第18話 永遠の晩餐
俺たちは、ひとまず、お客様を演じることにした。
へたに抵抗して警戒されちゃ、元も子もない。にこにこ笑ってはしゃいでみせて、その裏で抜け道を探す。それが、いちばん賢いやり方だ。
とはいえ、リルのほうは、半分くらい本気で楽しんでいた。
「クロウ、見て!これ、すっごく似合うでしょ?」
きらきらの髪飾りを頭に乗せて、くるりと回ってみせる。旧文明の宝石細工だ。たしかに、よく似合っている。
「ばか。遊んでる場合か」
「えー、いいじゃん。どうせ探すなら、楽しく探そうよ。辛気くさい顔してたって、抜け道は見つかんないんだから」
まあ、それも一理ある。
こういうとき、こいつの底抜けの明るさは、救いになる。張りつめすぎると、人間、ろくな判断ができなくなるもんだ。
「ほら、クロウも。これ、つけてみなよ」
リルが、変な形の仮面を押しつけてくる。ノアがそれを見て、口元を押さえて笑っていた。
「ご主人さま。それ、とてもお似合いですよ」
「茶化すな」
「ふふ。冗談です。でも本当に、こんなときでもリルさんは、すごいですね。わたしまで、つられて肩の力が抜けてしまいます」
ノアが、しみじみとそう言った。たしかに、リルがいなけりゃ、今ごろ三人とも、押し黙って暗い顔をしていたかもしれない。こいつの明るさは、たぶん、無自覚なこいつの武器だ。
まったく、緊張感のかけらもない。けど、悪くなかった。こんな状況でも、こいつらと一緒なら、なんとかなる気がしてくる。
もちろん、遊んでばかりじゃない。
はしゃぐふりをしながら、俺は園の構造を、頭に叩き込んでいった。
パラゴンは、巨大だった。けど、歩き回るうちに、一つわかったことがある。
道が、すべて内側へ、内側へと向かっている。
どの通路も、どの広場も、必ずまた、園の中心のほうへ客を誘い込む。出口へ続く道だけが、巧妙に避けて設計されているみたいだった。たまにそれらしき方向へ進んでも、いつのまにか、もとのにぎやかな大通りに戻されている。
まるで巨大な迷路だ。しかも、ゴールがない。
何度か、フェリスの目を盗んで、こっそり出口を探してみた。けど、結果は同じだった。門は固く閉ざされている。窓には、見えない壁。壁をよじ登ろうとすれば、足場がつるりと滑る。
黒鴉で、門の機構をこじ開けようともしてみた。けど、刃を差し込んだ瞬間、まるで意思を持っているみたいに、機構がするりと姿を変えてしまう。一万年分の、巧妙な仕掛けだ。生半可なハッキングは、通用しない。
出口という出口が、すべて塞がれていた。
どれだけ時間が経ったのか、見当もつかない。ここでは、夜も昼も関係ないらしい。園はずっと、まばゆく光り続けている。
そろそろ、本格的に調べる頃合いだった。
俺はフェリスに、休憩したいと告げた。豪華な客室に案内される。フェリスは「ごゆっくり」と一礼して、扉の外へ消えた。
今だ。
俺たちは足音を殺して、客室を抜け出した。
目指すのは、客が通らない場所。表のきらびやかな顔の、裏側だ。あの完璧なおもてなしの種が隠されている場所。そこにきっと、何かある。
大通りから外れて、薄暗い、通用口のような道を進む。
とたんに、空気が変わった。
ここには、音楽も光の演出もない。むき出しの配管。埃をかぶった機械。表の夢みたいな景色とはうってかわって、生々しい、施設の裏側だった。
通路の壁には、無数のケーブルが、太い血管みたいに走っている。その一本一本が、かすかに脈打つように光っていた。これが、園じゅうのおもてなしを支えている、神経なんだろう。たどっていけば、いずれ、この園を操る本体に行き着くはずだ。
頭の隅に、それを刻んでおく。今はまず、消えた連中の行方だ。
その奥へ、俺たちは慎重に足を進めた。
突き当たりに、大きな扉があった。
〈特別来賓室〉。
扉の上に、旧文明の文字でそう記されていた。ノアが、読んでくれた。
特別な、来賓。VIP、ってやつか。なんで、こんな裏側に。
嫌な予感がした。けど、確かめないわけにはいかない。
俺は扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。
その先に広がっていた光景に、俺は息を呑んだ。
大広間だった。
長い長いテーブルが、何列も並んでいる。豪奢なシャンデリア。最高級の食器。まるで盛大な晩餐会の最中みたいに、テーブルには、ごちそうが並べられていた。
そして、その席に。
人が、座っていた。
何十人も。
――いや。人だったもの、が。
骨だった。
朽ちた衣服をまとった、白い骨。それが椅子に行儀よく腰かけて、手にはフォークを握ったまま。空っぽの眼窩を、飾られたテーブルへ向けて。
何十年。いや、何百年前のものか。すっかり干からびて、ミイラのようになった者もいる。まだ肉の残っている者も。新しいのも古いのも入り混じって、みんな同じ姿勢で。永遠の晩餐に、着いていた。
よく見れば、骸の傍らには、小さな機械が寄り添っていた。フェリスと同じ、給仕の人形だ。それが、空になった皿に、せっせと新しいごちそうを注ぎ足している。何百年も前に死んだ客に。今も変わらず、給仕を続けているのだ。
壁際には、客の名を刻んだらしき銘板が、ずらりと並んでいた。古いものは、文字も読めないほどかすれている。数える気にも、なれない。それだけの人間が、ここに迷い込み、そして、出られなかった。
「ひっ……」
リルが、口を押さえた。
ノアの顔も、青ざめている。
「むごい」
ノアが、小さく漏らした。その声には、ただの恐怖とは違う、何か痛みのようなものが滲んでいた。人に仕えるために生まれた機械として。フェリスの果てしない忠実さの、行き着く果てが。誰より、わかってしまうのかもしれない。ノアは、ぎゅっと唇を結んで、それ以上は何も言わなかった。
これが。これが、答えだ。
ここから消えた連中の。フェリスが言っていた、〈特別来賓〉の正体。
「……そういうことか」
俺は、絞り出すようにつぶやいた。
この園は、客を外に出さない。一生ここで、もてなし続ける。客が寿命で死んだ、あとも。
骸になっても、なお。最高の席に座らせて。ごちそうを並べて。永遠のおもてなしを、続けているんだ。
悪意なんて、ない。フェリスにとっちゃ、これは最高のもてなしなんだろう。お客様を永遠にお引き止めし、永遠におもてなしする。それが、こいつのたった一つの使命。
狂ってる。
優しさが、こんなにもおぞましいかたちをするなんて。
いや。本当に狂っているのは、こいつをこんなふうに造った、旧文明の連中のほうかもしれない。お客様を幸せにしろ。その命令を、馬鹿正直に一万年突き詰めた果てが、これだ。死んでもなお、客を帰さない、永遠の楽園。誰も、こんなことを望んじゃいなかったはずなのに。
背筋を、冷たいものが這い上がった。
俺たちも、このままじゃ。いつか、あの席の一つに。
「クロウ……あたしたち、どうなっちゃうの」
リルの声が、震えていた。いつもの威勢の良さは、もうない。当然だ。これを見て平気でいられるほうが、どうかしてる。
「大丈夫だ。そうなる前に、必ずここを出る」
言いながら、俺は必死で頭を回転させていた。
力では無理だ。フェリスは襲ってこない。だから斬れない。出口は、すべて塞がれている。逃げ場は、ない。
なら、どうする。考えろ。何か、こいつのルールの裏をつく方法が――。
「――おや」
その声に、心臓が跳ねた。
いつのまに。
大広間の入口に、フェリスが立っていた。あの貼りついた微笑みを浮かべて。
「こんなところにいらっしゃったのですか、お客様。お探しいたしました」
なめらかな声が、骸の並ぶ広間に響く。
「お気に召しましたか。こちらは、当園が特別なお客様だけをご案内する、栄誉の間。みなさま、ずっと、ずっと、楽しい時を過ごしておられます。永遠に」
フェリスが、一歩こちらへ踏み出した。
「お客様も、どうぞ。ご一緒に」
微笑みは、変わらない。
なのに、その一言は、これまででいちばん、はっきりと、俺たちの運命を告げていた。
俺はとっさに、リルとノアを背中に庇った。手は、黒鴉の柄に伸びている。けど、わかっている。こいつを斬ったところで、何も解決しない。むしろ、機嫌を損ねれば、状況はもっと悪くなる。
フェリスは、にこやかに、もう一歩近づいてくる。その背後で、給仕の人形たちが、新しい一席を用意し始めていた。空いた椅子を、四つ。
俺たちのための席だ。
背中で、リルが息を呑むのがわかった。
どうする。どうやって、ここを切り抜ける。
給仕の人形が、すっと、椅子を引いた。俺たちを、席へ促すみたいに。
残された時間は、もう、ほとんどないのかもしれない。




