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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第30話 半額タイムセール

 週末の夕方。私と健太郎けんたろうさんは、一週間の食材を調達するために、地元でお馴染みの『スーパーみどり』を訪れていた。

 時刻は午後五時半。私の完璧な計算によれば、この時間帯は特売品が補充され、かつレジの混雑が比較的マシになるゴールデンタイムのはずだった。

 しかし、今日のスーパーみどりは、私の合理的な予測を遥かに超える異様な熱気に包まれていた。


結衣ゆい、精肉コーナーのあたり、すごい人だね」

 カートを押す健太郎さんが、目を丸くして奥を指差す。

 見れば、精肉コーナーの前に人だかりができている。いや、人だかりという生易しいものではない。それは獲物を狙う猛獣たちの群れ、まさに戦場だった。


 店内に、甲高いアナウンスが響き渡る。

『ただいまより、タイムセールを実施いたします! 本日の目玉、最高級和牛がなんと表示価格から半額! 半額でのご提供です!』


 その声を聞いた瞬間、主婦たちの群れがワッとワゴンに群がった。

(……恐ろしい。あのような密集地帯に飛び込むなど、怪我のリスクが高すぎます。それに、気高き地方公務員たるものが、半額シールを求めて血眼になるなんて、品位に欠けます)


 私は冷静にカートの向きを変えようとした。

「健太郎さん、あそこは危険です。今日の夕食は当初の予定通り、魚コーナーへ迂回します」

「あはは、結衣らしいや。怪我してもつまらないしね」


 私たちがきびすを返そうとした、まさにその時だった。


〈ちょーっと待ったぁー!〉

 脳内に、鼓膜を破らんばかりの大音量が響いた。

(……ソニア。静かにしてください。今は高度なルート計算の最中なんです)

〈ルート計算とかマジどうでもいい! ゆいぽん、あそこのワゴン見て! 最高級和牛だよ!? あんなの普通に買ったら目ん玉飛び出るっしょ!〉


(だからと言って、あの中に飛び込むのは……!)

〈うるさーい! アタシは肉が食いてぇの! ちょっと体貸して!〉


 ギャーギャーとうるさいソニアに根負けして一時的に体を渡した。


 カチリ、と。私の頭の奥でスイッチが切り替わった。


『っしゃあ! いっちょやったるでー!』

「えっ? そ、そーぽよちゃん!?」


 驚く健太郎さんを置き去りにして、主導権を奪った私の肉体は、弾かれたように精肉コーナーの戦場へと突撃していった。


(ソニア! やりすぎです! 怪我をしますってば! それにそんな人混みに入ったら、誰に顔を見られるかわかりませんし!)

 脳内で私が絶叫する中、ソニアは猛然と人混みの最後尾に体当たりをかました。


『ちょっとおばちゃん、そこ空けて!』

「なによあんた! 私が先よ!」

『甘い甘い! この和牛はアタシの胃袋に入る運命なわけ!』


 ソニアは小柄な私の体を巧みに使い、まるでラグビー選手のように主婦たちの隙間を縫っていく。

(あああ! やめて、押し合わないで! 冷静な良妻が半額シールに群がっているなんて、本当に見られたら社会的な死が……!)

 私は強烈な羞恥心しゅうちしんとパニックで、意識だけの状態のまま白目を剥きそうだった。


 しかし、ソニアの勢いは止まらない。

 ワゴンの最前列に到達した彼女の目の前で、店員が分厚い霜降り肉のパックに『半額』のシールをペチャリと貼った。


「もらったぁ!」

 隣にいた体格のいいおじさんが手を伸ばす。

『おっちゃん、その肉マジで狙ってたやつ! アタシに譲ってよ!』

 ソニアの右手が、残像を残すほどのスピードで空を切った。おじさんの手と激しく交錯し、ギリギリのところでパックの端を鷲掴わしづかみにする。


「な、なんだこの姉ちゃん、すげぇ執念だ……」

『っしょー! アタシの勝ちー!』


 ソニアは近所の主婦たちと肩を並べた激しいポジション争いを制し、最高級和牛の半額シール品を頭上に高々と掲げて勝利の雄叫びを上げた。


 +++


 戦場から生還したソニアが、カートを押して待っていた健太郎さんの元へ戻ってくる。

『夫ちゃん! 見てこれ! ヤバくない!?』

「あははは! すごいよ、そーぽよちゃん。まさか本当に勝ち取ってくるなんて」


 健太郎さんが腹を抱えて笑っていると、不意に背後から声をかけられた。

「奥さん、今日は気合入ってるわね!」


 振り返ると、そこにはベテランパート店員の吉田さんが、生温かい笑顔で立っていた。さらに、先ほどワゴン前で熾烈しれつな争いを繰り広げた主婦たちも、なぜか清々しい顔でこちらを見ている。

「いい動きだったわよ!」

「来週の特売日も負けないからね!」


 なぜか、かつての戦友を称えるかのような、謎の連帯感とリスペクトが私(の肉体)に向けられていた。


『っしょー! おばちゃんたちもマジリスペクト! またよろしくねー!』

 ソニアは満面の笑顔で親指を立てる。


(……穴があったら入りたい。いや、今すぐこの場で蒸発したい)

 私は極限の羞恥心から、脳内でただひたすらに顔を覆っていた。


 見事に目的を果たしたソニアは『あとはよろしくー!』とあっさり主導権を返し、私の体にはドッと疲労感が押し寄せた。

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