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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第5話 キスの味

「ただいま。……いい匂いがするね」

 夜。仕事を終えた健太郎さんが帰宅した時、私は無言でいつもの落ち着いたネイビーの部屋着に着替え、キッチンで黙々とアジの開きを焼いていた。

 食卓に向かい合い、綺麗に骨を外して一口食べた健太郎さんは、目を細めて微笑んだ。


「僕、結衣の焼くアジ大好きなんだ。それにしても、今日は随分と激しい戦いだったみたいだね?」

 私の精神的に疲労困憊ひろうこんぱいした顔を見て、健太郎さんは一部始終を察したように笑ってくれた。


(……本当に、この人には敵わない)


 ソニアの暴走に振り回されるのはひどく疲れるが、健太郎さんのこの包容力があるからこそ、私は彼に付いていきたいと思えるのだ。


 +++


 翌週の休日の朝。心地よい日差しが差し込むダイニングには、甘く香ばしい匂いが漂っていた。

 キッチンには、休日のリラックスしたルームウェアにエプロンを身につけた健太郎けんたろうさんが立っている。休日の朝食は健太郎さんが担当してくれることが多く、今日は彼特製のパンケーキだ。完璧な焼き色、ふっくらとした美しいフォルム。地方公務員として規則正しい生活を送る私にとって、休日の朝のこの穏やかな時間は至福の時……のはずだった。


 だが現在、私の肉体は『ソニアタイム』の真っ最中だった。


『うっひょー! 夫ちゃん特製パンケーキ、マジ美味そう! テンション爆上がりなんだけど!』

「熱いうちに食べてね、そーぽよちゃん」

 健太郎さんは敏腕営業マンの爽やかな笑顔で、パンケーキの皿をテーブルに置いた。


『いっただーきまーす! ……あ、ちょっと待って。これ乗っけたら絶対ヤバくない?』

 ソニアが冷蔵庫から嬉々として取り出してきたのは、なんと『納豆』と、スプレータイプの『ホイップクリーム』だった。


(……ちょっと。ソニア、あなた正気ですか? 何をしようとしているの)

〈えー? 納豆のネバネバとホイップの甘さが絶妙にマッチして、マジで神スイーツになる予感しかしないっしょ!〉

(やめなさい! それは味覚の暴力です! 健太郎さんがせっかく綺麗に焼いてくれたパンケーキへの冒涜ぼうとくよ!)


 私の脳内での絶叫を無視して、ソニアはパンケーキの上に納豆を豪快にぶちまけ、その上から雪山のようにホイップクリームを絞り出し始めた。


(絶対に、食べさせないわ……!)

 私は前回のスーパーでの死闘を思い出し、再び全精神力を左手に集中させた。ガシッ! と、フォークを握る右手を、私の左手が強引に掴んで止める。


『ちょっ、ゆいぽん! また左手!? ここでの横槍はマジでルール違反だって言ってんじゃん!』

(体の主として、このような無法地帯を口内に形成することは断じて許されません! 断固として阻止します!)


 右手と左手が空中でブルブルと震え、激しい拮抗状態に陥る。しかし、今はソニアタイム中。ベースの主導権を握っているソニアの「どうしても食べたい」というギャル特有の謎の執念が、この時ばかりは私の防衛線を上回った。


『甘い! アタシの食欲を舐めんなーっ!』

 右手が左手を力ずくで振り切り、納豆とホイップクリームがたっぷり乗った凶悪なパンケーキの塊が、私の口の中に放り込まれた。


(う、うわあああああっ……!)

 納豆の強烈な発酵臭と、ホイップクリームの暴力的な甘さ。それが口の中で混ざり合う、この世のものとは思えない混沌とした味が、共有された味覚を通して私の脳髄を直撃する。


 その一部始終――妻が自分自身の腕と格闘した末に、ゲテモノパンケーキを自ら口に放り込んで絶望に白目を剥いている姿――を、目の前で見ている健太郎さんは、止めるどころかお腹を抱えて笑い転げていた。


 ピピピピピ……。

 絶望の淵に沈む中、リビングのタイマーが鳴り響いた。


『あーっ! マジか、ここで時間!? ゆいぽん、あとはじっくり味わって食べなよー!』

 その無責任な捨て台詞を最後に、頭の奥のスイッチが切り替わった。


「……っ! げほっ、ごほっ!」

 主導権を取り戻した私は、慌てて手元の水を飲み干し、口内に残る最悪の味をなんとか洗い流そうと奮闘した。涙目になりながら、いまだに肩を揺らして笑っている夫を睨みつける。


「もう、健太郎さんったら! 笑い事じゃありませんよ!」

「あはは! ごめんごめん、結衣。あまりにも二人のやり取りが面白くて、つい」


 健太郎さんは目尻に涙を浮かべるほど笑った後、ふと真面目な顔になり、スッと私の隣に座った。そして、怒っている私の機嫌を取るようにそっと私の頬に手を添え、優しく唇を重ねた。


「……っ!?」

 突然のキスに、私の心臓は跳ね上がった。公務員としての冷静さなど一瞬で吹き飛び、顔がカッと熱くなる。休日の朝からこんな甘い雰囲気になるなんて。照れくさいけれど、彼の真っ直ぐな愛情が伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 しかし、健太郎さんは唇を離した直後、少しだけ顔をしかめた。


「……うん。結衣、ごめん。今後、納豆の後のキスはやめような」

「……っ!」


 せっかくのロマンチックなムードは、納豆とホイップの残り香によって見事に粉砕された。

 私は羞恥心と怒りで顔を限界まで真っ赤にしながら、頭の奥底で呑気にくつろいでいるであろう親友に向けて、特大の怒りをぶつけた。


(ソニア……! 全部、あなたのせいよ!)

〈わりぃ!〉

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