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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
〈幕間01〉

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第14話 鍵の在り処

ごめんなさい。予約投稿したつもりになっていました。

 

 次の日。俺は、リルを連れてギルドへ足を運んだ。ノアも一緒だ。あの核の手入れが一段落して、暇になったらしい。

 昨日、支部長が見せた、あの表情がずっと引っかかっていた。リルの鍵を見たとき一瞬だけよぎった、複雑な顔。あれはただの気のせいじゃない。

 あの人は、リルの鍵を知っている。少なくとも何か心当たりがある。だとしたらそれは、リルの失くした過去に繋がる、最初の手がかりかもしれない。自分は何者なのかと、こいつがずっと抱えてきた問いの。

 道すがら、リルはいつになく口数が少なかった。期待と不安が半分ずつ。その横顔を見ていたら、なんとしても何か掴んで帰りたくなった。

 受付で取り次いでもらう。少し待たされてから、奥の支部長室へ通された。

 灰色の髪の支部長は、書類の山に埋もれていた。俺たちを見て、「なんだ、この前の」と片眉を上げる。


「報酬の追加請求なら、受け付けないわよ」


「そうじゃない。訊きたいことがあって、来たんだ」


 俺は、単刀直入に切り出した。


「昨日あんた、リルの鍵を見て、妙な顔をした。あれは、なんだ?」


 支部長の手が、止まった。

 ペンを置いて、ゆっくりと顔を上げる。その目が、リルの胸元へ移った。鍵の形をしたペンダント。リルは落ち着かなそうに、それを握りしめている。


「……見間違いじゃ、なかったか」


 支部長は低くつぶやいた。

 その様子に、俺は確信した。やっぱり何か知っている。リルの鍵に、何か心当たりがある。

 しばらく支部長は、迷うように黙っていた。話すべきか否か。天秤にかけるみたいに、視線を宙に泳がせて。やがて観念したみたいに、長い息を吐く。


「その鍵。ちょっと、見せてもらえるか」


 リルが、おずおずとペンダントを外して差し出した。支部長は、それを手のひらに乗せ、食い入るように見つめる。鍵の持ち手の部分に刻まれた、小さな紋章。渦巻きと星を組み合わせたような、不思議な意匠だ。

 長い沈黙のあと。


「昔。まだわたしが、駆け出しのハンターだった頃の話だ」


 支部長は、ぽつり、ぽつりと語り出した。


「とある古い遺跡の、最深部で。これとそっくり同じ紋章を、見たことがある。扉に刻まれていた。でかい、石の扉だ。どうやっても開かなかった」


「遺跡の、扉に?」


「ああ。仲間が何人かそれをこじ開けようとして、ひどい目に遭った。だから、忘れられない紋章でな。昨日その鍵を見て、肝が冷えたのさ」


 支部長は遠い目をした。何十年も前の光景を、まぶたの裏に映すみたいに。


「あの扉は、ただの石じゃなかった。叩いても削っても、傷ひとつつかない。旧文明のとんでもない技術で、封じられていた。中によほど大事なものが、眠っていたんだろう。結局わたしたちは、何も持ち帰れずに引き返した。死人だけ出してな」


 苦い口調だった。若い頃の、消せない傷の話なんだろう。

 支部長の視線が、リルに戻る。


「お嬢ちゃん。あんた、この鍵をどこで手に入れた」


「わかんないんです」


 リルが、首を横に振った。


「気がついたら、持ってて。家族の形見だって、それだけはなんとなく。でも、家族のことも、自分のことも、なんにも覚えてなくて」


 支部長は、しばらくリルの顔を見つめていた。それから、深く眉を寄せる。


「妙だな」


「妙、って?」


「わたしがその紋章を見たのは、もう何十年も前。それも、誰も踏み込んだことのない、古い古い遺跡だ。旧文明の時代のな。そんな大昔の印が、なんで今を生きるお嬢ちゃんの、形見に刻まれてる」


 俺は、リルの鍵を改めて見た。ありふれた家族の形見。リルはずっと、そう信じてきた。けどその正体は、一万年前の得体の知れない遺跡の扉と、同じ印を背負った代物だったわけだ。

 ふつうの娘が、持っていていいものじゃない。

 じゃあリルは、いったい何者なんだ。なんでそんなものを、持っている。考えれば考えるほど、足元がぐらつくみたいだった。

 背筋に、冷たいものが走った。

 旧文明の、紋章。

 一万年前の印が、リルの鍵に。

 その、ときだった。

 ずっと黙っていたノアが、ふいに口を開いた。


「……あの。その紋章」


 その声が、いつもより硬かった。俺は、ノアを見た。

 彼女は、支部長の手のひらの鍵を、じっと見つめていた。その黒い瞳が、かすかに揺れている。


「ノア?どうした」


「わたし、どこかで、見たことがある気がするんです。とても懐かしい、感じがして。でも――」


 ノアが、こめかみに指を当てた。あの、記憶を手繰るときの仕草だ。眉根を寄せて、必死に何かを思い出そうとして。けど、すぐに力なく、首を振る。


「だめです。思い出せません。ごめんなさい」


 ノアは悔しそうに、唇を噛んだ。喉まで出かかっているのに、最後の一歩が霧に阻まれる。そんなもどかしさが、横顔に滲んでいた。

 ただの見覚えじゃない。とても懐かしい、とノアは言った。懐かしいということは、ノアの記憶のもっと奥――失くしてしまったあの頃に、あの紋章は確かにあった、ということだ。

 俺は、ノアとリルを見比べた。

 ノアの失くした記憶。リルの知らない過去。そして、二人を結ぶみたいに現れた、一万年前の紋章。

 偶然なのか。それとも――何か、糸が繋がっているのか。


「一つ、忠告しておく」


 支部長が、鍵をリルに返しながら言った。昨日のボズ爺さんと、同じ言い回しだった。


「その鍵は、人前で見せびらかすな。しまっておけ。旧文明の印なんてものに目の色を変える連中は、この世にいくらでもいる。下手をすりゃ、あんた自身が狙われる」


「はい」


 リルが、鍵をぎゅっと握りしめて頷いた。


「悪いが、わたしに話せるのは、ここまでだ。あの遺跡がどこにあったか。あの扉の奥に、何があったのか。それは――今は、まだ言えない」


 今は、まだ。

 その言い方が、引っかかった。知らないんじゃない。言えないんだ。何かわけがあって。

 なぜ言えない。リルの素性を知られたら、まずいことでもあるのか。それとも、知ればリルが危険に巻き込まれる。だからあえて、伏せている。この無愛想だが情のあるおばさんのことだ。後者な気がした。

 いずれにせよ、この人は糸の在り処を知っていて、それでも握ったまま放さない。今は、まだ。

 けど、それ以上は、いくら訊いても、支部長は口を割らなかった。最後にひとこと、「気をつけてな」とだけ付け加えて。その声には、依頼を寄越したときとは違う、妙に親身な響きがあった。

 ギルドを出る。夕暮れの通りを、三人で歩いた。しばらく、誰もしゃべらなかった。


「あたし」


 ぽつりと、リルが言った。


「あたし、いったい、何者なんだろうね」


 その声は軽い調子を装っていたけど、奥に、隠しきれない不安が滲んでいた。

 無理もない。ありふれた形見だと思っていたものが、急に、一万年前のおそろしく重いものに化けたんだ。自分の根っこが、自分でもわからない。それはきっと、足元に底の見えない穴が、ぽっかり開いているような心細さだ。

 その横顔は不安げで、けど、どこか知りたい、という光も宿していた。失くした過去が。自分の、ほんとうの名前が。

 俺は、こいつの頭にぽんと手を置いた。


「さあな。けど、一つだけ、確かなことがある」


「なに?」


「お前が何者だろうと。今のお前が、俺たちの仲間だってことは、変わらない。それだけは、絶対だ」


 リルが、目を丸くして。それから、ちょっとだけ笑った。


「……うん。ありがと」


 謎は、深まるばかりだった。

 旧文明の紋章。支部長の隠し事。ノアの、懐かしさ。

 糸は、確かに一本、見つかった。けど、その先は、まだ深い霧の中だ。

 旧文明の紋章を背負った少女。その紋章に懐かしさを覚える、旧文明の人形。二人とも、自分が何者なのかを知らない。そしてその答えは、たぶん、おそろしく深いところに沈んでいる。一万年の、底に。

 俺は、ちらりと隣を歩く二人を見た。屈託なく笑うリルと、穏やかに付き添うノア。今は、それでいい。答えを焦って、こいつらの今の笑顔を曇らせる必要はない。

 まあ、いい。焦ることはない。

 いつかこの糸を手繰った先に、リルの――いや、もしかしたら、ノアの過去も。何もかもが、待ってるのかもしれない。

 その日まで、ゆっくり進んでいけばいい。


「ま、難しいことは抜きだ」


 俺は、わざと明るい声を出した。


「腹が減ったな。今夜はノアの飯と、昨日リルが自慢してた、あの揚げパンでも買って帰るか」


「あ、いいね!あそこの、ほんと美味しいんだから!」


 現金なもので、リルの顔がぱっと明るくなる。さっきまでのしんみりが、嘘みたいだ。ノアも、くすりと笑った。

 それでいい。謎は逃げやしない。今日のところは、温かい飯を食って、ぐっすり眠る。それがいちばんだ。

 西の空が、茜色に染まっていた。

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