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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第22話 変顔プリクラ

(ソニア、いいですか。家を出る時は特に慎重に行動してください。隣の大河内おおこうちさんにだけは、絶対に、何があっても見つかってはなりません!)

 私は脳内で厳しく警告した。先日、ゴミ捨て場で大河内さんに勘違いされたトラウマが、いまだに尾を引いているのだ。

『わかってるって。バレなきゃいいんでしょ?』


 ソニアは私が用意しておいた、足首まである地味なベージュのロングコートを羽織り、さらに顔の半分が隠れるほどの巨大な黒いサングラスをかけた。

(……それはそれで、完全に不審者ですが。大河内さんに泥棒猫だと思われるよりはマシです)


 私たちは息を潜め、玄関のドアをそっと開けた。

 左右を確認し、誰もいないことを確かめると、音を立てないように素早くエレベーターに乗り込む。マンションのエントランスを抜けるまで、私の心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。


『ふぅー、ミッションコンプリート!』

 マンションの敷地を出て、駅前の人混みに紛れ込んだ瞬間、ソニアは大きなサングラスを外し、ロングコートを脱いで健太郎さんにバサッと押し付けた。


『あー暑かった! これでやっと解放されたー!』

 ヒョウ柄のキャミソールとショートパンツという、刺激的すぎる本来の姿を白日の下にさらすソニア。

「あはは、そーぽよちゃんは本当に元気だなあ」

 健太郎さんは嫌がる素振りも見せず、私のロングコートを自分の鞄にしまってくれた。


『夫ちゃん、早く早く! 行きたいところいっぱいあるんだから!』

 ソニアは健太郎さんの腕にギュッと自分の腕を絡め、ピッタリと密着した。

(ちょ、ちょっと! 外でそんなにベタベタと腕を組んで歩くなんて! 破廉恥はれんちすぎます、離れてちょうだい!)


 私の脳内での絶叫を無視して、ソニアは豊かな胸を健太郎さんの腕に押し当てるようにして歩き出した。

「おっと、そーぽよちゃん、歩きにくいよ」

『えー? デートなんだから、腕組むの普通っしょ!』

 健太郎さんは苦笑いしながらも、振り払うことはせず、そのままの体勢で歩調を合わせてくれた。


 +++


 繁華街に到着すると、そこは若者たちであふれ返っていた。

 公務員である私は、普段このような喧騒けんそうに満ちた場所には絶対に近づかない。効率的な買い物を済ませるなら、郊外の大型ショッピングモールの方が理にかなっているからだ。


『うっひょー! まずはプリ撮ろ!』

 ソニアが健太郎さんを引っ張って入ったのは、最新のプリクラ機がズラリと並ぶゲームセンターだった。


「プリクラなんて、学生の時以来だなあ」

『夫ちゃん、ピースピース! もっと顔寄せて!』


 狭いブースの中で、フラッシュが瞬く。まずは普通にピースサインを決めて一枚撮影した。ソニアは健太郎さんにピッタリとくっつき、私は脳内で(密着しすぎです!)と叫んでいたが、事態はここからさらに悪化した。


『よーし、次は変顔いってみよー!』

「えっ? 変顔?」

『そ! 夫ちゃんもやって! ほら、アタシは……んーっ、寄り目からの~ひょっとこ口!』

 ソニアは目を思い切り中央に寄せ、アヒル口を尖らせた、地方公務員としてはあり得ない強烈な変顔を披露した。


「あはははっ! そーぽよちゃん、それやばいよ!」

 健太郎さんがお腹を抱えて笑い出す。


(ちょっと! 私の顔でなんてふしだらな顔を! 絶対にやめなさい!)

 私は強烈な羞恥心から、かつてスーパーで左腕を強引に動かした時のように、全精神力を顔面の筋肉に集中させた。

(顔の筋肉よ……戻りなさい!)


 私が顔面を強引に引き戻そうと力を入れた瞬間――ソニアの意思と私の意思が顔の筋肉で激しく衝突した。


『ちょっ!? ゆいぽん、顔面に力入れてくんな! ルール違反だ!』

(あなたこそ、変な顔をやめなさい!)


 寄り目から戻ろうとする眼球と、それを維持しようとするソニア。結果として、片目は寄り、もう片方はカッと見開き、口角が片方だけ異常に吊り上がるという、まるで歌舞伎役者が大見得おおみえを切ったような凄まじい形相が完成してしまったのだ。


「ぶっ! あはははははっ!! そーぽよちゃん、なんだよその顔! 歌舞伎!? 最高すぎるんだけど!」

『ああっ、顔面崩壊してんじゃん! ちょっと待って!』

「はい、チーズ!」

 パシャッ!

 健太郎さんが涙を流して大爆笑しながら、容赦なくその『大見得』の瞬間をカメラに収めてしまった。


 出来上がったシールには、過剰な画像処理アルゴリズムによって宇宙人のように目が大きくなった上に、見事な歌舞伎の見得を切っている『顔面崩壊ギャル』と、隣で爆笑する『爽やかイケメン』が写っていた。


『あはは! マジ盛れた……いや、これ盛れてんのか? でもウケるからスマホの裏に貼ろっと!』

「ふふっ、すごい破壊力だね。俺も記念にもらっておくよ」

 健太郎さんはその奇妙すぎるシールを、笑いを堪えきれない様子で財布にしまった。


 その後も、ソニアの欲望のままにデートは進んだ。

 行列のできるクレープ屋に並び、生クリームとイチゴがたっぷり乗ったクレープを健太郎さんと「あーん」と食べさせ合う。

(路上での飲食は行儀が悪いですし、何より糖質と脂質の暴力です! 血糖値が急上昇してしまいます!)


 さらにカラオケボックスに行けば、ソニアはマラカスを両手に持ち、アップテンポなアニソンやパラパラの曲を大音量で歌い踊った。

『イェーイ! 夫ちゃんもマイク持って!』

「オッケー! フゥー!」

 健太郎さんも一緒になってタンバリンを叩き、普段の冷静な営業マンの姿からは想像もつかないほどはしゃいでいた。


(……うるさい、うるさすぎます。私の鼓膜が破れてしまう)

 私は脳内で文句を言い続けながらも、視覚を通して流れ込んでくる健太郎さんの心からの笑顔に、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

 私といる時の彼は、いつも優しくて穏やかだ。でも、こんな風に声を上げて笑ったり、子供のようにはしゃいだりする姿は、今まで一度も見たことがなかった。


(……ソニアといる時の健太郎さんの方が、楽しそう……)

 自分自身が生み出したイマジナリーフレンドへの、説明のつかない嫉妬心しっとしん。それが胸の奥に黒い染みのように広がっていくのを感じていた。

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