第45話 混浴
確かに、母との一件以来、私は健太郎さんへの愛情を隠さなくなり、彼ともっと触れ合いたいと願うようになっていた。でも、自分からお風呂に乱入するなんて大胆なことは、私には一生できない。
〈アタシに任せな! 絶対最高の時間にしてあげるから!〉
(……っ、何かあっても、私は一切責任を取りませんからね!)
私は半分パニックになりながら、渋々ソニアタイムのスイッチを押し込んだ。
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『っしゃあ! いざ、お風呂場へGO!』
主導権を握った私の体は、服を素早く脱ぎ捨てると、鼻歌交じりで浴室のドアをガラリと開けた。
「えっ!? ゆ、結衣!?」
湯船に浸かっていた健太郎さんが、突然の私の全裸での登場に目を見開き、慌てて手で前を隠す。
『チッスー! 夫ちゃん、背中流してあげるー!』
「そ、そーぽよちゃんか! びっくりした……って、ええっ!? そ、それはそれで……」
健太郎さんはおずおずと浴槽から出て、子椅子に座って私に背中を向けた。
ソニアはボディタオルを泡立てると、自分の胸――つまり私の豊満な胸――にたっぷりと泡をつけ始めた。
(ソニア! 何をしているんですか! 自分の手で洗いなさい!)
私の脳内での絶叫を完全に無視し、ソニアは健太郎さんの背中に背後からぴったりと密着した。
『ほら夫ちゃん、アタシの泡まみれマッサージ、気持ちいいっしょ?』
ソニアの胸の柔らかな感触と、泡の滑らかな滑りが、健太郎さんの背中にダイレクトに伝わる。
「うおっ……! ちょ、そーぽよちゃん、それ刺激強すぎるって……っ!」
健太郎さんは顔を真っ赤にして身をよじらせるが、まんざらでもないのか、完全に逃げ出すことはしない。
視覚と触覚を完全に共有している私にも、健太郎さんの広い背中の熱と、筋肉の逞しさが容赦なく流れ込んでくる。私は極限の羞恥心で、意識だけの状態なのに気絶しかけていた。
『あはは、夫ちゃん顔真っ赤! カワイイ! じゃあ次は前も洗ってあげよっか?』
「前は自分で洗うから! 大丈夫だから!」
必死に抵抗する健太郎さんに、ソニアは悪戯っぽく唇を尖らせた。
『えー、つまんないの。じゃあさ、代わりに夫ちゃんがアタシの体、洗ってよ!』
「えっ!?」
(ソ、ソニア!? 何を言い出すんですか! 自分の体くらい自分で洗えます!)
私の脳内での絶叫を置き去りにして、ソニアは健太郎さんの手に泡だらけのボディタオルを強引に押し付けた。そして、狭い洗い場でくるりと背中を向け、無防備にしゃがみ込む。
『ほら、背中! ゆいぽん、最近デスクワークで肩バッキバキだからさ、優しくマッサージ付きでお願いね!』
「い、いや、いくら夫婦とはいえ、そーぽよちゃんが表に出ている結衣を洗うのは、なんだか変な感じが……っ」
『なーにシャイボーイぶってんの! 体はゆいぽんなんだから遠慮いらないっしょ! ほら、早く早く!』
急かされた健太郎さんは、顔を限界まで真っ赤にしながらも渋々タオルを手に取り、恐る恐る私の背中に触れた。
(ひゃっ……!)
健太郎さんの大きくて温かい手が、泡越しに私の肩甲骨をなぞる。普段は私が一人で済ませているバスタイムに、夫の手が介入してくるという強烈な非日常感。その力強くも優しい感触がダイレクトに伝わってきて、意識だけの金縛り状態である私の背筋は、ゾクゾクと甘く震えた。
『あー、そこそこ! 夫ちゃん、マジでマッサージ上手いじゃん! ……じゃあ次は、前もお願いしちゃおっかなー?』
ソニアは悪びれもせずくるりと振り返り、泡に包まれた胸元を健太郎さんの目の前に堂々と突き出した。
(あああああ! ダメです、前はダメです! 破廉恥の極みです! 健太郎さん、直ちに目を閉じてください!)
「ばっ……! ばか、前は自分で洗えって! これ以上は俺の理性がもたないだろ!」
限界を迎えた健太郎さんが両手で顔を覆って後ろにのけぞると、ソニアはそんな彼を見てゲラゲラと楽しそうに笑い転げた。
ひとしきり必死に抵抗する健太郎さんをからかいながら、ソニアはようやく湯船に浸かった。
狭い湯船の中で、健太郎さんと向かい合って座る。お湯の温かさと、彼との距離の近さに、私の心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。
『あー、お風呂最高。夫ちゃんと一緒に入ると、もっと最高だね』
「……うん。俺も、こうして一緒に入るのも悪くないって思ってるよ。……そーぽよちゃん、いや、結衣が許してくれるならだけど」
健太郎さんは少し照れたように笑い、お湯の中でそっと私の手を握ってくれた。
その優しい温もりに、私の張り詰めていた心がゆっくりと解けていくのを感じた。
二人の他愛もない会話と、温かいお湯の音。
このまま、ずっとこの時間が続けばいいのに。そう思い始めた時だった。
ピピピピピ……。
脱衣所に置いていたスマホのタイマーが、無情にも一時間の経過を知らせた。
『あーあ、時間になっちゃった。じゃあ夫ちゃん、あとはゆいぽんによろしくねー!』
ソニアのその無責任な捨て台詞とともに、カチリ、と頭の奥でスイッチが切り替わった。




