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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第02編〈記念碑的テーマパーク〉パラゴン

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第17話 順路ではございません

 フェリスの案内で、俺たちは園を歩き始めた。

 歩けば歩くほど、パラゴンは底が知れなかった。

 大通りを抜けると、巨大な吹き抜けの広間に出た。天井はガラス張りで、夜空がそのまま見える。壁という壁に、旧文明の絵や彫像が惜しげもなく飾られている。中央では噴水が、音楽に合わせて形を変えながら踊っていた。

 どこを見ても、ため息が出る。これだけのものが、一万年、ほとんど無傷で残っている。それだけで、ここがどれほど桁外れの場所か、知れた。


「こちらは、当園の迎賓の間にございます」


 フェリスがよどみなく説明する。


「この先には、絶景の展望塔、夢のような幻燈劇場、美食を取り揃えた晩餐の広間。お客様をお楽しませするものなら、なんでもございます。さあ、どれからまいりましょう」


「ぜんぶ!ぜんぶ見たい!」


 リルが即答した。もう、警戒も何もあったもんじゃない。完全に、観光客の顔だ。

 まあ、無理もない。これだけのものを目の前にして、心が躍らないやつは、ハンターじゃない。

 まずは、展望塔に上った。

 らせん状の通路を、ふわりと浮かぶ箱が勝手に運んでくれる。旧文明の昇降機だ。てっぺんからは、園の全景が一望できた。光の海みたいだった。きらきらと、果てまで続く夢の城。


「うわぁ……きれい」


 リルが手すりにしがみつくみたいにして、夜景に見入っていた。その目が、子どもみたいに輝いている。

 俺は、隣に立つノアを見た。

 ノアは景色じゃなく、塔の機械仕掛けのほうを、じっと観察していた。


「どうだ。なにか、わかったか」


「ええ、少しずつ」


 ノアは声をひそめた。


「この園を動かしているのは、たぶん、ひとつの巨大な管制AIです。アガートラの心臓と、同じような。ただ、あれよりもずっと複雑で。なにより――とても優しくできています。お客様を楽しませる。ただその一点のために、すべてが設計されている。悪意は感じません。むしろ、その逆です」


 悪意がない。それが、いちばん厄介なのかもしれない。


「ご主人さま。ご主人さまも、少しはお楽しみになっては?」


 ふいにノアが、そう言って微笑んだ。


「ずっと気を張りづめでは、お疲れになります。それに、こんな景色をご主人さまと一緒に見られるのは、わたしは嬉しいです」


 不意打ちだった。

 ノアのこういう、まっすぐな言葉には、いつも調子を狂わされる。


「……まあ、たまにはな」


 俺がそう返すと、ノアは嬉しそうに目を細めた。

 展望塔を降りて、晩餐の広間や、幻燈劇場を巡った。

 どこも、夢みたいだった。食べきれないほどのごちそう。光と影が宙に物語を描く、幻の芝居。リルははしゃぎ通しで、ノアでさえ、ときどき感嘆のため息を漏らしていた。


「ねえクロウ、あれ乗ろうよ、あれ!」


 リルに腕を引っ張られ、空中を猛スピードで駆け回るレールの乗り物にも付き合わされた。風を切って、空をめちゃくちゃに駆け抜ける。胃がひっくり返りそうだった。隣でリルが、きゃあきゃあと歓声を上げている。心底、楽しそうだ。

 まったく、調子が狂う。こんなところで、ここまで無邪気に笑われちゃ、張りつめているのが馬鹿みたいに思えてくる。たぶん、それも、この園の狙いなんだろうけど。

 そして、行く先々に、遺物が転がっていた。

 フェリスは、それをまったく惜しまなかった。


「お気に召したものがございましたら、どうぞお持ちくださいませ。当園のものはすべて、お客様のためにございますれば」


「いいのか?これ、めちゃくちゃ価値があるんだぞ」


「もちろんでございます。お客様に喜んでいただくことが、当園のすべてですから」


 リルが目を輝かせて、めぼしい遺物を黒匣に放り込んでいく。俺も、つい、いくつかいいものを選んでしまった。

 けど、拾いながら、俺の胸では、警戒の鐘が鳴り続けていた。

 おかしい。価値あるものを、こんなに気前よくくれてやる遺跡なんて、聞いたことがない。

 なんで、こいつは平気なんだ。

 まるで――どれだけ持たせても、結局、外には持ち出せないと、わかってるみたいに。

 時間の感覚が、おかしくなっていた。

 どれだけ巡っただろう。アトラクションは、尽きることがない。一つ終われば、フェリスがすかさず、次の、もっと素晴らしいものを勧めてくる。腹が減れば、最高のごちそうが出てくる。疲れれば、ふかふかの休憩所が用意される。喉が渇いたな、と思った、まさにその瞬間に、フェリスが冷たい飲み物を差し出してくる。こちらが口にする前から、何もかも先回りされている。

 完璧だった。完璧すぎた。

 まるで、こっちが何かを考える、その隙さえ与えまいとするみたいに。次から次へと、楽しみが降ってくる。気づけば俺たちは、フェリスの敷いたレールの上を、ただ流されるように進んでいた。

 これは、まずい。

 頭の芯が、甘く痺れかけている。このまま身を任せていたら、きっと、ずるずると、何日でも、何ヶ月でも、ここで遊んで暮らせてしまう。

 ……何ヶ月でも。

 そこまで考えて、背筋がひやりとした。

 消えた連中も、最初はこうやって、もてなされて。楽しくて。気づいたら――。

 試してみるか。


「フェリス。そろそろ、いったん外の鯨号に、戻りたいんだが」


 俺は、できるだけさりげなく切り出した。

 荷物を置きに行く。そう言えば、自然だ。それを口実に、出口へ向かってみる。こいつが、どう出るか。


「まあ、それはそれは」


 フェリスの微笑みは、変わらない。


「お荷物のことでしたら、ご心配なく。わたくしどもが、責任を持ってお預かりいたします。せっかくのお楽しみの最中ですもの。中座など、もったいのうございます」


 やんわりと、引き止められた。

 けど、俺は構わず歩き出した。来た道を戻るように。出口の門があったほうへ。

 すると。

 すっと、フェリスが、俺の前に回り込んだ。

 相変わらず、にこやかに。けど確かに、進路を塞ぐように。


「お客様。そちらは、順路ではございません」


 声は、あくまで穏やかだった。


「順路、だと?」


「はい。お楽しみは、まだこんなものではございません。この先には、もっと素晴らしい趣向が。さあ、どうぞこちらへ。ご案内いたします」


 フェリスが優雅に、別の方向を指し示す。出口とは反対の、園の奥へ。

 俺は、足を止めた。

 もう一度、出口のほうへ行こうとする。すると、また、ふわりとフェリスが先回りして、にこやかに、こう言うのだ。


「そちらは、順路ではございません」


 何度、向きを変えても、同じだった。

 右へ行けば、右に。左へ行けば、左に。フェリスはまるで影みたいに、俺と出口のあいだに滑り込む。そのたびに、新しい“素晴らしい趣向”を、にこやかに勧めてくる。出口のことなど、まるで聞こえていないかのように。

 試しに、走ってみた。けど、無駄だった。気づけば、目の前にフェリスが立っている。息一つ乱さずに。あの華奢な人形の、どこにそんな速さが隠れているのか。

 フェリスは決して、俺たちに手を上げない。乱暴もしない。ただ、にこにこと笑いながら。完璧な礼儀正しさで。俺たちを、出口から遠ざけ続ける。

 じわり、と悟った。

 出られない。

 この園は、客を外に出さない。優しさと、おもてなしという、見えない檻で。

 なんてことだ。剣も、拳も、ここでは役に立たない。フェリスは、敵意のかけらも見せちゃいない。襲ってこない相手を、どうやって斬れというんだ。出口を塞ぐのは、刃でも壁でもなく――どこまでも慇懃な、笑顔ひとつ。

 こんな敵は、初めてだった。


「クロウ?どうかした?」


 遺物に夢中だったリルが、俺の様子に気づいて、振り返る。

 俺は、ゆっくりと、フェリスの微笑みを見据えた。あの、貼りついたような笑顔の奥に。一万年、客を閉じ込め続けてきた、何かが、確かにいる。

 なんでもない、と言いかけて、やめた。

 こいつらにも、知らせておくべきだ。俺たちはたぶん、とんでもないところに迷い込んじまった。


「リル。ノア。よく聞け」


 声をひそめる。フェリスの笑顔は、変わらない。


「どうやら俺たちは――この、おもてなしから、簡単には抜け出せそうにない」


 リルの顔から、すうっと笑みが引いた。手の中の遺物を握る指に、力がこもる。


「えっ。それって」


「ああ。たぶん、ここから消えた連中ってのは。みんな、こうやって、出してもらえ

 ないまま――」


 その先は、言わなかった。言わなくても、わかる。

 楽園の音楽が、変わらず陽気に鳴り響いている。きらびやかな光が、俺たちを優しく包んでいる。

 その何もかもが、急に、ぞっとするほど不気味に思えた。

 歓迎の光の中で、俺たちは、静かに閉じ込められていた。

 さて。どうやって、ここから出てやろうか。


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