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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第27話 恋愛指南

 カフェのテラス席。

 テーブルの上には、生クリームが山のように盛られたパンケーキと、色鮮やかなフルーツパフェが並んでいる。


『んまーっ! このパンケーキ最高! 白石ちゃんも食べなよ!』

「あ、はい……いただきます」

 くるみはすっかり毒気を抜かれ、フォークをちまちまと動かしていた。彼女のあざとい手口やマウントは、裏表がなく、他人の好意や悪意をすべてギャルバイブスで包み込んでしまうソニアには、一切通用しなかったのだ。


『でさー、白石ちゃん。メイクとか何使ってんの? そのリップの色、超絶妙でカワイイんだけど!』

「え? これですか? これは、ネットで買った新作のティントで……」

『マジ!? アタシもそれ気になってたんだよね! 今度貸してよ!』

「いいですよ。そーぽよさんのそのアイシャドウも、発色良くて綺麗ですね」

『っしょー! これプチプラなんだけどマジで優秀でさー!』


(……なぜ、私の夫を狙っている女と、私の体を乗っ取ったイマジナリーフレンドが、パンケーキを食べながら和気藹々《わきあいあい》とコスメトークを弾ませているんですか)

 私は意識だけの金縛り状態で、目の前で繰り広げられるカオスな女子会に激しい頭痛を覚えていた。健太郎さんは私たちの向かいの席に座り、まるで借りてきた猫のように無言でアイスコーヒーのストローを吸っている。


 しばらくコスメトークで盛り上がった後、くるみがふと、視線を落としてポツリとこぼした。

「……そーぽよさんって、裏表がなくて、本当にいい人ですね。私、なんか自分がすごく性格悪い女みたいに思えてきました……」

『えー? 白石ちゃん性格悪い? 全然そんなことないっしょ! 自分の欲しいものに素直なだけでしょ?』


 ソニアのあっけらかんとした言葉に、くるみは少しだけ目を潤ませた。

「実は、私……職場の先輩で、ずっと好きな人がいて。その人、奥さんとは性格が合わなくて、上手くいってないみたいなんです。だから、私が代わりに支えてあげたいなって、ずっと思ってたんですけど……」

 くるみは、健太郎さんが目の前にいることを隠しつつ(バレバレだが)、切実な恋愛相談を持ちかけてきた。


(自分の夫を奪おうとしている女から、直接恋愛相談をされる本妻……。地獄絵図ですか、これは)

 私が脳内で絶望する中、ソニアは力強く頷いた。


『マジ!? そういう時はさ、もっとガツガツ行っちゃいなよ! ボディタッチ多めで、隙を見せていくのが大事っしょ!』

「えっ、ボディタッチですか?」

『そ! 例えば、書類渡す時にちょっと指先触れるとか、飲み会で隣座って肩ぶつけるとか! 男なんてチョロいんだから、それだけでイチコロだって!』


(ソニアァァァッ!! 自分の夫を奪おうとしている女に、何という実践的で恐ろしいアドバイスを送っているんですか! 狂気の沙汰です!)

 私は脳内で叫び声を上げ、健太郎さんを睨みつけた。健太郎さんは、自分の部下から「自分を落とすためのテクニック」を熱心に聞かされているという事実に耐えきれなくなったのか、両手で顔を覆ってうつぶいていた。


「なるほど……ボディタッチ、ですね。私、もっと積極的になってみます!」

 くるみはメモを取るような勢いで、ソニアの言葉に頷いている。

『うんうん! 白石ちゃんなら絶対イケるって! アタシ、応援するから!』

「ありがとうございます、そーぽよさん! 私、そーぽよさんのこと、マジでリスペクトです!」


(夫の浮気相手(未遂)が、私のイマジナリーフレンドを崇拝し始めました……。もう、何もかもが終わりです)

 私の社会的な尊厳は、パンケーキの生クリームと共にドロドロに溶けて消え去ろうとしていた。


 +++


 一時間後。

 すっかり意気投合した二人は、カフェを出て別れ際になんと連絡先の交換まで始めてしまった。


『白石ちゃん、連絡先交換しよ! 今度一緒に服買いに行こーよ!』

「はい! ぜひお願いします、そーぽよ姉さん!」

 私のスマートフォンに、くるみのアカウントが『舎弟くるみん』というふざけた名前で登録されていく。


「瀬戸サブリーダーも、今日はありがとうございました! 私、月曜日からもっと仕事頑張りますね!」

 くるみは最後に健太郎さんに向かって、あざとさではなく、謎の決意に満ちた爽やかな笑顔を向けると、手を振って去っていった。


『いやー、白石ちゃんマジでいい子だったわー。夫ちゃん、あんなカワイイ部下がいてうらやましいね!』

 ソニアがケラケラと笑う横で、健太郎さんは魂が抜けたような顔で呟いた。

「……月曜日から、俺はどういう顔で白石と接すればいいんだ……」


 そして私は、いつ『舎弟くるみん』から私のスマホに「先輩を落とすためのボディタッチ実践報告」が送られてくるかと想像し、恐怖と疲労で完全に白く燃え尽きていた。

 久々のスーパーソニアタイムは、再び私と健太郎さんに、特大の爆弾とカオスな三角関係を残して幕を閉じたのだった。


 +++


【健太郎視点】


瀬戸せとサブリーダー、こちらの決裁書類、お願いしますぅ」


 月曜日の午後。オフィスの自席でパソコンに向かっていた俺の横から、甘ったるい声が降ってきた。

 見上げると、後輩の白石しらいしくるみが、いつもより胸元が少し開いたブラウス姿で、上目遣いに俺を見つめている。

 

「ああ、ありがとう。もらうよ」

 俺が書類を受け取ろうと手を伸ばした瞬間だった。

 スッ、と白石の指先が、俺の手の甲にわざとらしく、しかし確かな感触を残して触れたのだ。


「あっ、すみませんですぅ。手が当たっちゃいました」

 白石は恥じらうように小首を傾げているが、その目は完全に獲物を狙う肉食獣のそれだった。


(……きた!! これか!!)

 俺は内心で滝のような冷や汗を流していた。

 昨日の休日、隣町のショッピングモールで、俺の妻(の体を借りたそーぽよちゃん)が、白石に吹き込んでいた恐るべき恋愛アドバイス。


『ボディタッチ多めで、隙を見せていくのが大事っしょ!書類渡す時にちょっと指先触れるとか!』


 俺はあのカフェでのカオスな女子会を思い出し、胃の辺りがキリキリと痛むのを感じた。


「い、いや、大丈夫だよ。気にしないで」

 俺は引きる営業スマイルを必死に保ちながら、手を素早く引っ込めた。

 しかし、白石の『ボディタッチ大作戦』はこれで終わりではなかった。


「瀬戸サブリーダー、なんだか今日はお疲れみたいですねぇ。肩、揉みましょうか?」

 言うが早いか、白石は俺の背後に回り込み、肩に両手を乗せようとしてきた。


「わっ! ストップ! 本当に大丈夫だから! オフィスだし、コンプライアンス的にもアレだから!」

 俺は弾かれたように椅子から立ち上がり、彼女から距離を取った。周囲の社員が何事かとこちらをチラチラ見ている。


「もう、瀬戸さんってば照れ屋さんなんですからぁ。……あ、ネクタイ、少し曲がってますよ?」

 白石は諦めることなく、今度は俺の胸元へ手を伸ばしてきた。


(そーぽよちゃん、マジでなんてことを教えてくれたんだ!)

 俺は心の中で愛すべきギャルに猛抗議しながら、見事なステップで後ずさった。


「ありがとう、自分で直すよ! よし、俺はちょっと外回りに行ってくる!」

 これ以上ここにいては身が持たない。俺は鞄をひったくるように掴むと、逃げるようにオフィスを飛び出した。


 エレベーターホールで大きく息を吐き出す。

 白石は確かに可愛らしいし、世の男性なら喜ぶシチュエーションなのかもしれない。

 だが、俺の心には、不器用で、真面目で、時々突拍子もないことをする愛おしい妻・結衣ゆいの存在がしっかりと根を下ろしている。俺が惹かれるのは、あんな風に計算し尽くされたあざとさではなく、結衣のあの隠しきれない誠実さと、たまに見せてくれる本音だけなのだ。


「……早く帰って、結衣の作ったご飯が食べたいな」

 俺はネクタイを締め直しながら、妻の顔を思い浮かべて小さく笑った。


 一方その頃、オフィスに残された白石は、俺が照れて逃げ出したのだと盛大に勘違いし、「作戦大成功!」と意気揚々とスマホでそーぽよちゃんにメッセージを送っていたことなど、この時の俺は知るよしもなかった。

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