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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第31話 ゆかぽよ

 帰宅後。

 私はキッチンのカウンターに置かれた、燦然さんぜんと輝く『半額』シールの貼られた最高級和牛のパックを前に、深い長いため息をついていた。


「……本日の献立は、魚の予定でした。それが最高級和牛のすき焼きに変更となれば、カロリー計算も脂質の摂取量も完全に狂ってしまいます」

 私は腕を組み、眉間にシワを寄せながら健太郎さんに小言をぶつけた。


「しかも、半額とはいえ和牛です。一週間の食費予算の配分を根底から見直さなければなりません。極めて非合理的です」


「ごめんごめん。でも、せっかくそーぽよちゃんが頑張って勝ち取ってくれたんだし、たまには贅沢ぜいたくしようよ」

 健太郎さんはエプロンを身につけながら、爽やかな笑顔でなだめてくる。


 私はもう一度、ため息をついた。

 確かに、あそこまで身を粉にして(私の肉体だが)勝ち取った戦利品を無駄にするわけにはいかない。

「……わかりました。明日の朝食と昼食で、不足する食物繊維とビタミンを補填ほてんするメニューを再構築します」


 渋々準備に取り掛かり、やがてリビングには甘辛い割り下の香りが漂い始めた。

 卓上コンロに乗せた鍋の中で、美しいサシの入った牛肉がジュワッと音を立てて色を変えていく。


「はい、結衣。まずは一口食べてみてよ」

 健太郎さんが、溶き卵を絡めた大きなお肉を私の小鉢に取り分けてくれた。


「……いただきます」

 私は箸で肉を掴み、口に運んだ。

 その瞬間、私は目を見開いた。


 とろけるような脂の甘みと、牛肉本来の濃厚な旨味が、口の中いっぱいに広がっていく。普段の徹底した節約生活では絶対に味わうことのない、暴力的なまでの美味しさだった。

 完璧な公務員としての建前や、カロリー計算への執着が、牛肉の熱と共に脳内から溶け出していく。


「……美味しい」

 気がつけば、私の口から自然とそんな言葉がこぼれ、頬が緩み切っていた。


「あはは、結衣、すごくいい顔してる。やっぱり美味しいものは人を幸せにするね」

 健太郎さんは心底嬉しそうに笑い、自分も肉を頬張った。


〈っしょー! アタシの言った通りっしょ! マジ最高!〉

 脳内でも、ソニアが勝ち誇ったように歓声を上げて高級肉を楽しんでいる。

(……今回ばかりは、あなたの野生の勘に感謝します)

 私は心の中で素直に敗北を認め、二人と一緒にこの贅沢な食卓を楽しむことにした。


 予期せぬトラブルと予定の変更。普段の私なら絶対に許容できないことだが、こうして夫の笑った顔と、美味しい食事を前にすると、たまには予定調和を崩すのも悪くないと思える。

 そーぽよの突飛な行動が、結果的に私たちの日常を少しだけ豊かにしてくれた。その温かい事実を噛み締めながら、私はもう一枚、最高級和牛に箸を伸ばしたのだった。


 +++


『うっひょー!原宿マジ最高!クレープ超デカい!』


 休日の竹下通り。若者と外国人観光客でごった返す喧騒の中、私の体(主導権はソニア)は、顔のサイズほどあるメガ盛りクレープを片手に歓声を上げていた。

 隣にいるのは、義母の芳江よしえママだ。彼女は先日私に押し付けた……いや、プレゼントしてくれたヒョウ柄のストールに負けない、ド派手なビビッドピンクのワンピースを着こなしている。


「本当ねぇ!こんなに生クリームたっぷりで、テンション上がるわぁ!」

(お義母様!歩き食べは行儀が悪いですし、何よりそのクレープの糖質と脂質は致死量です!そして、二人とも服装が周囲から浮きすぎています!)


 私は意識だけの状態で、羞恥心とカロリーの暴力に悲鳴を上げていた。

 今日は、あの日約束してしまった「原宿デート」を決行する日。健太郎さんの後押しもあり、私は渋々長時間の『スーパーソニアタイム』を許可してしまったのだ。


『お義母さん、あそこのプリクラ撮ろ!絶対盛れるやつ!』

「行く行く!お立ち台のポーズ決めちゃうわよ!」


 年齢差を全く感じさせない二人のバイブスは完全にシンクロし、原宿の街を我が物顔で練り歩いている。

(もう限界です。早くスーパーソニアタイムが終了して……)

 私が絶望に沈んでいた、その時だった。


「あの……瀬戸せと先輩、ですか?」


 背後から、信じられないほど聞き覚えのある、おどおどとした声がした。

 振り向くと、そこには市役所の後輩、星草ほしくさララが立っていた。彼女の視線は、バサバサのつけまつげにヒョウ柄ストールを巻いた私と、ド派手な芳江ママを交互に見て、完全にフリーズしている。


(終わった……!完全なる社会的な死……!)

 私は脳内で白目を剥いた。いくら最近ララと打ち解けてきたとはいえ、この姿を見られては「氷の窓口担当」の威厳は粉微塵だ。

 しかし、ソニアは全く動じなかった。


『えっ?瀬戸先輩?……あーっ!もしかして、ゆいぽんの後輩ちゃん!?』

「ゆ、ゆいぽん?」

『アタシ、ゆいぽんの双子の妹の「ゆかぽよ」!姉がいつもお世話になってまーす!』


 ソニアは息を吐くように、とんでもない嘘をついた。

(ちょ、ソニア!戸籍住民課の職員に双子の嘘など、戸籍謄本を見られたら一発でバレます!)


「そうそう!結衣さんの双子の妹さんなのよー!」

 なんと、芳江ママまでノリノリで話を合わせ始めたのだ。

「ええっ!?双子の妹さん!?全然雰囲気が違ってびっくりしました!でも、お顔はそっくりですね!」

 ララはピュアすぎるのか、あっさりとその嘘を信じ込んでしまった。


『っしょ!ゆいぽんはマジメすぎるけど、ほんとはいい奴だからよろしくね!』

 ソニアがウィンクを決めると、ララは「はいっ!」と嬉しそうに頷いて去っていった。


(……寿命が、十年は縮みました)

『あはは!ゆかぽよ大作戦、大成功っしょ!芳江ママ、ナイスアシスト!』

「伊達に長く生きてないわよ!さぁ、次はタピオカ飲みに行きましょう!」


 キャッキャとはしゃぐ二人を見ながら、私の胃はこれまでにないほどの重さを感じていた。原宿の熱気と、義母との終わらないスーパーソニアタイムは、きっちり7時間使い切られ、人生で一番の疲労感を感じた日であった。

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