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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第29話 意外な共通点

「あ……えっと……」

 普段は「怒らせたらヤバいお局予備軍」として私を恐れているララだが、今は極彩色のギャルスマホを持つ私とのギャップに、完全に思考が停止しているようだった。


(み、見られた! どうしよう、言い訳を、合理的な言い訳をしなければ……!)

「こ、これは違います、星草さん! 決して私がこのような趣味を持っているわけではなく、親戚の子供がイタズラで……一度はめたら外れなくなってしまって!」

「親戚の子供、ですか……?」


「そ、そうです! それに、このファーは一見ふざけているように見えますが、静電気を防止するための実用的な……極めて合理的な機能性を持った素材でして!」

 私がパニックになり、地方公務員らしからぬ支離滅裂な言い訳を展開していた、まさにその時だった。


 ピコンッ。

 タイミング悪く、私のスマホの画面が明るく光った。

 そこにポップアップで表示されたのは、通話アプリ。相手は先日、ソニアがショッピングモールで勝手に連絡先を交換してしまった、健太郎さんの後輩である白石くるみ――登録名『舎弟くるみん』からだった。


『そーぽよ姉さん! 今日のアドバイス通り、ボディタッチ大作戦決行したら、めっちゃ上手くいきました! マジで感謝です!』


 大きめの文字設定にしていたため、その生々しいメッセージは、私の横に立つララの目にもはっきりと映ってしまった。


「そーぽよ姉さん……ボディタッチ……?」

 ララが呆然と呟く。


(あああああああ! 最悪です! よりによってこのタイミングで、夫を狙う女からの生々しい報告が!)

 しかも『そーぽよ姉さん』などと呼ばれていることがバレてしまった。

 私は羞恥心しゅうちしんと絶望で、頭から湯気が出そうだった。どうやってこの状況をごまかせばいいのか、私の処理能力は完全に限界を超えていた。


 +++


 しかし、ララの反応は私の予想とはまったく違うものだった。

 彼女は一瞬キョトンとした後、ふっと表情を和らげ、どこか安堵したような、柔らかい笑顔を見せたのだ。


「……瀬戸先輩も、本当はそういう可愛いのが好きなんですね」

「えっ?」


 ララは周囲をチラリと確認すると、自分のカーディガンの袖口を少しだけまくってみせた。

「実は私、規定ギリギリのクリアカラーのジェルネイルしてるんです。休日はもっと派手な色にするんですけど」

 さらに彼女は、自分のスマホを取り出し、ケースの裏に隠された小さなアクリルスタンドをそっと見せてくれた。

「それにこれ、私が大好きな推しのアクスタなんです。デスクの隅に隠して、仕事中こっそり癒やされてて……」


 ララは少しはにかむようにして、私を見上げた。

「私、市役所っていうお堅い職場だから、真面目にしなきゃって趣味を隠してたんです。瀬戸先輩はいつも完璧で、絶対そういうのは許してくれない怖い人だと思ってました」

「星草さん……」


「でも、先輩のそのスマホケースと、お友達とのやり取り見て……。先輩も、私と同じなんだなって。完璧に見えるけど、裏では可愛いものとか、恋バナとか好きなんだなって思ったら、なんだかホッとしました」

 ララは「私たち、ちょっと似てますね」と言って、今まで見せたことのないような、フランクで親しげな笑顔で私に歩み寄ろうとしてくれた。


 彼女なりに、私との距離を縮めようとしてくれているのだ。

 ここでいつもの私なら「職場の就業規則を遵守するように」と冷たく突き放すことだっただろう。それが『完璧な公務員』としての私の防衛本能だったから。


 しかし、私の口から出たのは、自分でも信じられないほど柔らかいトーンの言葉だった。


「……そうね。私も、本当はこういう可愛いものが気になっていたのかもしれないわ」

「えっ……?」

「星草さんのそのネイルも、春らしい色合いで素敵ね。今度、どこのサロンかこっそり教えてもらえるかしら?」


 言ってしまってから、私は自分自身の変化に一番驚いていた。

 いつもなら絶対に言えないようなフレンドリーな返し。こんな自然な笑顔で後輩と雑談ができるなんて。


〈おや? ゆいぽん、マジで素直じゃん! やればできるっしょ!〉

 脳内で、ソニアが嬉しそうに、少し誇らしげに笑う声が聞こえた。

(……ええ。たまには、こういうのも悪くないわね)

 私は心の中でソニアに答えながら、ド派手なスマホをそっとポケットにしまった。


 ララは一瞬驚いたように目を丸くした後、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。

「はいっ! ぜひ! 私、瀬戸先輩とこんな風にお話しできて、すごく嬉しいです!」


 給湯室を出て窓口へと戻る私の足取りは、不思議なほど軽かった。

 あのピンクの毛玉のようなスマホケースも、今はなぜか、私を少しだけ勇気づけてくれるお守りのように感じられた。


 +++


 その日の夜。

「ただいま戻りました、健太郎さん!」

 玄関のドアを開け、私はいつもより少しだけワントーン高い、明るい声で挨拶をした。


「おかえり、結衣。お疲れ様」

 リビングから顔を出した健太郎さんが、目を細めて私を迎えてくれる。私は鞄を置き、弾むような足取りでリビングへと向かった。


「今日の夕食は、健太郎さんの好きなハンバーグにしようと思うんです。付け合わせもたっぷりと用意しますね!」

「おっ、本当? それは楽しみだな」


 健太郎さんはソファに腰を下ろし、キッチンに立つ私を嬉しそうに見つめていた。

「……結衣は、最近なんだか明るくなって、すごく変わったね」

 彼はコーヒーカップを片手に、しみじみと喜びを噛み締めるように声をかけてきた。


 その言葉に、私は手を止め、振り返って彼を見た。

 自分でも気づかないうちに、ソニアという存在を通して、私の中の頑なだった部分が少しずつ解きほぐされているのを感じる。完璧でなくてもいい。隙があってもいい。そう思えるようになったのは、紛れもなく彼女と、どんな私でも受け入れてくれるこの夫のおかげだ。


「……そう?」

 私はまんざらでもない気分で、ふふっと小さく笑って答えた。

「自分でも、最近の私は嫌いじゃないわ」


 脳内でソニアが〈っしょー!〉とはしゃぐのを感じながら、私は今までで一番自然で、心からの笑顔を健太郎さんに向けたのだった。

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