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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
〈幕間01〉

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第15話 次の風

 アステライアに腰を据えて数日が過ぎた。

 傷は癒え、装備も整った。リルは、すっかり鯨号の暮らしに馴染んでいる。穏やかな、いい日々だった。

 けど。

 そろそろ潮時だな。

 甲板で朝の茶を飲みながら、俺はぼんやりそう思った。

 ここで足を止めていても、ノアの記憶も、リルの鍵の謎も、答えは出ない。あの紋章の正体も、〈白〉の招集の信号とやらも、ぜんぶ、まだ霧の向こうだ。だったら、動くしかない。遺跡をめぐり、世界を見て、その中で少しずつ手繰っていく。それが、俺たちのやり方だ。

 次はどこへ行くか。

 大陸は広い。まだ見ぬ遺跡は星の数ほどある。

 茶を飲み干したところで、ノアがハッチから顔を出した。


「ご主人様。そろそろ、次の行き先をお考えですか?」


 顔に出てたか。


「ああ。お前は、なんか希望あるか?」


「わたしは、ご主人様の行かれるところへ。どこへでも」


 にこり、とノア。相変わらず、こういうことを、さらりと言う。

 行き先の当てを探しに、街へ出た。

 こういうとき頼りになるのは、やっぱりあの爺さんだ。

 ボズの店を訪ねると、爺さんは相変わらず薄暗い店の奥で、遺物を磨いていた。


「次の獲物を探してる?お前さんがたなら、選り好みもできるだろうが」


 拡大鏡の奥の目が、にやり、と細くなる。


「一つ、面白い話がある。ただし――まともなハンターは、近寄らん場所だ」


「というと?」


「〈パラゴン〉。聞いたことは、あるか」


 俺は、首を振った。リルが横で、「あたし、ある!」と手を挙げる。


「旧文明の、でっかい遊技場の跡でしょ?なんか、めちゃくちゃ豪華な遺跡だって」


「そうだ。旧文明が、自分たちの栄華を見せびらかすために造った、馬鹿でかい娯楽

 施設さ。中にゃ、当時の贅を尽くしたお宝がごっそり眠ってる。手つかずで、な」


「どんなところなの?」


 リルが、身を乗り出す。


「話に聞くだけだがな。広さはちょっとした街くらい。きらびやかな建物がいくつも並んで、夜になると、ひとりでに光り輝くんだそうだ。旧文明のからくり仕掛けの見世物が、今も動いてる、なんて噂もある。一万年経った今でも、なお、だ。まったく、化け物じみた技術さ」


 リルの目がきらきらと輝いた。完全に好奇心をくすぐられてる。

 手つかず。

 その言葉に、つい反応してしまう。アガートラで学んだはずだ。手つかずってのは、それだけ誰も手を出せない、わけがある。


「なんで、手つかずなんだ」


「……ここから先が、面白いところだ」


 爺さんは声をひそめた。


「あのあたりじゃ、人が消える。遺跡に近づいた連中が、ふっつり戻ってこなくなる。何十年も前からずっとだ。だから地元じゃ呪われた場所だと恐れられてる。生きて帰った者は、ほとんどいない」


 リルの顔から笑みが引いた。


「消える、って……死んでるってこと?」


「さあな。死体すら見つからん。ただ、消える。それだけだ。だから、誰も確かめに行かん。お宝がごっそり残ってるのも、そういうわけさ」


「化け物が、出るとか?」


「だったら、まだわかりやすい。剣でも振るえばいい」


 爺さんは、首を振った。


「だが、あそこから命からがら逃げ帰った、数少ない生き残りが、口を揃えて、こう言うのさ。――誰も、襲ってこなかった。むしろ、丁重にもてなされた、とな。なのに、どういうわけか、出口にたどり着けなかった。仲間が一人、また一人と消えていって、気づいたら、自分だけになっていた、と」


 背筋が、ひやりとした。なんだ、それは。襲われもしないのに、消える。もてなされて、出られない。さっぱり、わけがわからない。

 人が消える、遺跡。

 いかにも、きな臭い。けど、胸の奥でハンターの血が騒ぐのを感じた。豪華な、手つかずの遺跡。誰も解いたことのない、謎。


「面白そうだろ?」


 爺さんが、見透かしたように笑った。


「だが、忠告はしておく。生半可な覚悟じゃ、行くな。あそこは、何かがおかしい」


「忠告、ありがたく受け取っとくよ」


 俺がそう返すと、爺さんはふん、と鼻を鳴らした。


「どうせ聞きゃしないんだろう。お前さんの目は、もう完全に行く気の目だ」


 図星だった。


「ただな。もし何かおかしなものを見つけたら、無理はするな。生きて帰ることだけ考えろ。お宝なんざ、命があってこそだ」


 ぶっきらぼうな口ぶりの奥に、確かな心配が滲んでいた。口は悪いが、根は優しい。リルが慕うわけだ。


「わかってる。ちゃんと三人とも、生きて帰るさ。土産話を楽しみにしててくれ」


 店を出て、俺たちはしばらく無言で歩いた。


「どうする?」


 リルが、上目遣いに俺を見た。

 危険なのは間違いない。人が消えるなんて、ただ事じゃない。けど――もし、まだ生きて囚われてる連中がいるなら。何十年も、誰も助けに行かなかった、その場所に。

 アガートラの心臓を、思い出した。一万年、独りで戦い続けた、あの孤独な機械を。あいつだって、誰かが止めに行くまで、ずっと、命令に縛られたままだった。

 もしパラゴンに、同じような“何か”がいるなら。そして、その“何か”に囚われた人たちが、まだ生きているなら。

 見て見ぬふりは、できない。性分だ。


「行くしかないだろ」


 俺は笑った。


「手つかずの遺跡が、目の前にぶら下がってるんだ。見逃す手はない。それに、消えた連中の理由も、気になる」


「だよね!」


 リルの顔がぱっと輝いた。さっきまでの不安はもうどこにもない。


「あたしも、そう言うと思った!危ないとこほど、燃えるもんね!」


「お前は、燃えすぎだ」


 ノアも、くすくす笑いながら頷いた。


「では、わたしは長旅の支度を整えますね。保存の利く食材を買い込んで、鯨号の点検も」


 頼りになる。こういうとき、ノアの手回しの良さは、本当にありがたい。

 三人で顔を見合わせる。

 ついこの前まで、俺は一人だった。ノアと二人になって。リルが加わって、三人になった。

 いつのまにか、こんなに賑やかな一行に、なっていた。

 次の遺跡が、どんなに危なくても。こいつらと一緒なら、きっと、なんとかなる。

 そんな不思議な確信があった。

 昔の俺なら、考えられなかったことだ。一人のほうが、気楽でいい。誰かを背負うのは、面倒だ。ずっと、そう思って生きてきた。

 なのに今は、こいつらの顔を見ているだけで、なんだか力が湧いてくる。守りたいものができると、人はこんなにも強くなれるらしい。

 そういうのも案外いいもんだ。

 出発は翌朝早くと決まった。

 その夜。リルは一人で、街を見に行った。

 名残を惜しんでるのかもしれない。一年、暮らした街だ。倒れていた自分を拾ってくれた、最初の場所。慕ってくれる仲間も、いる。

 ここを離れるのは、こいつにとって、ただの引っ越しじゃないんだろう。やっと手に入れた自分の居場所を、もう一度手放す。それでも前を向こうとするのは、新しい居場所を、もう見つけたからだ。

 戻ってきたリルに、俺は何も訊かなかった。ただ、その目が少し赤かったのには気づいたけど。


「……行こっか」


 リルは、そう言ってにっと笑った。


「あたしの家は、もうこっちだから。街は、いつでも帰ってこられるしね」


 その顔に、湿っぽさはなかった。ちゃんと、前を向いている。

 ああ、そうだな。帰る場所があるってのは、いいもんだ。

 翌朝。

 鯨号が、ゆっくりとアステライアの城門をくぐった。

 朝靄の向こうへ。まだ見ぬ、遺跡へ。

 甲板に出ると、頬を風が撫でていった。乾いた荒野の風だ。新しい土地の匂いがする。


「次は、どんなとこかなあ」


 手すりにもたれて、リルが伸びをする。


「お宝、いっぱいあるといいなあ。あ、でも、消えるってのは、ちょっと怖いけど」


「今さら、びびるなよ」


「びびってないし!」


 ノアが淹れたての茶を運んでくる。三人でそれをすすりながら、流れていく景色を眺めた。

 遠ざかっていくアステライアの街並みが、朝日を浴びて、きらきらと光っていた。やがてそれも、地平の彼方に小さくなって、消えていく。

 けど、寂しくはなかった。帰る場所は、ちゃんとここにある。この、走る我が家の中に。仲間と、温かい茶と、行く先のわくわくと、一緒に。

 鯨号は、ひた走る。

 次の風に乗って。まだ見ぬ、遺跡〈パラゴン〉へ。

 そこで何が待っているのか。お宝か、謎か、それとも、消えた人々の答えか。今はまだ、わからない。

 わからないからこそ、胸が高鳴る。怖さよりも、わくわくが勝つ。どうしようもなく、それが、ハンターってもんだ。

 行ってやろうじゃないか、〈パラゴン〉。お前の謎、まるごと解き明かしてやる。

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