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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第38話 手紙

「……っ」

 ふっと重力が戻り、私はシラフに戻ったクリアな頭で、健太郎さんの膝の上に座っていた。

「あ、ごめん結衣。……少し、水でも飲んでくるよ」

 健太郎さんが私の体をそっとソファに下ろし、照れ隠しのようにキッチンへ向かおうとする。


「健太郎さん」

 私は彼を呼び止めると、立ち上がり、彼をリビングのソファに座らせ直した。

「私が用意します。少しだけ、そこで待っていてください」


 私はキッチンへ向かい、エプロンを締めた。

 彼を理詰めで問い詰めたり、「なぜ相談してくれなかったんですか」と正論を振りかざしたりする「公務員モード」は、今の彼には不要だ。

 私が黙々と作り始めたのは、健太郎さんが夜食で一番好きだと言っていた、胃に優しいお出汁をたっぷりと効かせた特製の鯛茶漬けだった。お酒を飲んだ後でもサラリと食べられ、体と心を温めるメニューだ。


 そして、お湯を沸かしている間。

 私はリビングの机上から、今日彼がプレゼントしてくれたばかりの万年筆と、シンプルな一筆箋を手にした。

 そして、不器用ながらも、私のありったけの愛情と感謝を込めて、文字を綴《つづ》った。


 数分後。

 私は湯気を立てる鯛茶漬けのお盆を、健太郎さんの前のテーブルにそっと置いた。

 その横には、二つ折りにした一筆箋を添えて。


「結衣……これ」

「お腹、空いているでしょう? 温かいうちにどうぞ」

 私は何も言わず、ただ優しく微笑んだ。


 健太郎さんは驚いたように私を見つめた後、添えられた一筆箋を開いた。

 それは、彼が今日プレゼントしてくれた万年筆の、美しいブルーブラックのインクで、こう書いた。


『いつもお疲れ様です。健太郎さんがどれだけ壁にぶつかっても、どんな時も、私はあなたの味方です。どうか、一人で無理だけはしないでください。結衣』


 手紙を読んだ健太郎さんの瞳が、大きく揺れた。

「結衣……」

「お仕事のお話、ソニアと聞きました。……気づけなくて、ごめんなさい」

「……ううん。ありがとう、結衣。俺の方こそ、勝手に一人で抱え込んでごめん」


 健太郎さんは少しだけ涙ぐみながら、手紙を愛おしそうに撫でた。そして、私が作った鯛茶漬けを一口食べ、「……美味しい。本当に、最高に美味しいよ」と、今日一番の、心からの安らいだ笑顔を見せてくれた。


 完璧な妻でなくてもいい。彼が弱っている時に、こうして温かい食事を作って、そっと寄り添える存在でありたい。

 酔い覚めの静かなリビングで、少し照れくさそうに笑い合う私たち。この小さな奇妙な三角関係が、私たちの夫婦の絆をまた一つ、確かなものにしてくれた夜だった。


 +++


【健太郎視点】


 隣で静かな寝息を立てる結衣の頭をそっと撫でながら、俺は胸の奥に広がっていく温かい感情を噛み締めていた。

 机の上には、結衣がくれた万年筆と一筆箋が置かれている。『一人で無理だけはしないでください』という彼女の不器用で真っ直ぐな言葉に、俺はどれほど救われただろうか。


 俺は昔から、空気を読んで相手が求める「正解」の態度を返すのが得意だった。営業マンとして評価され、社内でも「完璧で頼りになる瀬戸」というキャラクターが出来上がっていく。それに息苦しさを感じていた時、嘘がつけないほど誠実で、真面目な結衣に出会って強く惹かれた。


 だが、結婚生活が始まると、別の重圧が俺を襲った。結衣は「完璧な妻」であろうと、家事も家計管理もすべてをミリ単位の精度でこなそうとした。俺のために無理をして完璧を貫こうとする彼女を見ていると、俺自身も「彼女の隣に立つにふさわしい、完璧で理解のある夫」でいなければならないという強迫観念に縛られるようになった。

 仕事で理不尽なトラブルがあっても、疲れて帰ってきても、チリ一つない清潔なリビングと、完璧に栄養計算された夕食を前にすると、愚痴をこぼすことなどできなかった。「俺も完璧な大人でいなければ」。その呪縛が、少しずつ俺の心を削っていた。


 だから。結衣の口から「頭の中にギャルがいる」と告白された時。そして実際に、派手で、ガサツで、本能のままに振る舞う『そーぽよちゃん』が現れた時、俺の心は驚くほど軽くなったのだ。

 俺の適当な掃除を笑い飛ばし、ジャンクフードを口に突っ込み、意味不明なB級映画で腹を抱えて笑う。彼女が結衣の体を借りて暴れ回る時間は、俺が「完璧な夫」という重い鎧を脱ぎ捨てて、ただの「健太郎」に戻れる唯一の息抜きの時間になっていた。


 でも、俺が本当に嬉しかったのは、そーぽよちゃんという存在を通して、結衣自身が少しずつ変わっていったことだ。

 ヤキモチを妬いて拗ねたり、酔っ払って不器用に甘えてきたり。俺がずっと見たかった、結衣の「完璧じゃない、人間らしい隙」。それを知るたびに、俺は彼女のことがもっと愛おしくなった。


「……ありがとうな、結衣」

 俺は小さく呟き、彼女の柔らかい頬にそっとキスを落とした。

 もう、俺たちは無理をして完璧を演じ合う必要はない。不器用で、時々ギャルが顔を出す愛おしい妻と共に、これからはありのままの二人で歩んでいける。そう確信できる、穏やかな夜だった。

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