序章 黒衣のクロウ
「ソロで遺跡に潜るなんて、自殺志願者かよ」
ギルドの連中は、俺の顔を見るたびに、判で押したようにそう言って笑う。
悪いな。その自殺志願者、この稼業を始めてから、一度も死んじゃいないし、負けてもいない。
俺はクロウ。根っからの、レリック・ハンターだ。
「クロウ!また一人で行く気?いいかげん、仲間の一人くらい作りなって」
ヴェルクのギルド支部。カウンターのシャノンが、書類をひらひら振りながら、にっと笑った。新人の頃からの腐れ縁だ。今日も安い柑橘の香水。まあ、こいつのこれはもう、空気みたいなもんだ。
「いやー、性に合わなくてさ。一人は気楽でいいんだよ」
俺たちの商売は、いたって単純だ。地面にぶっ刺さった遺跡に潜って、底に転がってる遺物を拾い、街で金に換える。遠い昔の忘れ物を、命懸けで掘りに行く。まあ、そういう因果な稼業だ。
「気楽ね。で、その気楽なお方に、ちょっと厄介な仕事があるんだけど」
シャノンが、すっと声を落とした。
「〈人形坑〉。わかるよね」
「北の、自動人形の修理工場の跡だろ? 掘り尽くされた、新人の練習場じゃん」
「そう。その練習場で――新人が三組、続けて担ぎ込まれたの。それも、そこらの駆け出しじゃない。正規品の強化服を着込んだ、金のある連中よ。その装甲が、揃いも揃ってボロ雑巾」
「……は?」
思わず、聞き返した。
正規品っていえば、そのへんのあやしい旧式とはわけが違う。それを着込んだ三人組が、まとめてボロ雑巾。掘り尽くされたはずの、練習場で。
「あそこ、もう動くやつなんて一体も残ってないはずだろ」
「だから気味が悪いの。空っぽのはずの遺跡に、いるはずのない『強いの』が出てる。……ね、厄介でしょ?」
うーん。理屈に合わないな、それは。
でもまあ、怪我人がでてるってんなら、放っとくのも寝覚めが悪い。俺、こう見えてけっこう気にするタチなんだ。
「わかった。俺が見てくるよ」
「助かる。さすが」
「報酬は弾んでくれよ。家賃の支払いが近いんだ」
人形坑は、相変わらずしけた遺跡だった。
半分埋もれた搬入口から、ずるずると下りていく。錆びついた整備アーム、途中までバラされた人形の残骸。足元には、ハンターが落としていった薬莢が散らばってる。
その薬莢に混じって――見覚えのある、分厚い装甲の破片が転がっていた。正規品強化服の、胸当ての成れの果てだ。ひしゃげて、引き裂かれて、まるで紙細工みたいに。
……これを着てたやつが、無事で済んだわけがない。シャノンの話は、どうやら嘘じゃなかったらしい。
強化服の左膝が、きゅう、と鳴いた。安い潤滑剤しか買ってないせいだ。直そう直そうと思って、毎回忘れる。万全とは、お世辞にも言えない調子だ。
まあ、いい。それでも、やることは変わらない。
奥のほうで、床が《《ずん》》と揺れた。
重い足音が、近づいてくる。
闇の中から、のっそりと出てきたのは――四本腕の、三メートル超え。胴の真ん中で、赤い複眼がぎらついている。
〈ヘヴィ・センチネル〉。
旧時代の、上位個体だ。
うわ、マジか。こんな浅いところに、こんなのが出るのか。
そりゃ、正規品を着込んだやつだろうが、ボロ雑巾にされるわけだよ。あいつらにしてみりゃ、勝ち目のない、災害みたいなもんだったろう。
四本の回転刃が、まとめて頭上から降ってきた。
――まあ、でも。
悪いな。今回は、相手が悪かった。
地を蹴って、懐に入る。
でかいやつってのは、間合いの外じゃ厄介でも、内側に潜り込んじまえば、ただの的だ。刃の雨が空を切るより早く、四本の腕を、順番に根元から落とす。最後に、胴の複眼を、ひと突き。
〈黒鴉〉の光刃は、一万年前の装甲だろうが、すぱっと通る。
ずしゃ、と。三メートルの上位個体が、あっけなく崩れ落ちた。
息ひとつ、乱れちゃいない。傷なんて、当然ない。
……うん。こんなもんか。
膝がまた、きゅう、と鳴く。これだけはほんと、なんとかしたいな。
さて。問題は、討伐できたかどうか、じゃない。
なんでこんなのが、こんな場所にいたのか。だ。
倒れたセンチネルの後ろ。前に来た時には行き止まりだったはずの壁が、いつの間にかに崩れていた。その奥に、地図にない通路が続いてる。
お。なんか、ありそうだぞ、これ。
好奇心は猫を殺すらしいけど、まあ、俺は猫じゃないし。行ってみるか。
下りていくと、壁の質が、がらっと変わった。
人形坑のボロとは別物の、継ぎ目のない白。一万年前の輝きを、そのまま閉じ込めたみたいな白だ。工場の、もっと奥。封印されていた区画だ。
――一万年前。この星には、バカみたいに進んだ文明があったらしい。
勝手にものを考える機械とか、いくら使っても減らないエネルギーとか。それが「大崩壊」っていう一晩で、きれいさっぱり消し飛んだ。なんで滅んだのかは、誰も知らない。知ってた連中は、その晩にまとめて死んじまったからな。聞ける相手がいないってのは、不便なもんだよ。
俺たちが潜ってるのは、つまりその、死んだ文明の墓場だ。そしてこの白い壁の奥は――墓の中でも、とびきり厳重に封をされた、棺桶の中身ってわけだ。
突き当たりは、円い小部屋だった。
光の管がまだ生きていて、ぼんやりと光ってる。死んだ遺跡の中で、ここだけが、息をしていた。
真ん中の台座。透明なカプセル。
その中に――女の子が一人、浮いていた。
銀色の長い髪が、液の中でゆらゆら漂ってる。閉じた目。白い肌。歳は十六、七ってとこか。
で、着てるのが、丈の長いメイド服なんだよな。なんでまた、こんな墓場の底にメイド。意味がわからない。しかもよく見ると、そのエプロンが、染みひとつなく真っ白で。一万年だぞ。そっちのほうが正直、ちょっとぞっとした。
死体か?と思ったけど、違った。探査珠が、その体からこれでもかってくらい、光ってる。
ああ、オートマタか。動く人形だ。さっきの門番が、この通路を塞ぐみたいに突っ立ってた理由が、なんとなく読めた。守ってたんだな。この子を。
台座のホロが、消えそうに点滅してる。型番、ノクス・アルカ。保全系統、劣化。稼働率、限界域。
「保管装置が限界みたいだな。中身は無事なのか?どの道、自力じゃ起きられそうにないな」
壊れていても、持って帰って売っぱらえば、たぶん一生遊んで暮らせる金になる。状態の良いオートマタってのは、それくらいの代物だ。
いや、うん。そういうの、なんか違うよな。
目の前で誰かが、ぷつっと消えそうになってるのを、見て見ぬふりして金に換える。柄じゃない。
起こしてみるか。
〈黒鴉〉の刃を、台座の制御端子に当てる。この双剣、武器でもあるけど、旧時代の鍵でもあってさ。内蔵の解錠術式を、慎重に流し込む。劣化した装置が、赤く悲鳴をあげる。手順をひとつ間違えたら、機体ごと黒焦げだ。汗が目に入る。うわ、しみる。それでも、凍りついた起動シーケンスを、一個ずつ起こしていく。
しばらくして――最後のホロが、緑に灯った。
カプセルが、霧みたいに散る。液が床に吸われて、女の子の体が、ぐらっと前に傾いだ。倒れる。考えるより先に体が動いて、受け止めてた。冷たくて、重い。けど、腕の中の感触は、ちゃんと、人だった。
目が、開く。光る、銀の目。鼻先で、俺を見てる。
《起動。視覚、聴覚、運動機能、正常。人格、再構成、完了》
最初は、機械みたいな声。それがふっと、ほどけた。
女の子は俺の腕の中で、ゆっくりと瞬きをして――それから、ふわ、と微笑んだ。
「あら」
第一声、それか。
「お、起きたか。よかったよかった」
「ええ。おかげさまで。……ずいぶん手荒に起こしてくださったみたいですけど」
女の子は俺の腕からそっと自分で立って、乱れた銀髪を指で梳いた。寝起きとは思えない、品のいい仕草。なのに目尻はやわらかく下がっていて、まるで手のかかる子を見るみたいな目で、俺を見てる。
「お怪我はありませんか?」
「いや……って、いきなり俺の心配?」
「ああ、ごめんなさい。まだ名乗ってもいませんでしたね」
女の子は裾をつまんで、ゆっくりと頭を下げた。やわらかい、丁寧なお辞儀だった。
「ノクス・アルカと申します。長いので、ノア、と。助けていただいて、ありがとうございます」
「クロウだ。いやー、礼はいいって。気まぐれみたいなもんだしさ」
にしても、調子が狂うな。
起こしたばっかのオートマタってのは、もっとこう、警戒したり、敵か味方か探ったりするもんだと思ってた。なのにこの子は、自分を勝手に叩き起こした男相手に、ご近所さんみたいな顔で、にこにこ笑ってる。
「ノア……でいいか?お前さ、自分がなんでこんなとこで寝てたか、覚えてる?」
ノアは少し、目を伏せた。微笑みは消えなかったけど、その奥が、ちょっとだけ遠くなる。
「いいえ。それが、ほとんど。わたし、どこかの御方にお仕えするメイドだったようです。それだけは、体が覚えています。でも、お顔も、お名前も、いつのことかも。すっかり」
「一万年だってさ。お前が寝てたの」
「あら。寝坊にしても、ひどいですね」
ふふ、とノアは笑った。
一万年寝て、記憶もすっからかんで、それでこの余裕か。うん、この子はなかなか、肝が据わってる。嫌いじゃないな、こういうの。
「行くあて、あるのか。記憶がないってことは」
「いいえ。命令も、帰る場所も、何も」
「だよなあ」
俺は、頭の後ろを掻いた。
まあ、こうなると、答えは一個しかない。一万年ぶりに目を覚まして、行き先も思い出もない女の子を、こんな穴ぐらに置いてけぼりにして帰る――なんてのは、どう転んでも、俺の柄じゃない。
「じゃ、来いよ。俺と」
「よろしいので?」
「いいって。記憶の手がかりだって、外をうろついてりゃ、そのうち何か引っかかるかもしれないしさ。とりあえず、ここを出よう」
そう言ったら、ノアはきょとんとして、それから、ふわっと笑った。今度は、影のない、まっすぐな笑顔で。
「ふふ。変な人ですね、ご主人様は」
「ご主人様じゃないって。クロウでいいよ」
「いいえ。ご主人様、です」
ノアはにこにこ笑ったまま、譲らない。
「だって――あなた、放っておいたら、すぐ行き倒れそうなんですもの。これはもう、わたしが見ているしかないでしょう?」
「いや、行き倒れはしないって……」
「ご主人様」
なんか、押し切られた。
と、ノアの視線がふっと、俺の足元に落ちた。
「あら。その膝、嫌な音がしていますね。安い潤滑剤の劣化でしょう。じっとしていてください。すぐ直してしまいますから」
ノアはその場にしゃがんで、俺の強化服の膝に手を当てた。指先が、淡く光る。手つきが、丁寧で慣れていて、なんだろう、あったかい。きゅう、と鳴っていたあの音が、嘘みたいに止まった。
「はい、できました。ね?わたし、結構役に立つんですよ」
得意げに見上げてくる、その顔。
うん。これは、敵わないな。
穴を出るころには、もう、すっかり夜だった。
ノアは最初、俺の半歩うしろを、鼻歌でも歌いそうな足取りでついてきていた。
搬入口の脇には、おんぼろの四駆を停めてある。腹が減ってた。何か食って帰るか――そう言おうとしたら、
「お家に着いたら、まずちゃんとしたものを、お作りしますね」
と、先に言われた。
まいったな。
気づけばノアは、もう俺の半歩前を歩いている。こうして、気楽なはずだったソロ生活に、世話焼きのメイドが一人、増えた。
助手席のドアを開けてやると、ノアは「あら、ご丁寧に」と、ちょこんと乗り込む。そうして、もう今夜の献立を、楽しげに考えはじめた。
俺はため息をひとつついて、エンジンをかけた。
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