第3話 初デートの暴露
『二人してずーっと並んで難しそうな本読んでるだけで、ぜーんぜん会話なかったよね!あの時、隣で気まずそうにしてる夫ちゃんがマジでチョーウケた思い出なんだけど!』
「はは。そうそう、よく覚えてるね。あの時は僕もどう会話を切り出せばいいか分からなくて、すごく焦ったよ」
(あの時は、お互いの知見を広めるための有意義で静謐な時間だったんです!決して気まずかったわけでは……!)
『超奥手でさー、男の人と付き合ったことのなかったゆいぽんは、夫ちゃんの事をずっと警戒してたんだからね。でもさ、「結婚するまで貞操を守る」って約束してくれた夫ちゃんは絶対にいいやつだから、結婚しなよってアタシが進めてあげたんだぞ!アタシに感謝してよね!』
(ソニアァァァ!なんて破廉恥な暴露を!健太郎さん、彼女の言うことは聞き流してください!私が最終的に決断したのは私自身の合理的な判断です!)
「そっか。そーぽよちゃんが背中を押してくれたおかげでもあったんだね。ありがとう」
健太郎さんは目を細めて笑い、大きく頷いた。過去の記憶の共有や、私の感情の機微まで正確に把握している様子を見て、彼は自分なりに「ソニアという存在は安全であり、結衣の精神状態にも問題は無さそうだ」と確かな判断を下したようだった。
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『てかさー、今日せっかくアタシが表に出た記念日じゃん?ちょっと着替えてテンション上げたいんだけど!』
そーぽよは立ち上がると、一直線に部屋の隅へと向かった。そこには、明日「資源ゴミ」に出す予定の紙袋が置かれている。先日、私は市役所の窓口業務で使うための落ち着いた膝丈スカートをフリマアプリで安く探していた。その際、出品者が「断捨離のため、着なくなった服もまとめてセットで引き取ってくれる方限定!」という条件を出していたため、一式を購入したのだ。服の単価を計算すれば、派手な服が数着混ざっていても、仕事用のスカートが安く手に入るなら得だという、極めて合理的な判断だった。だから、同封されていた到底着られないギャル服は、即座に資源ゴミにするつもりで紙袋にまとめておいたのに。
そーぽよは紙袋をガサゴソと漁り、中からフリフリのミニスカートと、おぞましい高さの超厚底ブーツを引っ張り出した。
『ゆいぽん、これゴミに出すとか正気?マジ宝の山なんですけど!』
目を輝かせるソニアに、私は脳内で悲鳴を上げた。
(やめて!そんな派手な服は絶対に私には似合わないわ。お願いだから捨てさせて)
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私の必死の抗議も虚しく、そーぽよは手際よく服を着替え始めた。
全身の感覚は共有しているため、スースーと風通しの良すぎる太ももの心許ない感触や、厚底ブーツを履いたことによる異常な視界の高さがダイレクトに伝わってくる。姿見の前に立ったソニア――つまり私の体――は、腰に手を当てて可愛くポーズを決めた。
『じゃじゃーん!夫ちゃん、どぉ?アタシ超イケてない?』
「うん、すごく似合ってるよ!いつもの結衣とは全然違って新鮮だね」
健太郎さんはスマホを取り出し、パシャパシャと写真を撮り始めた。
(健太郎さんまで何をしてるの!ご近所の目があるんですからね!?データは即刻消去してください!ああもう、ポーズを取るのをやめて!)
脳内で絶叫する私を無視して、ソニアは次々とポーズを変える。
『マジ最高!このテンションのまま、ちょっとそこまで散歩行ってくる!』
そーぽよが意気揚々と玄関に向かい、ドアノブに手をかけた、その時だった。ピピピピピ、とリビングに仕掛けたタイマーが鳴り響いた。約束の約一時間が経過した合図だ。
『えっ、もう一時間!?ウソでしょ、これからって時に……!』
そーぽよの不満げな声を最後に、ふっと頭の奥のスイッチが切り替わる。
途端に、体にずしりとした重力が戻ってきた。私の主導権を復活させた。
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「……っ!」
私は玄関のドアノブを掴んだまま、あまりの羞恥心にその場に崩れ落ちそうになった。
視線を下に落とせば、信じられないほど丈の短いフリフリのミニスカート。そして足元には、竹馬のような超厚底ブーツ。
「結衣?大丈夫?」
リビングから顔を出した健太郎さんが、吹き出すのを必死に堪えながら声をかけてくる。
「……見ないでください。今すぐ着替えますから」
私は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われながら、ぎこちないロボットのような動きでリビングに戻った。
床には、紙袋からぶちまけられた派手な服の数々が散乱している。
隠し事はしないというルールのせいで、ソニアの行動もすべて筒抜けだが、その事後処理をしなければならないのは私なのだ。
(……全部、今すぐゴミ袋に叩き込んでやるわ)
私が怒りに任せてフリフリの服を掴み上げた瞬間、脳内にソニアの悲痛な叫びが響き渡った。
〈ゆいぽん!お願いだから絶対に捨てないで!マジで一生のお願い!それがないとアタシ、次に出た時着る服ないじゃん!〉
(こんな破廉恥な服、我が家には不要です!そもそも次は――)
〈今度マジで美味しいもん奢るから! ね!?捨てたら一生恨むし!〉
(奢るって、私のお金ですよ。まったく)
あまりの必死な懇願と凄まじい執念に、私は掴んだ服をゴミ袋に入れる手をピタリと止めた。
「結衣?どうしたの、固まっちゃって」
「……いえ。なんでもありません」
健太郎さんが心配するのも無理はない。いや、心配よりも好奇心の方が勝っているようだ。私は深いため息をつき、渋々ギャル服を丁寧に畳み始めた。
〈やったー!ゆいぽんマジ愛してる!次はあのピンクのカーディガン着よっと!〉
(……つ、次? 一回出られたんだから、満足って言ってよ)
脳内で騒ぐ親友の声と、床に散らばる刺激色の山。そして、それらを微笑ましく見守る夫。
隠し事ゼロの地獄は、まだ始まったばかりだった。




