苦悩
アクダマー伯爵は決意のこもった目でシオンを見つめた。
「我々が生まれる前の帝国の悪行のせいで今も他国は警戒して、隙があれば攻めてくる状態が続いている。その為、国防費がとんでもないことになっているというのに、大陸最大の大国だと傲慢になり、貴族の腐敗は酷くなる一方だ。私は憂いて改革に望んだが、保守派の者たちに敗れてしまった。誰も自分の利権が減るのを嫌うからな。だから長い年月をかけて準備していたのだ」
アクダマー伯爵は懐から用紙を出した。
「アスティア王国は帝国に奪われた『聖地』の奪還を諦めてはいないそうだ。東の山脈がそれに当たる。それを奪還できれば帝国を攻めることはないと約束してくれた。それの確約書だ。アスティア王国は南のエルフの国と仲が悪い。エルフが攻めてきた時、逆に共闘もできるようになるだろう。そして北に女神様の国ができたことで、北の国境の兵も減らすことができる。本当にちょうど良いタイミングで姫殿下が国を取ってくれた。まぁ、王子の暴走を止められなかったのは悔やまれるが、帝都から離れている私にはどうしようもできなかったがな」
シオンたちは黙って聞くことしかできなかった。
「我が国なら他国に攻め入ることはないと?」
「ええ、あなたの母国もそうです。女神様を崇める宗教国家が他国に攻めることはないでしょう。そもそも本当に女神様が降臨されているのですから」
「お主、誕生祭に来ておったのか!?」
「ええ、他国の要人の一人として偵察も兼ねておりましたが、女神様をこの目で見て確信いたしました。女神様の寵愛を受けしノルン聖王国であれば国境に兵を配備しなくても良いと。スノー王国は特に人口も少なく侵略する意味がない。そしてレグルス王国は貿易で莫大な利益を上げているので同じく他国を攻める理由がない。故に、北部の国境線には監視程度の兵力を置くだけで十分に対応できると考えている。それに伴い、先に述べたアスティア王国が我が帝国の領土を奪いエルフの国の国境に面する土地を取ってくれれば、膨大な土地に兵士を置かなくても、特定の場所だけに集中することができる。これで防衛費は半分以下にいや、3/2まで抑えられるだろう」
防衛費か。これは予想外な話じゃな。
「待て、言っていることはわかるが、他国の侵略に手を貸す時点で貴様は売国奴だ!」
まぁこれも当然じゃな。
「その通りだ。無論、理解している。全てが終わったら断頭台にいく覚悟は出来ている!」
「なっ──!?」
アクダマー伯爵の目には揺るぎない決意が宿っていた。スカーレットは言葉を失ってしまった。
「………それはたいした覚悟じゃ。それで、我々に何をさせたいのじゃ?ここまで秘密を暴露したのじゃ、しっかりと巻き込むつもりなんじゃろ?」
「流石ですな。しかし、あえて言うなら何もしないでくれると助かりますな」
「何もしないだと?」
これ以上北部の代官を裁くなと?
いや、それは───
「もうすぐアスティア王国が動くのかのぅ?物資の調達もかなり進んでおるようだしのぅ?」
神眼にて屋敷に運び込まれた物資を見つけることができたのだ。
アクダマー伯爵は少し顔色を変えたがすぐに元に戻して言った。
「いくら密偵に探らせても、この屋敷に運び込んだのは一部に過ぎませんよ。ほとんどはもっと南東の別の領地に隠してありますので。そして、すぐにでもアスティア王国が動きます。先のノルン聖王国の戦争で帝国の兵力は著しく低下しており、チャンスですので。しかも北部は協力しないでしょうから増援も南と東のみで対応となるでしょうな」
!?
「それは!?」
スカーレットはすぐに頭の中で今後の展開をシュミレーションした。
くっ、どう対処すればいい?
「アスティア王国は本当に南東の方にある聖地と呼ばれる場所のみで満足すると思うかのぅ?」
「どういう意味ですかな?」
「もし、妾ならほとんど無抵抗で取り返せた場合は、そのまま帝都を狙うのじゃ。東と南の軍がきちんと働いて、敵にも損害を与えながらも撤退したのならそのまま手打ちになるじゃろうが、東と南の軍を統括しておる人物はスカーレット皇女殿下並に有能かのぅ?」
シオンはわざと皇女殿下と呼んで意識させた。
!?
アクダマー伯爵は最悪の事態を想像してしまった。
「少し確認なんじゃが、帝国は例えば今回のように東のアスティア王国が攻めてきた場合は、援軍を派遣するのかのぅ?」
「それは私から。通例ならすぐに援軍申請を上げて、北と南から援軍を派遣します。東の兵力は常備兵が約1万5千なので各地方から5千ほど派遣します。最悪、帝都からも増援を送るので援軍が到着する間は持たせれるはずです」
「それじゃ。その1万5千との数はどこからでた数字じゃ?」
「いえ、昔から通例で東西南北には1万以上の兵力を維持とありまして・・・」
スカーレットは首を傾げながらアクダマー伯爵を見た。
どうやらシオンの言っている意味を理解しているようで、苦虫を噛んだような顔をしていた。
どういうこと???
「皇女殿下は清廉潔白のお方じゃからピンッと来ないじゃろうが、普段はアクダマー伯爵が言ったように国防費が掛かるので『本当の兵力』はせいぜい5千ほどなんじゃ」
!?
「えっ?」
「そして監査などある時のみ貧しい平民を雇って数日間のみ兵力が1万5千ほどいる様に見せるのじゃよ。国には1万5千の防衛費を申請してのぅ」
「はぁーーーー!?????」
スカーレットの間の抜けた叫ぶ声が響き渡るのだった。




