逃げられない戦い
その日は帝国軍の動揺が激しく、ろくに攻めて来ずに日が沈んだ。
【帝国軍自営にて】
「巫山戯るな!このまま撤退しろだと!?」
この軍の最高責任者であるバルトス帝国の第3男で年齢は18歳であるイゴール・バルトスは会議のテント内で荒れていた。
「すでにこちらの被害は一万を超えました。対して向こうはほぼ無傷なのです。ここで引かねばイゴール様の進退にも影響致します」
「すでに俺の進退が危ういんだ!ここで退けるものか!」
第3男というスペアのスペアでしかないイゴールが帝国の皇帝になるには戦功を上げて他を圧倒するしか無かった。周囲に煽てられたのもあるが、本人も野心家だったのだ。今回、まだ5歳の少女が小国を陥したと聞いてチャンスだと思い兵を挙げたのだった。
しかし蓋を開けてみれば、こちらの圧倒的敗北である。
「誰だ!たったの5歳の子供が小国を落としたから奪いとるチャンスだと言ったのは!?」
「子供は旗印であって実際に軍を動かしているのは別の者でしょう」
「あの鉄壁の陣容は恐らくバルド将軍だと思われます。長年クレスト王国の進軍を防いでいた老将軍です」
会議に出ている指揮官達は敵が強いから仕方がないと、具体案を出さずに責任の所在をぼかしながら意見を言い合った。
「それで?誰かあの城砦を攻略する案はないのか!?」
「………敵の奇策で被害は甚大でしたが、石壁で隠されていた城門が現在見えております。ファランクスで魔法使いを守りつつ、城門の前まで行き攻撃魔法で城門を破壊するのは可能かと思います」
「確かにそれなら………」
1人の指揮官の意見を現実的に検討して可能だと結論付けた。
「よし!その案を採用する!徴兵した民兵などいくら潰しても構わん!帝国の正規兵さえ残っていれば何とでもなる。こうなったら被害は目をつむり国境砦奪取という成果だけでも持って帰るぞ!」
イゴールの命令に指揮官達は頭を下げてテントから出て行った。
「………敵の策はあれで最後だと思うか?」
「いや、思わない。まだ何か隠しているよう思える」
「いったい明日は何人死ぬことになるのだろうな」
イゴールは民兵を使い捨てるつもりだが、それがこの地域の反乱の火種になるとは思っていない。
「進退の問題だけで済めば良いがな」
帝国の指揮官達も帝国の王子には逆らえず、命令通り次の日も攻撃を仕掛けるのだった。
作戦通りにファランクスと言う陣形で大きな盾で上と横を防ぎながら魔法使いを進軍させた。
「撤退せずにまた来たか。あの陣形は面倒じゃな。通常であればのぅ?」
城門の近くに行った時だった。ファランクス部隊全員が消えた。
いや、消えたのではない。落し穴に掛かったのだ。
下には尖った槍が刺さっており、多くの者が串刺しになった。
「あれも事前に仕込んでいたのですか?」
「そうじゃ。すぐに落ちないよう魔法でロックしておったのじゃ。ここぞと言う時に使うためにのぅ」
部隊を丸ごと落とす大きな穴は帝国軍の進軍を止めるには十分だった。
「ば、バカな。あの様な大きな落し穴をどうして昨日は作動しなかったのだ!?」
原理がわからず帝国の指揮官は頭を抱えた。
「魔法使いは貴重じゃ。これで向こうには援軍も含めて、使える魔法使いはほとんどいないじゃろう」
「こちらも援軍が到着しましたが、やることがありませんな」
「後は城壁の上から弓矢を射るぐらいかのぅ?」
「まともな指揮官だったらこれほどの損害を出した時点で撤退しますが、どうでしょうな」
「まともでないか、余程のバカか、もう後には引けないのか………人は宝じゃと言うのに、無駄に死なせるとは救い難いのぅ」
帝国軍は揺れていた。
援軍に2万もの追加の兵が到着したのだが、指揮をしていたのは第一皇女のスカーレット・バルトスであり、王位継承権はイゴールより上であった。
「ど、どうしてスカーレット姉上がここに?」
「どっかのバカが戦争を仕掛けると聞いて止めにきたのよ。ただでさえ火種が燻っていて兵士を無駄に出来ない時だと言うのに、まさか2日で一万以上の兵を死なせるとは思っていなかったわ」
グッと苦虫を噛んだかの様に顔を顰めるイゴールにスカーレットは命じた。
「即刻戦闘を中止して撤退しなさい。これは命令です」
「待ってください!一万の被害と言ってもそのほとんどが徴兵した民兵です!帝国騎士団は健在です!後少しで城砦を落とせるのですよ!?」
スカーレットは国境砦をみて考えた。
『確かに敵の奇策である石壁落としに、落し穴はすでに使われてもう使えない。後は見えている城門を破れば占拠できるか?いや、敵の戦力も2万以上ある。城門が破られても城壁の上から弓矢を射られれば被害はもっと甚大になる。流石に占拠出来たとしても、それ以上の損害を出してしまえば、他の地域の守りに戦力を割く事が出来なくなる』
スカーレットは少し欲をかこうとしたがすぐに首を振った。




