第13話 街と、武具と
翌朝。二日酔いで唸ってるやつ(リルだ)を叩き起こして、俺たちはアステライアの街へ繰り出した。
改めて、でかい街だ。
故郷のヴェルクなんて、村みたいに思えてくる。石畳の大通りには、人がひっきりなしに行き交っている。商人、ハンター、いろんな種族が混じり合って。露店からは、香辛料と肉を焼く匂い。武具屋の軒先には、ぴかぴかの剣や銃がずらりと並んでる。さすが、商業都市同盟リーグの大都市だ。
「こっちこっち!いい店、いっぱい知ってるんだから!」
二日酔いはどこへやら。リルが先頭を切って、ずんずん歩いていく。一年も暮らした街だ。勝手知ったる、ってやつらしい。
路地をひょいひょいと抜けていく。表通りの喧騒から一本入っただけで、空気がぐっと生活くさくなった。下町だ。
「あそこの串焼きが絶品なの!あと、あっちの店の揚げパンも!ノアさんのごはんには、負けるけどさ」
振り返って、にっと笑うリル。なんだか得意げだ。自分の庭を案内する子どもみたいに。
言われるがまま、串焼きの屋台で一本ずつ買って、頬張った。香ばしいタレが、口の中に広がる。なるほど、これは旨い。ノアも上品に一口かじって、「研究の余地がありますね」なんて、料理人の顔で目を光らせている。
通りを歩けば、あちこちから、ハンターたちの威勢のいい声が飛んでくる。腕自慢が酒場の軒先で、討伐の手柄を大声で語り合っている。遺物を担いだ連中が、ギルドへ列をなしていく。この街は丸ごと、ハンターで回ってるんだ。ヴェルクののんびりした空気とは、まるで違う。
ああ、そうか。こいつ、嬉しいんだな。
今まで一人で食って、一人で歩いてたこの街を、今は見せたい相手がいる。それだけのことが、こいつには特別なんだ。
「いい街だな」
俺がそう言うと、リルはぴた、と足を止めて。それから、照れ隠しみたいに、また歩き出した。
「……でしょ?」
ひとしきり街を冷やかしてから、本題に入った。
遺物を、現金に換えなきゃならない。アガートラで拾った、半端な遺物の数々だ。それと――例の、厄介な代物の相談も。
リルが案内してくれたのは、骨董屋みたいな古ぼけた店だった。看板も出ていない。けど、こういう店こそ本物だ。
「ボズ爺さーん!いる?」
リルが勝手に、扉を開ける。
薄暗い店内は、棚という棚に、得体の知れない遺物がぎっしり詰まっていた。その奥から、しわがれた声が返ってくる。
「なんだ、リルか。生きてたか」
現れたのは、片目に大きな拡大鏡をはめた、痩せた爺さんだった。背は曲がってるが、目つきはやたらと鋭い。アステライア一の目利きだと、リルは言う。遺物の値を見抜かせたら、右に出る者はいない。おまけに、この街の裏も表も知り尽くした、生き字引だそうだ。
「ちょっと、見てほしいものがあるんだけど」
俺は黒匣から、アガートラの半端な遺物をいくつか取り出して、カウンターに並べた。
ボズ爺さんは拡大鏡をきゅっと覗き込んで、一つ一つ手に取っていく。
「ふん。壊れかけの照準器。劣化した動力電池。まあ、小遣いにはなる程度だな。塔の、上のほうで拾ったクチか」
「さすが。お見通しだね」
「下のほうは、とっくに漁り尽くされてるからな。こんな半端物しか、残っちゃいな
い」
「それでも、あの塔から生きて戻ってきただけ、大したもんだ」
爺さんは、ちらりと俺たちを見上げた。拡大鏡の奥の目が、品定めするみたいに、すっと細くなる。
「死人の遺物なら、いくらでも見てきた。アガートラに挑んで、帰らなかった連中のをな。お前さんがた、いったい何者だ」
「ただの、しがないハンターだよ」
「ふん。そういうことに、しておくか」
言いながら、爺さんは手早く値をつけていく。妥当な額だ。ぼったくりもしないが、まけもしない。気持ちのいい商売人だ。
で。問題は、ここからだった。
「爺さん。もう一つ、見てもらいたいものがある。ただし――声は、抑えてくれ」
俺は黒匣から、それを取り出した。
淡く青白い光を宿した、結晶の塊。動力炉の、核。
その瞬間。
ボズ爺さんのしわだらけの顔から、すうっと表情が消えた。拡大鏡の奥の目が、かっと見開かれる。
「……お前さん」
声が、低くなった。
「こいつを、どこで」
「アガートラのいちばん底だ。守護者の格納庫に、あった」
爺さんはしばらく、無言でその核を見つめていた。それから、ふう、と長い息を吐いて、椅子にもたれかかる。
「……旧文明の、小型動力炉。それも現役。こんなもん、わしも話に聞いたことしか
ない。値か?つけられんよ。強いて言や、この街が丸ごと買える」
リルが、息を呑んだ。
「だが坊主。一つ、忠告しておく」
爺さんの目が、じろりと俺を捉えた。
「こいつは、売るな。表でも裏でもだ。こんなものを抱えてると、噂が立つ。そうなりゃ、ろくでもない連中が、こぞって群がってくる。商売人も、盗人も――それから、もっとたちの悪い連中もな」
「たちの悪い、連中?」
「世の中にゃ、こういう旧文明の力そのものを、血眼でかき集めてる手合いがいるのさ。詳しくは言わん。だが、関わらんに越したことはない」
爺さんは、それきり口をつぐんだ。
もっと、たちの悪い連中。
爺さんの口ぶりには、ただの忠告以上の、何か重いものがあった。長くこの世界の裏を見てきた男の、用心深さだ。きっと、そういう連中と実際に関わって、痛い目を見た者を、何人も知ってるんだろう。
胸の奥に、小さな引っかかりが残った。けど、今は深追いしないでおく。
「わかった。当分、寝かせとくよ」
「それが賢い。まったく、とんでもないもんを拾ってきやがって」
ぶつぶつ言いながらも、爺さんの口元は、どこか楽しそうだった。
店を出て、鯨号に戻った。
動力炉の核は、売らない。けど、ただ寝かせておくだけ、ってのも、もったいない。
「ご主人様。提案があります」
ノアが、核を手に言った。
「この核から、ごく微量の出力を取り出して、わたしたちの強化服と、鯨号の動力系に回しては、いかがでしょう。安全な範囲で。それだけでも、性能が一段、上がります」
さすが、旧文明の機体だ。こういう扱いは、お手の物らしい。
「できるのか?」
「ええ。ご主人様の〈黒鴉〉の出力も、リルさんの杖も、底上げできます。ほんの少しですが」
「頼む。ついでに、この前傷んだ装甲も、直してくれ」
ヴェルクなら、ガロの工房に持ち込むところだ。あの頑固親父に、また嫌味を言われながら。けど、ここはアステライア。ガロは、遠い。
代わりにノアが、鯨号の整備室で、てきぱきと作業を始めた。街で買い足した部品と、核から取り出したわずかな力で。
その手際は、ガロにも引けを取らなかった。いや、旧文明の技術を扱わせたら、むしろ上かもしれない。火花を散らしながら装甲を組み直し、回路を繋いでいく後ろ姿は、メイド服のくせに、やたらと頼もしい。
「ノアさんって、ほんと、なんでもできるね」
手元を覗き込んで、リルが感心したようにつぶやいた。
「これくらいは、当然のことですよ。ご主人様の道具を整えるのも、わたしの務めですから」
さらりと、そう言ってのける。
数時間後。
俺の手の中で、〈黒鴉〉の刃が、前よりほんの少し鋭く、青白い光を放っていた。リルの杖も同じだ。鯨号の低い駆動音も、心なしか力強くなった気がする。
「すごい!あたしの杖、軽くなった!」
リルが嬉しそうに、杖を振り回す。
たいした変化じゃ、ないのかもしれない。けど、確かに強くなった。あの塔で命がけで手に入れたものが、こうして俺たちの力になっていく。
悪くない。命がけの甲斐は、あった。
その夜。俺は甲板の上で、夜風に当たっていた。
眼下には、アステライアの灯りが、宝石みたいに広がっている。リルがこの一年、見てきた景色だ。
ボズ爺さんの言葉が、ふと頭をよぎった。
――旧文明の力を、血眼でかき集めてる手合い。
まだ顔も名前も知らない。けど、この広い世界のどこかに、そういう連中がいる。いつか、ぶつかるかもしれない。
まあ、いい。そのときは、そのときだ。見えない敵に怯えていても、仕方がない。
それに、と俺は思う。今の俺たちは、昨日よりほんの少しだけ、強くなった。命がけで稼いだものを、ちゃんと力に変えて。この調子で一歩ずつ、進んでいけばいい。
今はただ、仲間と、旨い飯と、少しだけ強くなった装備があれば、それで十分だった。
背後のハッチが開いて。
「ご主人様。湯が沸きましたよ」
ノアの声だ。
「リルさんが一番乗りで、占領していますけど」
「あいつめ」
苦笑いして、俺は立ち上がった。
明日も、きっといい一日になる。そんな、根拠のない確信があった。




