↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/49

第43話 魅了

「ただいま、結衣。……あれ、それ俺のシャツ?」

 リビングに入ってきた健太郎《けんたろう》さんが、ネクタイを緩めながら不思議そうに目を丸くした。

「おかえりなさい。……はい。少し、お借りしました」


 私は顔が熱くなるのを感じながら、精一杯平静を装って答えた。

 健太郎さんが鞄《かばん》を置き、疲れたようにソファに腰を下ろす。いつもなら、ここですぐにお茶を淹《い》れるのが完璧な妻としてのルーティンだ。

 しかし、今の私は『勝負下着』という最強の隠し装備を身につけている。


〈行くわよ、ゆいぽん!〉

 脳内のソニアの掛け声に合わせて、私はソファに座る健太郎さんの前へ進み出た。そして、「えいっ」と小さく声を出し、彼の膝《ひざ》の上に跨《またが》るようにして、少し大胆に座り込んだ。


「おわっ!?」

 突然の私の行動に、健太郎さんは目を見開いた。

「結衣!? お、今日の結衣は随分と積極的だね。もしかして、今はそーぽよちゃん?」

「……ううん、私です」

 私は首を横に振り、彼の肩にそっと手を置いた。


 その瞬間、私が羽織っていた大きめのYシャツの襟元《えりもと》が、ふわりとはだけた。


「……えっ」

 健太郎さんの視線が、私の胸元でピタリと止まる。

 大きめの白いシャツの下から覗《のぞ》く、肌が透ける漆黒《しっこく》のレース。普段の地味な私からは絶対に想像できない、過激で艶《つや》やかな下着。

 私は恥ずかしさで心臓が破裂しそうになりながらも、勇気を振り絞って彼を見上げ、上目遣《うわめづか》いで問いかけた。


「ソニアに選んでもらったんですけど……似合います、か?」


 沈黙が落ちた。

 健太郎さんは息を呑《の》み、信じられないものを見るような目で私を見つめている。やがて、彼の喉仏《のどぼとけ》がゴクリと上下に動いた。


「……似合いすぎてる」

 掠《かす》れた、低く熱を帯びた声だった。

「普段あんなにガードの堅い結衣が、俺のシャツの下にそんなセクシーなもの着込んで、自分から誘ってくるなんて……反則だろ」


 健太郎さんの大きな手が、私の腰を強く引き寄せた。彼から、普段の余裕のある営業スマイルが完全に消え去っている。

「……わるいけど。今日は、寝かさないよ」

「あっ……」


 甘く、濃厚なキスが降ってくる。理性の糸が完全に焼き切れた彼に身を委ねながら、私は心の中で、親友の完璧なプロデュースに最大の賛辞を送っていた。


 +++


 翌日。

 豊春県《とよはるけん》緑川市《みどりかわし》役所、市民生活部・戸籍住民課。


 いつものように窓口に座る私の心は、春の陽気のように晴れやかで、体が羽のように軽かった。

 昨夜の甘い余韻《よいん》が残っているのもあるが、何より、私の中に確かな自信と余裕が生まれていた。鏡を見るのが嫌いだった私が、今日の朝は、少しだけ時間をかけて丁寧にメイクをしてしまったほどだ。


「あー、もう……この申請書、なんでこんなに記入欄がわかりにくいんですか……」

 隣のデスクで、新卒一年目の後輩、星草《ほしくさ》ララが小さなため息をつきながら、複雑なフォーマットの書類と睨《にら》み合っていた。


 普段の私――『氷の窓口担当』なら、ここで「マニュアルの三十八ページを参照し、手順通りに進めてください」と冷たく言い放つところだ。私が無言で視線を向けると、ララはそれに気づき、「ひっ、す、すみません! すぐやります!」とビクッと肩を揺らした。


 しかし、私は椅子を少し滑らせて、彼女のデスクへと近づいた。

「星草さん」

「は、はいぃっ!」

 怯《おび》える彼女の耳元に顔を寄せ、私は周囲に聞こえないような小声で囁《ささや》いた。


「ここだけの話……その申請書、マジ面倒だよね」


 そして、こっそりと右目でウインクをした。


「…………えっ?」

 ララは、鳩《はと》が豆鉄砲を食ったような顔で私を見つめた。

 常に冷徹《れいてつ》で隙のない先輩が、急に距離を詰めてきて、あろうことか『マジ』というギャル語を使い、さらにはウインクまでしてきたのだ。彼女の脳内はパニックを起こしているに違いない。

 しかし、数秒の硬直の後。ララは私の柔らかい表情を見て、何かが弾けたようにパッと顔を輝かせた。


「そ、そうなんですよぉ!」

 彼女は隠していた『今どき女子』の素を全開にして、前のめりに同調してきた。

「マジでこのフォーマット作った人、センスないですよね!? お年寄りの方とか、絶対どこに書けばいいか迷っちゃいますって!」

「本当にね。もう少し市民の視点に立ったレイアウトに見直すべきだと思うわ」

 私がクスクスと笑いながら同意すると、ララも緊張が完全に解けたのか、嬉しそうに笑い声を上げた。


「……あ、でも」

 私はララの肩をポンと叩《たた》き、先輩らしく優しく微笑んだ。

「窓口での市民の方への対応で、『マジ』は禁止よ?」

「あははっ! わ、わかってますよぉ、瀬戸先輩!」


 私たちの明るい笑い声に、周囲の職員が何事かと驚いたようにこちらを見ていた。あの『氷の女』が、後輩と楽しそうに雑談しているのだから無理もない。

 職場の空気が、パッと明るく華やぐのを感じる。


〈ゆいぽん、めっちゃいい笑顔じゃん!〉

 脳内の奥深くで、ソニアが嬉しそうに笑っているのがわかった。

 私はもう、無理をして完璧な人間を演じる必要はない。私の中にある弱さも、だらしなさも、そしてギャルマインドも、すべてひっくるめて私なのだから。


「さて、それじゃあ一緒にその面倒な書類、やっつけちゃいましょうか」

「はいっ! お願いします!」

 窓口に射し込む春の光を浴びながら、私はこれまでで一番、自然な笑顔で業務に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。