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第九章 重力の話、あるいは読めないということの逆

花野原に、まだいた。

本を荷物に入れて、帰り道を歩いていた。道は来た時と同じ細さで、両側から草が袖に触れた。でも草の触り方が、少し変わった気がした。さっきより圧があった。押してくるわけではないが、主張があった。

「来た道とは違いますか」エリィはそのものに聞いた。

「同じだよ」

「同じに見えないですが」

「見える方が変わった」

エリィはその答えを受け取った。本を荷物に入れてからだろうか。重さが変わったから、感触が変わっているのかもしれなかった。

腹が鳴った。

「……さっきも鳴ってなかったっけ」とそのものが言った。

「鳴っていました」

「三回目だよ」

「数えていたんですか」

「自然と」

カイが後ろで言った。「飯は宿まで我慢してくれ」

「我慢はしています」

「鳴るのも我慢してくれ」

「それはできません」

カイが何か言いかけて、やめた。

花野原の中に、人がいた。

最初、エリィは花が動いているのかと思った。風はなかった。でも遠くで何かが揺れていた。近づいてくる。足音がしなかった。草を踏む音がしなかった。でも確かに近づいていた。

形が、人になった。

四十歳前後に見えた。整った顔だった。目が笑っていた。歓迎する側の笑み——誰かを迎え入れる側の人が浮かべる、準備された笑みだった。服は旅人のものではなかった。仕立てがよく、埃がなかった。この花野原を歩いてきた人間の服ではなかった。

「やあ」とその人は言った。声が軽かった。「よく来た。待っていた」

「……だれですか」エリィは言った。

「通りすがりと言いたいところだけれど、そう言っても信じてもらえないだろうからね」

「信じません」

「正直だね」

「正直じゃないと話が続かないので」

その人は少し間を置いて——笑みを変えずに——「いい言葉だ」と言った。エリィはその間の使い方が、気になった。笑みが消えなかった。でも何かを確かめるような間だった。

カイの肩が、無意識に、エリィから遠ざかった。エリィはそれに気づいた。気づいたのは、カイはいつも近い側に立つからだった。護衛の癖で。でも今は、半歩、後ろへずれていた。本人は気づいていないかもしれなかった。

「取りに来た」と、その人は言った。

「何を」とカエルが言った。声が低かった。

「いいものを」

「答えになっていない」

「答えになっているよ。いいものは、いいものだから」

カエルは黙った。

エリィはその人を見た。読もうとした。マリアの感情は声に出る前に空気に出る。カエルは目の動かし方で前を見ているか前しか見ていないかが違う。カイは判断するとき一回飲み込む。ヴェルト師は棚に触れた指先で考える。そのものは声のトーンが変わる。

この人は——

エリィは止まった。

何もわからなかった。わからないというのは、隠しているとか、読み方が違うとかではなかった。読もうとしたら、あまりに大きなものがあった。大きすぎて、その人が見えなかった。太陽を正面から見ようとして目が焼けるのに近い感覚——でも痛くなかった。ただ、見えなかった。

「……」

「どうした」とカエルが言った。

「少し待ってください」

「何を待つんだ」

「わかりません」

カエルが何か言いかけた。

「読もうとしなくていい」

ヴェルト師の声だった。老人はずっと後ろにいた。前へは出なかった。でも一言だけ、言った。それだけだった。

エリィはヴェルト師を見た。老人の目が、その人の方へ一瞬止まっていた。一瞬だけ。止まってから、また、いつもの細い目に戻った。

読もうとしなくていい。

エリィは力を抜いた。力を入れていたわけではなかったが、何かが緩んだ。

「エリィ、とか言うんだって」とその人が言った。

「……なぜ知っていますか」

「いろいろとね。会ってみたかった」

「なぜですか」

「面白いから」

「……二人目です」

「そうか」その人はそのものを見た。「先を越されたね」

「別に競ってない」とそのものは言った。声のトーンが変わった。軽かった。軽いはずだった。でもどこかに、引き戸に鍵がかかった音みたいな何かがあった。

エリィはその人を見た。読もうとせずに、見た。

笑みがある。準備された笑み。笑みの下を見ようとすると——そこに大きなものがある。欲しいものが。輪郭がわからないくらい大きなものが、その人を覆っていた。顔が見えないわけではなかった。声も聞こえる。でも本体より先に、欲しいものが来た。

こういう人を、初めて見た。

「少し同行しても構わないかい」と、その人は言った。

「断れますか」

「断れるよ」

「断ったらどうなりますか」

「別の形で会うことになる」

エリィはその答えを頭の中に置いた。断っても会う。同行を断っても関係が消えるわけではない。なら——

「わかりました」エリィは言った。「ただ、名前を聞いていいですか」

「愚者と呼ばれている」

「本名ではないですか」

「そうじゃないとも言えない」

エリィはその言葉を受け取った。受け取ったが、腑には落ちなかった。名前から何もわからない人は、初めてだった。

カイが低い声でエリィの方に言った。「本当に連れていくのか」

「断ってもついてくるそうなので」

「だからといって……」

「逃げた方がいいですか」

カイは黙った。

「逃げても同じような気がするので」エリィは言った。「ならいた方がわかりやすいかと思います」

カイはしばらく考えてから「……わかった」と言った。納得したのではなかった。でも言った。

愚者は笑みを崩さなかった。「賢いね」と言った。

「賢くないです」エリィは言った。「他に選択肢がなかっただけです」

「それを賢いというんだよ」

その返し方が、どこか引っかかった。速すぎた。準備されていたみたいに。

金属の音が、一瞬だけ、止まった。止まって、また、鳴り始めた。リズムが、少し変わっていた。

歩き始めてすぐに、愚者はエリィの隣を歩いた。自然に。誰かが場所を譲ったわけでも、押しのけたわけでもなかった。気づいたら隣にいた。カエルが少し後ろに下がった。カイが少し前に出た。それだけで、隊列が変わった。

「本を手に入れたんだね」と愚者は言った。

「……知っていますか」

「気配がある。荷物の」

エリィは荷物を少し引き寄せた。「見ましたか」

「見ていない。けど、そういうものを持っている人の歩き方をしている」

「どんな歩き方ですか」

「少し重心が後ろになる。気になるものを持っているとき、人は時々それを確かめたがる。無意識に、後ろへ引っ張られる」

エリィは自分の足元を確かめた。確かに、少し重心が後ろだった。「……当たっています」

「そうだろうね」

「なぜ知っているんですか」

「観てきたから」

「何を」

「人を」

少し間を置いた。「長い間ですか」

「長いね」

「いつから」

「覚えていない」

嘘の気配はなかった。本当に覚えていないのかもしれなかった。

「取りに来た、と言っていましたが」とエリィは言った。「何をですか」

「まだ教えない」

「なぜですか」

「お前が自分で気づく方が面白い」

エリィはその「面白い」の使い方が、そのものとは少し違うと思った。そのものの「面白い」は感嘆詞に近かった。驚いている。でも愚者の「面白い」は——もっと、目的に近かった。面白いという状態を、求めている。

読もうとするな、とヴェルト師は言った。でも考えることと、読もうとすることは、違うかもしれなかった。

「欲しいものがあるんですか」エリィは言った。

愚者が、少しだけ歩みを止めた。止めて、また歩いた。笑みは消えなかった。「ある」と言った。

「大きいですか」

「大きい」

「どのくらいですか」

「それを教えたら面白くない」

エリィは花野原を見た。白と黄色と薄紅が、まだ続いていた。「わかりました」と言った。

腹が鳴った。

愚者の笑みの形が、一瞬だけ変わった。驚いたのかもしれなかった。準備されていない顔だった。ほんの一瞬だけ。

「すみません」

「いや」愚者は言った。「いいね、それ」

「何がですか」

「何も構わずに鳴るところが」

エリィにはその言い方の意味がすぐにはわからなかった。でも、笑みが変わったのは、本当だった。

後ろでカエルが言った。「飯はまだか」

「宿まで我慢してくれと言った」カイが答えた。

「言ったが、限界がある」

「そうですね」エリィは言った。「私も限界に近いです」

カイが天を仰いだ。

愚者は笑った。今度は、準備された笑みではなかった。

エリィはそれを見た。その一瞬だけ、笑みの下が少し見えた気がした。——でも次の瞬間には、元に戻っていた。

夕方、宿が見えてきたころ、そのものがエリィの隣に来た。「どうだった」と小さな声で言った。

「何がですか」

「あれ」

エリィは少し考えた。「読めませんでした」

「そうか」

「読めないというのは、こういう感じなんですね」

「何が」

「他の人から見た、私みたいな感じ」

そのものはしばらく黙った。それから「そうかも」と言った。「でもちょっと違う」

「どう違いますか」

「お前は空っぽに見える。あれは、重い」

エリィはその言葉を頭の中に置いた。空っぽと、重い。読めないのは同じでも、理由が違う。

腹が、また鳴った。「今度は我慢した方がいい」とそのものが言った。「宿まであと少しだし」

「鳴るのは我慢できないと言いましたが」

「言ってたね」

「でもそうですね」エリィは言った。「宿まであと少しなので」

そのものは何も言わなかった。でも、少しだけ、歩調が合った気がした。

金属の音が、続いていた。新しいリズムで、静かに、確かに。何かを数えているように。あるいは、何かが加わったことを、告げているように。


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