第6話 カフェデート
休日の朝、爽やかな日差しが差し込むリビングで、私たちはコーヒーを飲みながら今日の予定を話し合っていた。
「結衣、今日の午後は駅前に新しくできたオシャレなカフェに行ってみないか?」
休日の過ごし方について、健太郎さんがひどく爽やかな笑顔で提案してくれた。
「カフェ、ですか。いいですね、賛成です」
私が静かに頷いた瞬間、脳内で大音量のサイレンが鳴り響いた。
〈ちょ、待ったぁ! 休日なんだから、クラブっしょ! 暗いフロアで重低音ガンガン鳴らして、テキーラ飲んでブチ上がろぉーよ!〉
(却下します。私、お酒弱いのに昼間からクラブでテキーラなんて、数日寝込むことになるじゃない)
〈えーっ、マジで堅物! ゆいぽんのノリの悪さ、マジ氷点下なんですけどー!〉
私の脳内のソニアは激しくクラブを主張したが、私はいつものように氷の精神でその意見を完全に黙殺した。
外出着に着替えるため、私はクローゼットを開ける。
〈クラブは百歩譲って諦めるとして、服は絶対派手なのにしなよ! こないだのフリフリのミニスカとか!〉
(お断りです。オシャレなカフェに行くのにあんな破廉恥な格好はできません。今日は風が強いので、パンツスタイルにします)
私はそーぽよのブーイングを無視して、いつもの落ち着いた色のネイビーのブラウスにベージュのテーパードパンツという、お気に入りの服を選んでカフェへと向かった。
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駅前のカフェは、ドライフラワーやアンティーク調の家具が並ぶ、いかにも若者向けの洗練された空間だった。私たちは窓際の席に座り、運ばれてきた美しいラテアートと季節のフルーツタルトを前に一息つく。
その時だった。
〈ねえゆいぽん! ここ超オシャレじゃん! アタシに体貸して!〉
ソニアが唐突にソニアタイムを要求してきた。
(ダメよ。こんな静かなカフェであなたが表に出たら、絶対に悪目立ちします)
〈お願いお願いお願い! 一瞬でいいから! このタルトの写メ撮りたいだけだから!〉
脳内でギャーギャーと騒ぐソニアの執念に、私は思わず眉間を揉み込んだ。
「結衣? どうしたの、頭痛い?」
「あ、いえ……その」
私は周囲をチラリと確認してから、声をひそめて健太郎さんに相談した。
「実は……ソニアが、どうしても表に出たいと騒いでおりまして。ソニアタイムを要求してきているんです」
「ああ、そーぽよちゃんか」
私が相談すると、健太郎さんは全く嫌がる素振りも見せず、むしろ楽しそうに目を細めてオッケーを出した。
「いいよ。せっかくの休日だし、そーぽよちゃんにも楽しんでもらおう」
(……健太郎さんがそう言うなら。でも、絶対に静かにしていること。約束よ)
〈っしゃあ! 夫ちゃんマジ神! ゆいぽん愛してる!〉
私が渋々承諾し、脳内で許可を出した瞬間、ソニアタイムが始まった。カチリと頭の奥でスイッチが切り替わる。
次の瞬間、私の両手は弾かれたようにテーブルの上へ伸び、スマホを乱暴に引っ掴んだ。
『うっひょー! このタルト、マジ映えなんですけど! 夫ちゃん、一緒に写メろ!』
「お、いいね。撮ろうか」
ソニアに乗っ取られた私の体は、落ち着いたネイビーのブラウス姿であるにもかかわらず、異常な角度でスマホを構え始めた。そして、健太郎さんにグイッと密着し、顔を寄せ合う。
健太郎さんもノリノリで、普段の彼なら絶対にやらないような満面の笑みでピースサインを作っている。
カシャカシャカシャ! と、静かなカフェにシャッター音が連続で響き渡る。
(ちょっと! 公衆の面前でカップル自撮りなんて、破廉恥すぎます! それにシャッター音が大きすぎます!)
私の脳内での絶叫をよそに、ソニアは撮ったばかりの写真を満足げに確認している。
『マジ最高! 盛れすぎっしょ!』
さらに最悪なことに、店内のスピーカーからアップテンポな洋楽のBGMが流れ始めた。
『おっ、この曲超アガる! ねえ夫ちゃん、一緒に踊ろうよ!』
ソニアはBGMに合わせて体を揺らし始め、健太郎さんに密着して明るいカフェの中で踊り出そうと誘う。
「えっ? ここで?」
さすがの健太郎さんも戸惑ったようだが、ソニアはすでに椅子に座ったまま、上半身を激しく揺らしてリズムを刻み始めていた。
『ほらほら、夫ちゃんも! シャイボーイはモテないよー!』
「あはは、そーぽよちゃんには敵わないな」
ソニアに腕を引っ張られ、健太郎さんも恥ずかしがりながらも徐々に乗り気になっていく。彼が普段見せないような、子供のように無邪気な笑顔を浮かべていることに、私は少しだけ胸がときめいてしまう自分に腹が立った。
しかし、状況は最悪である。落ち着いた機能性重視の服を着た真面目そうな夫婦が、突然カフェの窓際席で、クラブのフロアにいるかのように体を揺らして激しくノリノリで踊り出したのだ。
周囲の客たちが、ギョッとした目でこちらを見ているのが視覚を通してダイレクトに伝わってくる。
「あの二人、お酒も入ってないのに……」
「カフェインだけであんなにぶっ飛べるなんて、すごいわね……」
周りの人たちが、呆れと感心の入り混じったヒソヒソ話を交わしているのが聞こえた。
(あああああ! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎます! もういい加減にして! 私の社会的な尊厳が粉々に砕け散ってしまう!)
心の中で私は恥ずかしすぎて、いい加減にしてと激しくオロオロするばかりだった。
明るい日差しが差し込むオシャレなカフェで、私の体はひたすらに奇妙なダンスを踊り続け、健太郎さんはそれに付き合ってニコニコと笑っている。
隠し事はしないというルールの代償は、あまりにも大きすぎた。私は意識だけの金縛り状態の中で、ただひたすらにタイマーが一時間を刻むのを待ち続けるしかなかった。




