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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第01編〈沈黙の管制塔〉アガートラ

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第11話 目覚めの塔

「クロウ!ノアさん!無事!?」


 雑魚を片づけ終えたリルが、息を切らして駆けてきた。俺の腕の中のノアを見て、ぴたりと足を止める。


「気を失ってる。たぶん、力を使い果たしだけだ。命に別状はないと思う」


 俺がそう言うと、リルはほうっと長い息を吐いて、その場にへなへなと座り込んだ。


「よかったぁ。もう、心臓に悪いったら」


 さっきまでの戦女神の面影は、どこにもなかった。いつもの、ちょっと抜けたリルだ。安心したら腰が抜けたらしい。

 俺も人のことは言えない。ノアを抱えたまま、その場に片膝をついていた。立てない。脇腹の傷が、今ごろになって、じくじくと主張しはじめてる。

 静かだった。

 あれだけ腹に響いていた塔の鼓動が、もうない。湧き続けていた雑魚の足音も。すべてが止まって、ただ自分たちの荒い息だけが、広い空洞に響いていた。

 勝ったんだ。

 じわじわと、その実感が込み上げてくる。


「ねえクロウ。さっきの、あれ。最後の戦い方。なに、あれ。あんた、あんなの隠してたわけ?」


「まあ、いろいろあってな」


「ずるい。あたしにも教えてよ」


 頬を膨らませるリル。こんなときでも、こいつはこいつだ。俺はつい、笑っちまった。笑うと、脇腹が痛んだ。

 腕の中で、ノアが小さく身じろぎした。


「ご、しゅじんさま?」


 うっすらと目を開ける。その瞳に、もうあの不気味な光はない。ちゃんと、いつものノアの目だ。


「おう。気分はどうだ」


「わたし……。あ」


 ノアの顔が、さあっと青ざめた。がばっと身を起こそうとして、よろける。慌てて支えた。


「わたし、ご主人様に刃を!リルさんにも、ご迷惑を! も、申し訳――」


「落ち着け。誰も怪我してない。お前は、何も悪くない」


 俺はできるだけ穏やかに言った。


「むしろ、お前のおかげで勝てたんだ。あの土壇場で、命令をぶち破って道を空けてくれただろ。あれがなきゃ、俺は今ごろ、あのデカブツの足の下だ」


 ノアは、まだ泣きそうな顔をしていた。けど、やがて、こくりと小さく頷く。


「……はい。ご主人様が、ご無事でよかったです」


 そう言って、ほっと力を抜いたとき。

 ふと、ノアの目が、遠くを見た。


「変、ですね」


「ん?」


「あの心臓に繋がれているあいだ。いいえ、その、もっと前から。ずっと頭の隅に、

 ちらついている景色があるんです」


 ノアは自分のこめかみに、そっと指を当てた。


「あたたかい部屋。窓から、やわらかい光が差していて。誰かがわたしを、たぶん抱きしめてくれている。とても大切そうに。でも――その人の顔が、どうしても思い出せないんです」


 喪った、主。

 ノアが仕えていた、誰か。記憶を失う前の、彼女の世界。その、ほんの断片。


「いつか思い出すさ」


 俺は、ノアの頭にぽんと手を置いた。


「焦らなくていい。お前の過去も全部俺たちで、ゆっくり探していこう。な?」


 ノアは目を見開いて、それから、ふわりと笑った。


「はい。ありがとうございます、ご主人様」


 ひと息ついて、俺は空洞を見回した。

 止まった心臓。膝をついたまま動かない守護者。一万年、ここを守ってきた二つの機械。

 こいつらが守ってたのは、心臓だけじゃなかったのかもな。

 守護者がせり上がってきた、あの巨大な昇降機。その底へ降りてみると、思ったとおりだった。

 最深部。守護者が眠っていた格納庫。そこに、それはあった。

 でかい結晶みたいな塊が、淡い青白い光を、まだ宿している。心臓に力を送っていた、大本。動力炉の核だ。


「これは、すごいですね」


 肩を借りながらついてきたノアが、息を呑んだ。


「旧文明の小型動力炉。それも、ほぼ無傷。これ一つで、街が一つ、何年もまかなえます。お値段は、すみません、見当もつきません」


 道理で、誰も手に入れられなかったわけだ。

 ここまで来るには、あの守護者を突破するしかなかった。一万年、誰にもできなかったそれを、俺たちはたまたま、やってのけた。

 上の階で拾えたのは、小金になる半端な遺物ばかりだった。当然だ。簡単に手の届く場所のものは、とっくに漁り尽くされてる。本物のお宝はいつだって、いちばん危ない場所の、いちばん奥に眠ってる。

 俺は動力炉の核を、黒匣に収めた。手のひらの上で、亜空間がぱくりとそれを飲み込む。


「これで当分、遊んで暮らせるね!」


 リルが無邪気にはしゃいだ。


「ばか。こんなもん迂闊に売ったら、それこそ厄介事に目をつけられる。当分、寝かせとくんだよ」


 とはいえ、これだけのものを手に入れたんだ。今回の依頼は、とんでもない大当たりだった。命がけの価値は、確かにあった。

 塔を出ると、外はもう夜だった。

 地上に出ると、街道沿いに停めておいた鯨号が、月明かりの下で、俺たちを待っていた。我が家だ。

 ノアを休ませ、ぼろぼろになった装備を解く。ガロの工房で直してもらった強化服は、また台無しだ。あの親方に、また嫌味を言われるな。

 鯨号をアステライアへ向けて、ゆっくり走らせる。本当なら操縦はノアの仕事だけど、今日は休ませる。代わりに俺が舵を握った。リルが助手席で、足をぶらぶらさせている。

 夜の荒野を、鯨号が静かに泳いでいく。

 しばらく、誰もしゃべらなかった。心地いい沈黙だった。

 ふいに、リルが口を開いた。


「ねえ、クロウ」


「ん?」


「ノアさんの、さっきの話。記憶の断片。あたし、ちょっとわかるかも」


 リルの声は、いつもより静かだった。窓の外の月を見ている。


「あたしもね。一年くらい前より前のこと、なんにも覚えてないんだ」


 俺は思わず、リルを見た。


「気がついたら、アステライアの外れに倒れてた。名前は覚えてたのに、それより前がまるっきり空っぽでさ。自分がどこの誰なのかも、わかんない」


 リルは、胸元の鍵の形をしたペンダントを、指でそっとつまんだ。


「持ってたのは、これだけ。なんか大事なものな気はするんだけど。なんの鍵かも、わかんないんだよね」


 ノアと、リル。

 二人とも、過去を失くしてる。喪った主の面影を探すメイドと、自分が何者かもわからない少女。偶然にしちゃ、できすぎてる。

 妙な縁だ。寄る辺のないやつばかりが、この鯨号に転がり込んでくる。


「まあ、いいさ」


 俺は前を向いたまま言った。


「思い出せないなら、これから作りゃいい。それに、お前の過去も、いつかひょっこり転がり出てくるかもな。そのときは、ノアのと一緒に探してやるよ」


 リルがきょとんとして、それから、ぷっと噴き出した。


「なにそれ。クロウ、面倒見よすぎ。そんなんじゃ、苦労するよ?」


「ほっとけ」


 アステライアに着いたのは、翌日の昼だった。

 ギルドの支部長室。灰色の髪に狼の耳の女支部長は、俺たちの報告を聞き終えると、ふう、と長い息をついた。


「塔の鎮静、確認したわ。今朝から、新手のオートマタの目撃が、ぱたりと止んでる。交易路も街道も、もう安全。避難してた住民も、戻りはじめてる」


 彼女はねぎらうように、俺たちを見回した。


「正直、半信半疑だった。あの塔に潜って無事に戻ってきたやつなんて、何十年もいなかったんだから。よくやってくれた。街を代表して、礼を言うわ」


 依頼の報酬は、破格だった。命がけの難依頼に見合うだけの額。もっとも、黒匣の中のお宝に比べりゃ可愛いもんだったけど、それは言わぬが花だ。

 支部長が、書類に判を押す。これで依頼は、正式に完了だ。

 ふと、彼女の視線が止まった。

 リルの胸元。鍵の形のペンダント。


「……その鍵」


 支部長の声が、わずかに変わった。


「いえ。なんでもないわ」


 彼女はすぐに目を逸らした。けど、その横顔に一瞬よぎったものを、俺は見逃さなかった。驚きと、それから、もっと複雑な何か。まるで、どこかで見覚えがあるみたいな。

 気のせい、か?

 いや。あとで探りを入れる価値は、ありそうだ。頭の隅に、留めておく。

 ギルドを出ると、空はよく晴れていた。

 大通りは、避難から戻ってきた人々で、少しずつ賑わいを取り戻しはじめている。屋台から、香ばしい匂いが漂ってきた。


「おなか、すいたー!」


 リルが両手を上げて、伸びをした。すっかり、いつもの調子だ。


「ねえねえ、なんかおごってよ。大金持ちになったんでしょ?」


「なってない。あれは寝かせるって言っただろ」


「えー、けち!」


 そんなやり取りを、隣でノアがくすくす笑って見ている。もう、すっかり顔色も戻った。

「では、お祝いに、今夜は腕によりをかけますね。お二人の好きなものを、なんでも」


「やった!ノアさんのごはん!」


 リルがノアに抱きつく。ノアが優しく、その頭を撫でた。

 その光景を見ながら、俺は思った。

 ヴェルクを出たときは、ノアと二人きりだった。それが、今は三人だ。ずいぶん賑やかになったもんだ。

 ノアの失くした記憶。リルの知らない過去。塔が最後に遺した、〈白〉という謎の言葉。わからないことは、山ほどある。

 けど、それを一つずつほどいていく旅も、悪くない。

 いや。きっと、最高に面白い。


「よし、決めた」


 俺は伸びをして言った。


「今夜はパーッとやるか。リルの歓迎会も兼ねて、な」


「えっ、歓迎会って」


 リルが目を丸くする。


「なんだ、嫌か?お前、もう、うちの一員だろ。今さら」


 リルはぽかんと口を開けて、それから、くしゃっと顔を崩して笑った。今まで見た中で、いちばん子どもみたいな笑顔で。


「うん!よろしくね!」


 空の高いところを、鳥が鳴きながら横切っていく。

 長い一日が終わって、新しい毎日が、始まろうとしていた。

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