討伐の報告。受付のシャノンは、隣のノアを見て、目を丸くした。それから、俺の袖を引いて、小声で。
「クロウ。あんた、その子、稼働してるオートマタでしょ。見せびらかしちゃだめよ。嗅ぎつけた連中に攫われるか、あんたごと消されるかよ」
「見せびらかしてないって。勝手についてくるんだ」
「あら。わたし、勝手についてきてるつもりは、ないんですけど」
「とにかく、こっちは黙っておくから。報酬、置いとくわね」
シャノンの言うことは、まあ、正しい。報酬だけ受け取って、工房へ向かった。
ガロの工房は、油と金属の焦げた匂いがする。白髭のドワーフの親父が、俺の顔を見て、それからノアを見て、固まった。
「前に頼んだ修理部品取りに来たぞ。ってどうしたんだ?」
「おい、クロウ。そのお嬢さんの着てるそれ、まさか」
「衣装で、強化服です」
ノアが、裾を少し持ち上げて見せた。布の下に、薄い装甲板と、細かい術式の紋様。
「旧文明製ですよ。給仕も戦闘も、これ一着で」
「ドレスが、強化服だと?しかも旧文明のド級が、メイド服の形してやがるなんて!」
ガロが、わなわな震えてる。俺の黒いやつも大概だが、こいつのは格が違うらしい。
「お、お嬢さん。その服、ちょっと解析させてくれ――」
「ふふ。お断りします。これ、わたしの肌着みたいなものですから」
「は、肌着!?」
「でも、ご主人様の強化服でしたら、改良の余地がたくさん。遺跡で良い部品が見つかったら、わたしが組み込みますね。親方、そのときは道具をお借りします」
「お、おう。いつでも来な」
頼んでいた物を手渡しながらガロは、まだメイド服に未練がましい目を向けてたけど、それ以上は粘らなかった。
その晩。飯のあと――またノアが作った。文句なんか、あるわけない――俺がのんびり茶を飲んでると、皿を拭いてたノアの手が、ふと止まった。
「ご主人様」
「ん?」
「ひとつ、思い出したかもしれません。場所の、座標を」
ノアの目が、ちかっと光る。機械の目だ。
「ここから車で二時間ほどの場所に、旧文明の施設が、埋まっています。地図には、載っていません」
「載ってない?このへんの遺跡なら、もうとっくに掘り尽くされてるはずだぞ」
「ええ。ですが、そこは見つからないように造られているんです。今も見つかっていないとしたら〈隠蔽〉の仕掛けが、今も生きています。地図にも映らず、探査も弾いて、近づいた人の意識も自然と逸れていく。だから一万年、誰にも見つからずに眠ったままなんです」
「そんなとこ、どうやって行くんだよ」
「わたしがご一緒すれば。あの場所は、わたしのような《《身内の機体》》には扉を開くと思います。座標も入り方も体が覚えていますから」
ノアは、自分の胸に、そっと手を当てた。
「そこを、わたしの記憶は、こう呼んでいます。〈離宮〉。どこかの王族の、別荘だと」
別荘。ノアが「仕えてた」かもしれないっていう、王族の。
「お前の過去に、繋がってるかもしれないってことか」
「断定はできません。でも――」
ノアは、めずらしく、言葉を探すみたいに、少し黙った。
「行ってみたい、と思ったんです。これは命令でも、お仕事でもなくて。たぶん、わたし自身の、初めての《《わがまま》》です」
わがまま、なんて言いながら、ちょっと不安そうな顔をするもんだから。
「いいよ、行こう。明日にでも」
俺は、茶をすすった。
「どうせ俺は気ままなソロだ。寄り道のひとつやふたつ、どうってことない。お前の忘れ物、一緒に探そうぜ」
ノアは、目を丸くして、それから、ふわっと、今までで一番やわらかく笑った。
「……はい。ありがとうございます、ご主人様」
翌朝、出発前に四駆へ乗り込んだら、ノアが助手席で、ダッシュボードの埃を指で拭って、眉をひそめてた。
「ご主人様。この車、あとで掃除してもいいですか。埃が、すごいので」
「お前さ、ほんと、そういうとこな」
昨日まで、誰も乗せたことのない助手席だ。埃くらい積もる。文句を言われる筋合いはない――はずなんだけど、なんだか、ちょっとばつが悪い。
まあ、いいか。
「ほら、行くぞ。座標、頼んだ」
「はい、ご主人様。おまかせを」
ノアが、軽く胸に手を当てて、笑った。




