表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
〈幕間01〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/27

第12話 凱旋とごちそう

 その晩、鯨号の食堂は、かつてないほど賑やかだった。

 長いテーブルの上に、ノアの手料理が所狭しと並んでいる。湯気を立てる肉の塊。こんがり焼けたパン。彩りのいい温野菜。見たこともない香草の効いた一皿。どれも、ため息が出るほど旨そうだ。


「さあ、どうぞ。今夜は、好きなだけ召し上がってください」


 エプロン姿のノアが、にこにこと料理を運んでくる。アガートラであれだけの目に遭ったってのに、もうすっかり、いつもの調子だ。タフなやつだよ、まったく。


「うわぁ!なにこれ、ぜんぶ食べていいの!?」


 リルが目を輝かせて、テーブルにかぶりついた。


「いいに決まってんだろ。今日の主役は、お前だ」


「あたし!?なんで!?」


 きょとんとするリルに、俺はにやりと笑ってみせた。


「歓迎会だよ。お前の」


 乾杯の音頭は、わざわざ顔を出してくれた、ギルドの支部長が取ってくれた。

 灰色の髪に狼の耳の彼女は、片手に酒の杯、もう片方に子どもみたいな大盛りの皿を持って、すっかり上機嫌だった。


「あの塔を黙らせたんだ。これくらいの騒ぎは当然よ。ほら若いの、飲め飲め」


 ほかにも、何人か顔見知りのハンターが混じってる。アステライアで、リルと組んだことのある連中だ。みんな、彼女があの塔から無事に戻ってきたことを、自分のことみたいに喜んでいた。


「リルちゃん、生きて帰ってよかったよ!あの塔に挑むって聞いたときは、正気か?って思ったもん」


「そうそう。あんた、無茶ばっかするんだから」


 口々にそう言いながら、みんな嬉しそうに、彼女の肩を叩いていく。リルは、照れくさそうに頭をかいていた。

 なるほどな。リルは、この街でちゃんと慕われてたんだな。一人で生きてきたみたいな顔して、ちゃんとこいつなりの居場所を作ってたんだ。

 杯がぶつかる。笑い声がはじける。鯨号の狭いはずの食堂が、人の熱気でいっぱいになった。

 料理は、飛ぶように消えていった。

 とくにリルの食いっぷりは、見ていて気持ちがいいくらいだった。あの細い体のどこに入るんだか。皿が空くそばから、ノアが新しいのを運んでくる。


「クロウも、ぼーっとしてないで食べなよ!ノアさんのごはん、なくなっちゃうよ!」


「お前が食い尽くす勢いだからだろ」


「失礼な!あたし、まだ三皿目だし!」


「三皿目で、その台詞が出るのが、逆にすごいんだよ」


 軽口を叩き合う。こんな、なんでもないやり取りが、やけに心地よかった。


「ノアさん、これ、すっごくおいしい!なんてお料理?」


「ふふ。旧文明の古い料理書を、再現してみたんです。お口に合ってよかった」


「天才!ノアさん、天才!」


 べた褒めされて、ノアがまんざらでもなさそうに笑う。

 俺も杯を傾けながら、その光景を眺めていた。

 ついこの前まで、ノアと二人きりの、静かな旅だった。それが、リルが加わって。今夜は、こんなに人がいて。

 悪くない変化だ。いや、ずいぶんいい変化だ。


「ご主人様も、ちゃんと召し上がってくださいね。お酒ばかりでは、お体に毒です」


 いつのまにか、ノアが俺の皿にも、山盛りの料理をよそっていた。世話焼きは、相変わらずだ。


「わかってるよ。ん、うまい。やっぱ、お前の飯がいちばんだな」


「ふふ。光栄です」


 夜が更けて、さんざん飲み食いした連中が、千鳥足で引き上げていった。支部長は別れ際に、リルの頭をぽんと一つ叩いて、「達者でな」とだけ言って帰っていく。

 潮が引くみたいに、騒がしさが去っていった。

 残ったのは、いつもの三人だ。

 リルが、満腹でソファにぐでっと沈み込んでいる。ノアが、てきぱきと片づけをはじめた。俺は、食後の茶をすすっていた。

 ふと、リルがぽつりと言った。


「ねえ、クロウ」


「ん?」


「あたし、ほんとに、いていいの?ここに」


 その声は、さっきまでのはしゃぎようとは別人みたいに、静かだった。


「気まぐれで、ついてきちゃったけど。あたし、どこの誰かもわかんないし。足手まといかも、しれないし」


 俺は、茶を置いた。

 こいつ。あんなに笑ってたくせに。心の隅で、ずっとそんなこと考えてたのか。

 寄る辺がない、ってのは、こういうことだ。どこにも帰る場所がない。誰も、自分を待ってない。そういう不安は、賑やかな夜のあとほど、ふいに胸を刺す。


「ばか言うな」


 俺は、できるだけ軽い調子で言った。


「足手まといなら、あの塔でとっくに置いてきてる。お前がいなきゃ、勝てなかった。それに――」


 言葉を切って、俺は食堂を見回した。片づけをするノア。空っぽになった皿の山。

 ついさっきまでの、笑い声の余韻。


「ここはもう、お前の家でもあるんだよ。今さら出てけって言われても、困る」


 リルが、ぱちぱちと瞬きをした。


「……家」


 その言葉を噛みしめるみたいに、繰り返す。


「あたしの、家」


 ノアも片づけの手を止めて、やわらかく微笑んだ。


「ええ。おかえりなさい、リルさん。これからは毎日、わたしのごはんが食べられますよ」


 その一言で、こらえていたものが、決壊したらしい。


「……っ、う、うう」


 リルの大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。慌てて、袖でぐしぐしこする。


「な、なんで泣いてんの、あたし。やだもう。お腹いっぱいで、気がゆるんだだけだ

 から!」


 強がる、その声が震えてる。

 俺とノアは、顔を見合わせて笑った。

 泣き虫だな、戦女神。

「わ、笑うな!もう!でも」


 リルは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。さっきまでの不安は、もうどこにもない。代わりに、くしゃっと、子どもみたいな笑顔が咲いていた。


「ありがと。クロウ、ノアさん。あたし、ここにいる。ずっと、いるからね」


「ああ。いてくれ」


 なんてことのない約束だった。けど、こいつにとっちゃ、たぶん、すごく大きなことなんだ。

 リルが泣き疲れて、自分の部屋に引っ込んだあと。


「ご主人様。傷の手当てを、しましょう」


 ノアが救急箱を手に、俺の隣に腰を下ろした。

 そういえば、すっかり忘れてた。アガートラで、脇腹をやられたんだった。騒ぎのあいだは気が紛れてたけど、こうして静かになると、じくじくと痛みが戻ってくる。

 シャツをめくる。脇腹に、横一文字の裂け傷。守護者のケーブルが、かすめた痕だ。血は、もう止まってる。


「無茶を、なさいますね」


 ノアが傷を見て、小さく眉を寄せた。消毒液を含ませた布で、そっと傷口を拭っていく。少し、しみた。


「お前を助けるためだ。安いもんさ」


 俺がそう言うと、ノアの手が、ほんの一瞬止まった。


「……わたしのために、ご主人様が傷つくのは。あまり、嬉しくありません」


 その声が、いつものお姉さんの余裕とは、少し違った。


「あの心臓に操られているあいだ。わたしは自分の手で、ご主人様に刃を向けていました。あれが、ずっと頭から離れないんです」


 包帯を巻くその手つきは、丁寧で優しくて、けど、どこか自分を責めるみたいだった。

 俺は、その手に、自分の手をそっと重ねた。


「ノア。お前はあの土壇場で、命令をぶち破って俺を助けた。刃を止めたのも、お前の意志だ。お前は最後まで、俺の味方だったよ」


 ノアが、顔を上げる。黒い瞳が、すぐ近くで揺れていた。


「だから、もう気に病むな。お前のせいじゃ、ないんだから」


 ノアの長いまつ毛が、かすかに震えた。何か言いかけて、けど言葉にならないみたいに、唇を結ぶ。

 いつも誰かの世話を焼いてばかりのこいつが、こんなふうに自分の弱いところを見せるのは、珍しい。記憶を失くして寄る辺がないのは、リルだけじゃない。ノアだって、本当は同じなんだ。仕えるべき主を失くしたまま、それでも、誰かに尽くさずにはいられない。

 しばらく、ノアは黙って俺を見ていた。

 それから、ふっと肩の力を抜いて、いつもの穏やかな顔に戻る。


「はい。ありがとうございます、ご主人様」


 巻き終えた包帯を、ぽん、と軽く叩いて。


「では、もう無茶はなさらないように。次にご主人様がこんな傷を作ったら――今度は、わたしが本気で叱りますからね」


 いたずらっぽく笑う、ノア。

 ああ、これだ。この顔が、いい。


「善処する」


「あら。約束は、してくださらないんですね」


 くすくす、とノアが笑った。

 窓の外では、アステライアの夜景が瞬いている。遠くから、まだ酔っ払いの上機嫌な歌声が、聞こえてきた。

 明日からは、また考えなきゃならないことが、山ほどある。動力炉の核のこと。ノアと、リルの記憶のこと。塔が遺した、〈白〉の謎。

 でも、それは明日でいい。

 今夜はただ、仲間が一人増えて、ちょっと家が賑やかになった。その温かさを噛みしめながら、眠ろう。

 隣の部屋からは、もう、リルの寝息が聞こえてくる。よっぽど疲れたんだろう。それとも、ようやく安心したのかもな。帰る場所が、できて。

 俺は、茶の最後の一口を飲み干して、小さく伸びをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ