第16話 ようこそ、お客様
鯨号で、荒野を三日。
ボズ爺さんに聞いた座標を頼りに進むと、やがてそれは、地平線の向こうに姿を現した。
俺は思わず息を呑んだ。
でかい。
砂と岩ばかりの、荒涼とした大地の真ん中に、それはぽつんとあった。色とりどりの尖塔。巨大な円形の構造物。空に向かって何本も伸びる、奇妙な形の塔。城のようで、城じゃない。街のようで、街でもない。見たことのない建物の群れが、地平いっぱいに広がっていた。
その規模は、アステライアの街にも引けを取らない。いや、塔の高さや造りの奇抜さでは、はるかに上をいく。これだけのものを、ただ人を楽しませるためだけに造ったというのか。旧文明ってやつの底知れなさに、改めてぞっとさせられた。
「うわ。なにあれ」
リルが操縦席の窓に顔を押しつけた。
「あれが、パラゴン」
ノアも珍しく目を見開いている。
「旧文明の娯楽施設。資料でしか見たことが、ありません。実物は、こんなにも……」
近づくにつれて、その異様さがはっきりしてくる。
建物はどれも、おそろしく保存状態がよかった。一万年も放置されてたとは思えない。塗装はまだ鮮やかで、ガラスは割れていない。ところどころ蔦が絡んでいるくらいで、崩れている様子はまるでない。
まるで、昨日まで誰かが使っていたみたいだ。
ふつう遺跡ってのは、もっとくたびれている。崩れ、埃をかぶり、時に飲まれて、半分は土に還っている。それが当たり前だ。なのにこの園は、まるで時間だけが置き去りにされたみたいに、あの頃の姿のまま、そこにあった。
いや。使っているのかも、しれない。
そう思った、瞬間だった。
ぼう、と。
パラゴンのいちばん高い塔のてっぺんに、明かりが灯った。
一つ。二つ。
それが合図だったみたいに、次から次へと、園じゅうの建物に、明かりが点っていく。窓に、軒先に、尖塔に。色とりどりの光が、夕暮れの薄闇の中に浮かび上がる。さっきまで死んだように静かだった廃墟が、みるみるまばゆい、光の城に変わっていった。
どこからか、音楽が流れ始める。
陽気で、華やかで、けど、どこか間延びした、不思議な旋律。一万年前の調べだ。
光に合わせて、園のあちこちが動き始めた。巨大な輪が、ゆっくりと回り出す。噴水が、虹色の水を噴き上げる。屋根の上の風車みたいなものが、からからと回る。死んでいた街がまるごと、目を覚ましたみたいだった。
リルが鯨号を止めた。
三人とも、しばらく言葉を失って、その光景を見つめていた。
「……開いた、ね」
リルがぽつりと言った。
「あたしたちが、来たから?」
たぶん、そうだ。近づく何かを感知して、自動で起動したんだ。ボズが言ってた。からくり仕掛けが今も動いてる、と。これが、それか。
美しい。素直にそう思う。けど同時に、ぞわりと首筋が粟立った。
この光は、客を招くための光だ。一万年、誰も来なくなった場所で。それでも律儀に、灯り続けてきた、おもてなしの光。
――誰も襲ってこなかった。むしろ、丁重にもてなされた。
ボズの言葉が頭をよぎる。
ここから消えた連中も、きっと、この光に迎えられたんだ。
鯨号を、園の入口らしき、大きな門の前に停めた。
降りて、警戒しながら近づく。〈黒鴉〉の柄に、手を添えて。
門は大きく開いていた。まるで、俺たちを待っていたみたいに。
その奥から、誰かが歩いてくる。
俺はとっさにリルとノアを後ろに庇った。
現れたのは――人じゃなかった。
人のかたちをした、何か。つるりとした、白い陶器みたいな肌。古めかしいが品のいい、燕尾服をまとっている。けど、その動きはどこか機械じみていて。顔には、おだやかな微笑みが貼りついたまま、動かない。
自動人形だ。ノアと同じ、旧文明の機械。
それは俺たちの前まで来ると、うやうやしく腰を折って、お辞儀をした。
その所作は、ぞっとするほど洗練されていた。一万年の埃を、微塵も感じさせない。まるで、たった今、控え室から出てきた、一流の給仕みたいだ。
「ようこそ、お客様」
なめらかで、耳に心地いい声だった。
「ようこそ、おいでくださいました。歓楽の殿堂〈パラゴン〉へ。わたくし、当園のご案内を務めます、〈フェリス〉と申します」
燕尾服の人形――フェリスは、にこやかに続けた。
「長らく、お客様をお待ち申し上げておりました。本日は、心ゆくまで当園をお楽しみくださいませ。なんなりと、このフェリスにお申し付けを」
長らく、お待ちしていた。
一万年。こいつはずっとここで、客を待っていたわけだ。
その響きに、嘘や芝居がかったところは、なかった。フェリスは心の底から、俺たちの来訪を喜んでいるように見えた。機械のくせに。いや、機械だからこそ、ただ命じられた役割を、一途に果たしているだけなのか。
「あんた。俺たちが何者か、わかってんのか」
俺は警戒を解かずに、訊いた。
ハンターだ。早い話が、遺跡荒らし。歓迎される筋合いは、ない。
けど、フェリスはにっこり笑ったまま。
「もちろん、存じておりますとも。あなた様がたは、当園の大切なお客様。それ以外の何者でも、ございません」
するり、とかわされた。
こいつには、俺たちがどう見えてるんだ。盗っ人だろうがなんだろうが、門をくぐった者は、みんな「お客様」。そういうことらしい。
フェリスが、優雅に手を、園の奥へ差し向ける。
「さあ、どうぞ、こちらへ。当園自慢のアトラクションの数々。旧き良き時代の、宝物のかずかず。きっと、ご満足いただけます」
その先に広がる光景に、俺は思わず目を奪われた。
大通りの両脇に、ずらりと立ち並ぶ、きらびやかな店。宙をゆるやかに回る、巨大な輪。光る噴水。空を舞う、機械仕掛けの鳥。物珍しい見世物を呼び込む、陽気な機械の声。そして、そこかしこに無造作に飾られた、旧文明の遺物の数々。光る宝石みたいな照明。見たこともない、精巧な細工の品々。どれ一つ取っても、街で売れば目の玉が飛び出るような代物ばかりだ。それがまるで、道端の石ころみたいに、ごろごろと転がっている。
「す、すごい!ねえ見て、クロウ!あれも、あれも、遺物だよ!」
リルの目が爛々と輝いている。すっかり、ハンターの顔だ。
一方のノアは、はしゃぐリルとは対照的に、どこか思いつめた表情で、園を見回していた。
「……ノア?どうした」
「いえ。ただ、この園の機械は、どれもおそろしく質が高くて。これだけの規模を一万年、たった一つの管理装置が、狂いもなく動かし続けている。それが、いったいどれほどのものなのかと、思いまして」
専門家の目だ。同じ旧文明の機械として、ノアにはこの園の正体が、俺たちよりずっと、よく見えているのかもしれない。その横顔が、わずかにこわばっていた。
たしかに、宝の山だった。手つかずなのも道理だ。ここまでたどり着いて、生きて帰った者がいないんだから。
ごくり、と唾を飲む。欲が出ないと言えば、嘘になる。これだけのものを、持ち帰れたら。
けど、俺はぐっと気を引き締めた。忘れちゃいけない。この夢みたいな場所で、何十年も人が消えてきた。襲われもせず、もてなされたまま。
この心地よさ。このわくわく。それ自体が、罠なのかもしれない。心をとろけさせて、警戒を解かせて。そうやって今まで、何十人もの人間が、ここに絡め取られてきたんだとしたら。
背中に、冷たいものが流れた。だとしたらこいつは、剣でぶった斬れる相手じゃない。
うまい話には、裏がある。
「フェリス。一つ、訊いていいか」
「はい。なんなりと」
「ここから出るときは、どうすりゃいい」
俺の問いに、フェリスの微笑みは一ミリも揺らがなかった。
「お帰りのことでしたら、どうぞご心配なく。ごゆっくりお楽しみになられた、その後で。いつでも、わたくしがご案内いたします」
よどみない答えだった。完璧な、模範解答。
なのに、なぜだろう。その言葉のどこにも、嘘はないはずなのに。
ぞわりと、また首筋が冷たくなった。
俺たちはもう、門をくぐってしまった。
背後で、何かがかすかに音を立てた気がして、振り返る。けど、門はさっきと変わらず、大きく開いたままだった。気のせいか。そう思いたいだけ、かもしれないが。
フェリスが、にこやかに先導していく。リルはもう、遺物に夢中で、その後を追いかけていく。ノアが心配そうに、俺を見た。俺は小さく頷いて、二人の後に続いた。
引き返すなら、今だ。頭の隅で、誰かがそう囁く。けど、消えた人々のことも確かめずに、帰るわけにはいかない。それに――この謎の奥が、見たい。どうしようもなく。
歓楽の殿堂、パラゴン。その、まばゆい光の中へ。
ようこそ、お客様。
ここからが、たぶん、本当の始まりだ。




