第26話 直球
【結衣視点】
休日の大型ショッピングモール。
あの大惨事となったディスコ・パニックと、馬場さんに浮気疑惑をかけられた激動の休日から数週間が経っていた。
馬場さんへの誤解は、健太郎さんが「あれは妻の親戚で、たまたま派手な格好をしていただけだ」と苦しい言い訳を重ねて、なんとか保留状態に持ち込んだらしい。
そして今日、私は久々に『スーパーソニアタイム』を許可していた。
健太郎さんの大きなプロジェクトが一段落し、ソニアが「一週間分貯金したからお願い!」と猛烈なプレゼンを仕掛けてきたため、渋々折れたのだ。ただし、今回は「絶対に社内の人間や近所の人に遭遇しないよう、隣町の大型モールに限定する」という厳格な条件付きである。
『あー、スッキリした! やっぱ久々の長時間は最高!』
トイレの鏡の前で、ソニアは自分の完璧なギャルメイクと、ショッキングピンクのオフショルダーのトップス、そして極限まで丈の短いデニムを満足げに確認していた。
(ソニア、お化粧直しは手短に。健太郎さんをお待たせしています)
〈わかってるって、ゆいぽん! 今すぐ戻るから!〉
ソニアはヒールの高いサンダルを鳴らしながら、健太郎さんが待っているはずの噴水広場へと向かった。
しかし、広場に近づいた私たちの目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
ベンチに座る健太郎さんの目の前に、ゆるふわな巻き髪にパステルカラーのワンピースを着た、いかにも『あざとかわいい』雰囲気の若い女性が立っていたのだ。
「奇遇ですねぇ、瀬戸サブリーダー! 休日にお会いできるなんて運命かも!」
女性は上目遣いで健太郎さんを見つめ、少し体を身を乗り出すようにして話しかけている。
(……誰ですか、あの女性。健太郎さんを『瀬戸サブリーダー』と呼んでいるということは、会社の後輩……?)
私の脳内に、最大級の警戒アラートが鳴り響いた。休日の隣町で、偶然を装って男性の上司に話しかけるなど、明らかに下心があるに決まっている。
「あ、白石さん。こんなところで奇遇だね」
健太郎さんは引き攣った営業スマイルを浮かべ、少し後ずさるようにしていた。
『うっひょー! 夫ちゃんの会社の子じゃん!』
(ちょっとソニア! 今は出ない方が……!)
私の制止も聞かず、ソニアは弾かれたように二人の間へと飛び出していった。
『夫ちゃーん、お待たせー!』
ソニアは健太郎さんの腕にガシッと自分の腕を絡ませ、豊かな胸を押し付けた。
「お、おお、そーぽよちゃん、おかえり」
突如現れたド派手なギャルの私を見て、白石くるみは一瞬だけギョッとしたように目を剥いたが、すぐに口角を上げてニヤリと笑った。
「あら……こちらが噂の、瀬戸サブリーダーの『お友達』ですかぁ?」
(噂の……? まさか、馬場さんが社内で健太郎さんの浮気疑惑を広めているのでは!?)
私は脳内で戦慄した。この後輩は間違いなく、私(の体のソニア)を健太郎さんの『愛人』だと認識して、牽制しにきているのだ。
「はじめましてぇ。私、瀬戸サブリーダーの部下の白石くるみです。瀬戸さんにはいつも、優しくご指導いただいてるんですよぉ。奥さんとは……色々と大変みたいですけど」
くるみは、明らかに私を挑発するようなマウントを取ってきた。地味で冷たい本妻との関係は破綻しており、自分こそが健太郎の本当の理解者になれるのだという、恐ろしいほどの自信が滲み出ている。
(なんという小賢しい女! 私が本妻だとも知らずに! 健太郎さん、早くこの場を離れましょう!)
私は激怒して訴えたが、相手のペースを完全に叩き潰したのは、他でもないソニアだった。
『えっ! 白石ちゃん!? 超カワイイじゃん!』
「……はい?」
『てか、そのワンピどこの!? マジで似合ってる! ゆるふわ系ってアタシ全然着こなせないから、超リスペクトなんですけど!』
ソニアはくるみの挑発など一切意に介さず、彼女の手を取って目をキラキラと輝かせた。
「え、あ、あの……」
『ねえねえ、そのネイルも超イケてる! フレンチにストーン乗せてんの? マジでセンス良すぎ! ……あ、でもさ』
ソニアはくるみの顔を覗き込み、悪びれずにニカッと笑った。
『人の旦那狙うとか、マジウケる! 白石ちゃん、肉食系なの!?』
「っ!?」
くるみの顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。
オブラートに包むことなど一切しない、ソニアのあまりにも直球すぎる指摘。くるみが隠していたあざとい野望を、白日の下に引きずり出したのだ。
「ち、違いますぅ! 私はただ、瀬戸サブリーダーを尊敬しているだけで……!」
『えー? 隠さなくていいって! 夫ちゃんイケメンだし、仕事できるし、狙いたくなる気持ちもわかるっしょ! でも残念! 夫ちゃんはゆいぽん……あ、奥さんのことマジで愛してるから、白石ちゃんには勝ち目ないよ!』
「なっ……!」
くるみは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絶句した。
愛人(だとくるみが思っている相手)から、「本妻には勝てない」と真っ向から言われたのだから、彼女の脳内はパニックになっているに違いない。
(ソニア! 何を言っているんですか! 夫の浮気相手(未遂)になぜそんなにフレンドリーに接しているの!? 公務員の妻として、不貞行為は断じて許されません!)
私が脳内で大パニックに陥っている間にも、ソニアはくるみの肩をバンバンと叩いていた。
『でもさー、恋する乙女の顔、マジでカワイイ! アタシ、白石ちゃんのこと気に入った!』
「は……?」
『立ち話もなんだし、お茶しよ! あそこのパンケーキ屋さん、超美味しそうだったから一緒に行こ!』
「えっ、ちょっと、引っ張らないで……!」
ソニアは強引にくるみの腕を引き、ショッピングモール内のカフェへと連行し始めた。
「あ、おい、そーぽよちゃん! 白石も、ごめん!」
健太郎さんは慌てて私たちの後を追いかけながら、完全に事態の収拾を諦めたような遠い目をしていた。




