第9話 魔改造
休日の朝。私はリビングの窓際で、室内に設置した物干しスタンドに洗濯物を干していた。
「結衣、洗濯手伝おうか?」
コーヒーを片手に健太郎さんが声をかけてくれるが、私は首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいですが、大丈夫です。この洗濯機は、衣類の素材に合わせて細かく水流や脱水時間が設定されているんです。ほら、このメーカーの取扱説明書の十三ページを見てください」
私はリビングの棚から分厚い家電のマニュアルを取り出し、健太郎さんの前に開いて見せた。
「綿素材と化学繊維では、ドラムの回転数を変えないと生地の劣化を早めてしまいます。ですから、干す際もこのマニュアルの推奨する通りにシワを伸ばし、適切な間隔を空けて配置する必要があるんです。健太郎さんに任せると、その緻密な計算が狂ってしまうかもしれませんので」
「あはは、なるほど。さすが結衣だ、徹底してるね。メーカーがそう言うなら間違いないや」
健太郎さんは敏腕営業マンらしい爽やかな笑顔で、私の細かすぎるこだわりを呆れることなく受け入れてくれる。
私は満足して頷き、再び洗濯物に向き合った。ピンチハンガーに等間隔で吊るしていくのは、私の下着類だ。機能性と耐久性だけを重視した、ベージュやネイビーといった地味な色の綿の下着である。レースや装飾などの無駄なものは一切ついていない、極めて合理的な製品だ。
〈ちょっと、ゆいぽん! これじゃ女子力マイナスなんですけど!〉
突然、脳内にそーぽよの不満げな声が響き渡った。
(静かにしていてください。女子力などという曖昧な指標に意味はありません)
〈いやいや、意味ありまくりっしょ! 新婚ホヤホヤのラブラブ夫婦が部屋干ししてる下着が、おばあちゃんみたいなラクダ色と紺色ってマジで萎える! もっとこう、ピンクのフリフリとか、セクシーなレースとかあるじゃん!〉
(見えないところにお金をかけるなんて非合理的よ。下着は肌を保護し、清潔を保つための実用品です。耐久性と肌触りが最優先されるべきです)
〈出たよ、ゆいぽんの謎の合理主義! 夫ちゃんも、本当はもっと可愛い下着が見たいはずだって!〉
(……健太郎さんは、そんな不純な目で私を見ていません。と、思います……)
私は少しだけ顔を熱くしながら、そーぽよの声をシャットアウトして、規則正しくベージュのショーツを干し終えた。
+++
その日の午後。私たちはリビングに緑を取り入れようと、駅前の大型ホームセンターへ観葉植物を買いに出かけた。
「結衣、このモンステラなんてどうかな? 葉っぱの形が個性的で、部屋がオシャレになりそうじゃない?」
健太郎さんが大きな葉を持つ植物を指差す。
〈あ、それ賛成! サボテンも可愛くない? 丸っこくてトゲトゲのやつ!〉
脳内でそーぽよも加勢してくるが、私は冷静に首を振った。
「モンステラは成長が早く、剪定の手間がかかります。サボテンも湿度管理がシビアです。何より、ただ眺めるだけの植物にスペースを割くのは非効率的です」
私が園芸コーナーの奥から選び出したのは、青々とした葉を茂らせた小さな鉢植えだった。
「これにしましょう。実用的なバジルです」
「バジル……って、あの食べるバジル?」
「はい。育てやすく、しかも料理に使えます。パスタやカプレーゼなど、食費の節約にも繋がり非常に実用的です」
「結衣らしいチョイスだね。じゃあ、これにしよう」
健太郎さんは苦笑しながらも、私の意見を尊重してバジルを購入してくれた。
しかし、ホームセンターを出た直後、そーぽよが不満を爆発させた。
〈おしゃれっ気ゼロ! 全然テンション上がんない! ねえ、アタシに一時間体貸して! ちょっと百円ショップに行きたい!〉
(百円ショップ? 一体何をするつもりですか)
〈いいからいいから!〉
私は健太郎さんに事情を話し、渋々ソニアタイムを許可した。
主導権を握ったそーぽよは、近くの百円ショップに駆け込むと、キラキラしたラインストーンのシールや、ピンク色のフリルリボン、カラフルなビーズなどを次々と買い物カゴに放り込んでいく。
(ちょっと! 何に使うかわからないそんなガラクタ、無駄遣いです! 購入は却下します!)
私は脳内で激しく抗議した。
『えーっ、ゆいぽんケチ! 数百円じゃん!』
「いいよいいよ、僕が買ってあげるから。そーぽよちゃんのお小遣いってことで」
(健太郎さん! 甘やかしてはダメです!)
私の制止も虚しく、健太郎さんは面白がってそーぽよの選んだデコレーションアイテムをすべて買い与えてしまった。
+++
そして、数日後の休日。
私は健太郎さんの許しを得て、再びソニアタイムを発動させていた。
主導権を握ったソニアは、リビングのテーブルに先日買ってもらった百円ショップのアイテムをズラリと並べ、窓際に置かれたバジルの鉢植えの前に陣取った。
『よーし! 今日はいっちょやったるでー!』
(……一体何をするつもりですか。まさか、そのガラクタを植物に使う気では)
私の嫌な予感は的中した。ソニアは実用的でシンプルなプラスチックの鉢に、躊躇なくピンクのフリルリボンをぐるぐると巻き付け始めたのだ。
(ちょっと! やめなさい! シンプルで機能的な鉢が、まるで原宿のクレープのようになってしまいます!)
私が脳内でどれだけ絶叫しても、そーぽよの手は止まらない。接着剤を使って、キラキラしたラインストーンを器用に並べて文字を作り始めた。完成したのは『バジぽよ☆』というコテコテのギャル文字だ。極めつけに、土の上に謎のカラフルなビーズまで散りばめていく。
『ふふん、アタシの傑作! これでただの草も、最強にアガるインテリア『バジぽよ』に生まれ変わったっしょ!』
リアルタイムで自分の手が鉢を魔改造していく一部始終を見せられ、私は意識だけの状態で深々と頭を抱えた。
「あはは、すごく可愛くなったね! そーぽよちゃん、センスあるよ」
健太郎さんまでニコニコと笑って褒めちぎるものだから、ソニアはさらに得意げにピースサインを決めた。




