第七章 花野原の話、あるいは読めないということ
道は細かった。
花野原の中を、一人分の幅で続いている。草が両側から迫ってきていて、歩くたびに袖に触れた。やわらかかった。踏んでいる感覚がない種類の草で、足音もほとんどしなかった。
そのものが先を行っていた。大きすぎる外套が後ろに流れている。背が小さいのに歩くのが速かった。速いというより、距離の取り方がおかしかった。ついていくと近く、止まると遠い。一定を保たない。
エリィはそのものの後ろを歩きながら、考えていた。
お札を見ていた、と言った。見ていたということは、ここへ来る前から、見えていたということだ。山の外にいるエリィのことが。それはいつからで、どこまでが見えていて——
「考えすぎる足音をしてるね」
そのものが振り返らずに言った。
「足音で考えてるかどうかがわかりますか」
「わかる。踏み方が変わる」
「どう変わりますか」
「少し遅くなる。あと軽くなる。体重が頭に移動してる感じ」
エリィは自分の足元を見た。確かに、花を踏んでいる感覚があまりなかった。
「当たっています」と認めた。
「大抵当たる」とそのものは言った。自慢ではなかった。観測だった。
しばらく歩いて、道が少し開けた場所に出た。
岩が一つ、花野原の中に島のように出ていた。平たい岩だった。そのものがそこへ上がって、また脚を組んで座った。いつの間にか外套の肩が直っていた。
「ここで少し止まる」とそのものは言った。
「どのくらいですか」
「わからない」
「わからないとは」
「ここの時間の流れは向こうと違う。聞いてもしょうがない」
エリィはその答えをひとまず受け取った。カエルが岩の横で腕を組んだ。ヴェルト師は少し離れたところに立って、花野原の遠い方を眺めていた。
エリィは岩の傍に荷物を下ろして、座った。
しばらく、そのものを見た。
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「何を案内しているんですか。ここは目的地じゃなくて、途中なんでしょう」
そのものは少し間を置いた。それからエリィの荷物を見た。
「その荷物、神学書が入ってるね」
「……入っています」エリィは言った。「聞いたことと違いますが」
「そう?」
それで終わった。
エリィは一瞬、続けようとして、やめた。違う場所にいる存在だと思い直した。金林檎がおやつかどうかを果物に聞いても意味がないのと、同じかもしれなかった。
「神学書がどうかしましたか」と方向を変えて聞いた。
「着替えを一枚削って入れた本でしょ」
エリィは止まった。「なぜ知っているんですか」
「足音で」
「神学書を入れたかどうかが足音でわかるんですか」
「わかる」
わからなかった。でもそのものにはわかるらしかった。
「お前が何を受け取るか」
唐突に、そのものが言った。声のトーンが変わっていた。少しだけ、静かになった。
「受け取る?」エリィは聞いた。
「この先で。何かを受け取ることになる。その形は大体——」
そのものが止まった。エリィを見た。金色の目が、少し細くなった。
「知らないの?」
「知りません」エリィは言った。「え、そっちも、ですか」
「そっちも?」
「何を受け取るかだけじゃなくて」
「それだけじゃなくて」そのものはゆっくり言った。「自分が何を欲しいかも、知らない?」
「……知りません。今のところ」
しばらく間があった。そのものがエリィを見ている間が、いつもより長かった。
「そうか」とそのものは言った。
「何がですか」
「お前だけ読めないと思ってたけど」
「はい」
「お前も自分を読めてないのか」
エリィは少し考えた。「そうかもしれません。問題がありますか」
「問題はない」そのものは言った。「ただ初めて会った。自分を読もうとしない者」
「読もうとしてないわけじゃないんですが」エリィは少し言い訳のように言った。「他の人を見てると、自分の番が来ない感じで」
そのものはまたしばらく黙った。それから岩の上で少し体の向きを変えて、別のものを見るように遠くへ目を向けた。
「後で、見せたいものがある」と言った。
「何をですか」
「わからない」
「わからないのに見せるんですか」
「お前が見てから、何かがわかる。俺じゃなくてお前に」
エリィはその言葉を頭の中に置いた。腑に落ちたわけではなかったが、抗う理由もなかった。
「わかりました」とエリィは言った。
「了解が早い」
「他に選択肢がないので」
「それでいいの?」
「よくはないかもしれないですが、他にないので」
そのものが、ふっと息を吐いた。笑ったのかもしれなかった。
カエルが、花を見ていた。
エリィはそれに気づいた。気づいたのは、カエルがずっと同じ場所に立っていたからだった。到着してからまだ動いていない。腕は組んでいるが、剣の柄には手が行っていない。目が、足元の花野原に向いていた。
見ているとは、少し違った。ただそこにあるものを、眺めていた。
エリィにはそれが少し珍しく見えた。カエルはいつも、前を見ている人だった。止まらない。脇見もしない。最初に街道で見かけたときからそうだった。でも今、脇見をしていた。
脇見というより——ここにいた。
エリィはその観察を頭の中に置いた。何か言う必要はないと思ったので、何も言わなかった。
花が揺れていた。理由なく、静かに。
ヴェルト師が、エリィの隣に来た。音がなかった。気づいたら隣にいた。老人もまた、花野原を眺めていた。
「師」
「うん」
「師は、この場所を知っていますか」
老人は答えなかった。でも、否定もしなかった。
エリィはしばらく待った。それから別の問い方をした。
「師の立ち方が、さっきから違います」
「どう違う」
「……緊張していない。警戒もしていない。ここがどういう場所か、知っている人の立ち方をしています」
老人は何も言わなかった。花野原の遠い方を見ていた。目が細かった。さっき、一瞬だけ見せた顔を、今もしていた。何かを思い出しているのか、あるいはすでに知っていることを改めて確かめているのか、エリィには判断できなかった。
「師が前に来たとき」とエリィは言った。「ここも通りましたか」
「……どう思う」
「通ったんだと思います」
老人は花野原から視線を動かさなかった。それが答えだった。
「師」
「うん」
「怖くなかったですか、最初に来たとき」
老人はしばらく黙った。
「花の色が、白かった」とヴェルト師はようやく言った。
「白い花の野原だったんですか」
「白しかなかった」
エリィは今の花野原を見た。白と、黄色と、薄紅が混ざっている。
「今は三色あります」
「そうじゃな」
「色が増えたのは、なぜですか」
老人は答えなかった。エリィも、それ以上は聞かなかった。
聞けない問いと、聞く必要のない問いは、違う。これは後者だと思った。花の色が増えた理由は、この野原が知っていればそれでいいことだった。
「白の板、持っているな」ヴェルト師が言った。
「はい」エリィは服の内側を押さえた。「持っています」
老人は前を向いたままだった。
「それだけでいい」
エリィはその言葉の重さを、一度確かめるように頭の中で繰り返した。
それだけでいい。
説明がなかった。なぜそれだけでいいのかも、その板が何のためにあるのかも、誰が部屋に置いたのかも——何も言わなかった。
でも、エリィには、それで十分だった。
「わかりました」とエリィは言った。
老人は頷かなかった。でも、少しだけ、肩が下りた気がした。
腹が、鳴った。
この野原の、どこまでも続く花と静けさの中で、はっきりと、大きく。
そのものが振り返った。
「また」
「すみません」
「さっきも鳴ってたね」
「さっきも」エリィは言った。「歩いていたので」
「ここに来てもお腹が空くのは変わらないんだね」
「変わりません」
カエルが腕を組んだまま小さく言った。「人間だからな」
「そうだね」とそのものは言った。少し考えるような間があった。「人間だから、か」
その言い方が、何かを確認しているようだった。
エリィはそのものを見た。「そのものには腹が減りませんか」
「減らない」
「それは楽ですね」
「楽かどうか」そのものは少し遠くを見た。「減らないと、止まれないんだよ。止まる理由がないから」
エリィはその言葉を聞いて、何かが少し動いた気がした。うまく言葉にはならなかった。ただ、腹が減るから止まれる、という構造が、悪いことではないかもしれないと思った。
「止まれていますが」とエリィは言った。そのものの方を見て。「今、ここで」
「エリィがいるから」そのものは言った。
「私がいると止まれますか」
「読めないものの隣は、居やすい」
エリィはその答えをしばらく頭の中で置いた。どういう意味かは、今すぐにはわからなかった。でも、問い返すより荷物の中を確かめる方が先だった。
乾パンが出てきた。固かった。
「食べながら聞いていいですか」
「どうぞ」
「この先に、何がありますか」
そのものは少し間を置いた。
「お前が問うものが、ある」
「問うもの」
「答えじゃない。問いそのものが、ある」
エリィは乾パンをかじりながら考えた。
問いそのものが、ある。
「問いを持って帰るんですか」
「さあ」そのものは言った。「それはお前次第」
「わかりました」エリィは言った。
パンが固かった。でも、この花野原で食べると、なぜかおいしかった。理由は考えてもわからなそうだったので、考えるのをやめた。
出発のとき、カエルがエリィの隣を歩いた。しばらく無言だった。カエルとの無言はいつものことだったので、エリィは特に何も言わなかった。
「さっき」とカエルが口を開いた。
「はい」
「花を見ていた」
「見ていましたね」
「妙だな」とカエルは言った。自分に言い聞かせるような言い方だった。「花なんて、どうでもいい」
エリィは答えなかった。
カエルも続けなかった。
ただ、前を向いて歩いた。
エリィもそうした。
花が、また揺れた。
金属の音が、足元から聞こえていた。一定のリズムで、静かに、確かに。
止まることなく、続いていた。




