第一章鐘と金林檎と、くだらない問いについて
冬の朝は、いつも鐘から始まる。
石造りの聖堂に音が走り、窓の外の雪が少し揺れる。見習いの子どもたちはその音で目を覚まし、冷たい石床に足を下ろし、ほとんど反射で祈りの言葉を唱える。
聖なる御名に栄光あれ、今日も糧を与えたまえ——
毛布はいるか。馬車だから要らない。でも山越えは冷える。
——隣人を愛する力をたまえ。
お守りの本は重い。でも持たないと不安だ。着替えは二枚か三枚か。金林檎は——
「エリィ! 早く! ヴェルト師が呼んでる!」
廊下から声が飛んできた。同室のマリアだった。もう旅支度を終えていて、背嚢の紐から金林檎が二本ぶら下がって揺れていた。その状態で怒っていた。
「荷造り終わった?」
「考えてた」
「考えるな、来い」
「考えないと終わらない」
「終わってないじゃない」
正論だった。エリィは荷物を抱えて廊下に出た。
聖堂の中央広間はすでに騒々しかった。
大聖堂への遠足は年に一度あるかないかの行事で、今年は「南の大聖堂」という、街道を二日かけて行く本格的な巡礼だった。前日から眠れていない子どもたちが、全員少し浮ついていた。
石柱の前に立っていたのは、老修道士のヴェルト師だった。
年齢はわからない。白髪で、背が低く、服がいつも少し皺だらけで、朝の礼拝中に居眠りしていても誰も怒らない、そういう種類の老人だった。何歳かを知る者が聖堂内にいない。それが時々、不思議だった。
子どもたちを見回して、ヴェルト師はゆっくり口を開いた。
「おやつは銀貨三枚まで」
はーい、と声が揃った。
「ただし」
老人は続けた。
「金林檎は、おやつに含みません」
沈黙。
三秒あった。
「無制限ってこと?!」
「食事扱い? じゃあ何本でも!」
「大勝利!!」
「待って待って、お腹壊れる」
「壊れない! 金林檎だから!」
広間が爆発した。ヴェルト師はとくに止めもせず、その様子を眺めていた。口元が、ほんの少し緩んでいた。
エリィは広間の隅で、静かに立っていた。
一人だけ。
周りが「無制限」「大勝利」と騒いでいる中で、エリィの頭には別の問いが引っかかって、離れなかった。
——おやつに含まれない。
では、おやつとは何なのか。
「始まった」隣でマリアが小声で言った。
「何が」
「エリィの考えすぎる顔。眉が内側に寄るやつ」
「そんな顔してない」
「してる。去年も『祝福の範囲はどこまでか』って一晩考えてたでしょ」
「あれは大事な問いだった」
「三日後に答えを見つけるまで食事が喉を通らなかったじゃない」
エリィは少し黙った。それは正直なところ、そうだった。
「でも気にならない? おやつって何を指してるんだろうって」
「気にならない」マリアははっきり言った。「金林檎が銀貨三枚で買えるなら、おやつに入る。ヴェルト師が変なだけ」
「でも師が変だとしても、言葉には意味があるはずで——」
「エリィ」
「うん」
「馬車は昼前に出る」
「うん」
「考えるのは乗ってから」
「……うん」
馬車に乗る前に、エリィはヴェルト師を捕まえた。
老人は石柱の陰で干し果物をつまんでいた。荷造りを手伝う気はないらしかった。荷物も持っていなかった。どこから来てどこへ行くのかも、なんとなくわからない種類の老人だった。
「師、さっきの話ですが」
「うん?」
「金林檎がおやつに含まれないのは、なぜですか」
ヴェルト師はエリィをしばらく見た。それから干し果物を一つ口に放り込んで、静かに答えた。
「昔からそういうもんじゃ」
「……それだけですか」
「それだけじゃ」
エリィはもう少し押そうとしたが、ヴェルト師はもう目を閉じていた。立ったまま眠る気らしい。干し果物を持ったまま。
「金林檎は果物ですか。食事ですか。それともおやつですか」
「さあ」
「師は何だと思いますか」
老人は薄目を開けて、遠くの山を一瞬だけ見た。
「腹が減っているときに食べれば食事じゃ。遊んでいる合間に食べればおやつじゃ。誰かにあげれば贈り物になる」
エリィはそこで少し止まった。
「名前は……食べ方で変わる?」
「名前は人が決める。果物は何も決めない」
「……なんかそれ、すごく大事なことを言った気がします」
「そうか? 当たり前のことじゃが」
ヴェルト師は本当に眠ってしまった。
エリィはその言葉を頭の中で転がした。
——名前は人が決める。果物は何も決めない。
うん。絶対大事なことだ、これ。
馬車の中は賑やかだった。金林檎論争の続きをしながら、毛布を奪い合い、窓の外の雪景色に歓声を上げ、蜂蜜菓子をめぐって小さな取引をしていた。
エリィは窓側の席に座って外を見ていた。石畳の街が遠ざかり、森に入り、白い平野が広がった。
「エリィまだ考えてる?」マリアが横から顔を寄せた。
「少し」
「何を?」
「名前が境界線を引く、っていうこと。金林檎はおやつじゃないって言った瞬間、金林檎がおやつじゃなくなる。でも金林檎にとっては関係ない」
マリアはしばらく黙った。「……エリィって、物の肩を持つよね」
「物に肩はないけど」
「そういうとこ」
馬車が揺れた。遠くに山脈が見えた。白く、高く、静かだった。
エリィはそれを目で追いながら、ふと気がついた。
——鐘の音がする。
馬車の中に鐘はない。街の鐘ももう遠い。それでも確かに、どこかで金属が澄んだ音を立てていた。金貨が石畳に落ちるような、薄くて硬くて、不思議に遠い音。
「……マリア」
「なに?」
「何か聞こえない? 鐘みたいな……金属の音」
マリアは首を傾げた。「聞こえない。考えすぎ」
エリィは頷いたが、耳を澄ませるのをやめられなかった。
音は続いていた。まるで誰かが、遠くの山の奥で金貨を一枚ずつ数えているような音が。
何を数えているんだろう。
特に答えは出なかった。
昼の休憩で馬車が止まり、外に出た。金林檎を一本取り出して食べると、甘くて冷たかった。
「おいしい?」マリアが聞いた。
「おいしい」
「それだけで十分じゃない」
「うん」
食べ終えた芯を雪の上に置いた。少し前まではおやつで、その前は誰かが市場で選んだ果物で、その前はどこかの木に実っていた。
名前は人が決める。果物は何も決めない。
やっぱりこれ、大事だ。
そのとき、荷物を確認したら——
金林檎が、二本残っていた。
食べかけでも、かじりかけでもない。まだ手をつけていない二本が、袋の底で、妙に輝いていた。
エリィはしばらくそれを見た。
瞬きをした。
もう一度見た。
輝いていた。
輝く、というのは比喩ではなかった。磨かれた金属のような、硬くて深い黄色だった。傷一つなく、腐りの気配もなく、まるで今採ったばかりのように艶があった。
——なんで。
そのとき、また聞こえた。金属の音。今度は、少し近かった。
エリィは顔を上げて山を見た。鳥がいなかった。この季節なら枯れ木に止まっているはずの鳥が、山の方向だけ、一羽もいなかった。雪も降っていなかった。平野は積もっているのに、山の斜面だけ、乾いた岩肌が見えていた。
「エリィ、乗るよ」マリアが呼んだ。
「うん」
エリィは荷物を閉じ、馬車に乗った。金林檎を袋の底にしまった。腐らないなら、まあいいか、と思いながら。
夕方、大聖堂の尖塔が遠く見えてきたころ、馬車の中はほとんど眠っていた。
エリィだけが起きていた。名前と、境界と、おやつの話がまだ頭の中を回っていた。
大聖堂の鐘が鳴り始めた。深く、重く、石畳に響く音。それとは別に、もう一つの音がした。薄く、硬く、金貨のような音が、エリィの耳の奥で小さく鳴り続けていた。
おやつの問いはまだ解決していなかった。
それはそれで——なんとかなる気がした。




