第19話 義母襲来
『うっひょー! このジャケ、マジでアガる! 夫ちゃん、センスいいじゃん!』
「おっ、それ聴いてくれるの? 俺もまだちゃんと聴いてなかったんだよね」
『任せて! こういうのは爆音で聴くに限るっしょ!』
ソニアはレコードをセットすると、アンプのボリュームのつまみを右へ大きく回した。
(やめなさい! スピーカーの出力設定が……!)
ズンッ! ドッ! ズンッ! ドッ!
腹の底に響くような凄まじい重低音と、シンセサイザーの派手な電子音が、静かだったリビングを一瞬にしてクラブのフロアへと変貌させた。
『っしょー! テンションぶち上げなんですけどー!』
(近所迷惑です! マンションの規約で騒音は……ああもう、早く音を下げて!)
私の抗議も虚しく、ソニアは音楽に合わせて体を激しく揺らし始めた。
『あ、そうだ。この服じゃ全然踊れないじゃん! ちょっと待ってて!』
そーぽよは寝室へ駆け込み、クローゼットの奥からあのフリフリのギャル服を引っ張り出して、凄まじい早着替えを披露した。
リビングへ戻ったソニアは、完全にクラブにいるギャルそのものだった。
『いくよー! 夫ちゃんも一緒に!』
ド派手な服を着た私の体が、爆音のユーロビートに合わせて激しく腰を振り、パラパラのようなステップを刻み始める。
(あああ! 私の体でそんな破廉恥な動きをしないで! それに、そんな爆音を流したら壁ドンされます!)
しかし、健太郎さんは壁ドンどころか、ソファから立ち上がってノリノリで手拍子を始めた。
「いいねいいね! そーぽよちゃん、最高! フゥー!」
『夫ちゃんも踊ろ! ほら、手はこう!』
「こう? あはは、なんか懐かしいノリだな!」
敏腕営業マンとして普段は完璧なスーツを着こなしている彼が、スウェット姿で私の顔をしたギャルと一緒に、リビングのど真ん中で狂ったように踊っている。
(……どうしてこうなったのよ)
私は意識だけの金縛り状態の中で、視覚と聴覚から流れ込んでくるカオスな状況に、ただただ呆れ果てて耐えるしかなかった。
音楽は最高潮に達し、ソニアのテンションは天井知らずに上がっていく。
『イェーイ! マジ最高! もっと音上げちゃお!』
(もうやめて……誰か、助けて……)
私が心の底から神に祈った、その時だった。
ピンポーン。
爆音のわずかな隙間にインターホンの音が、リビングに鳴り響いたのだった。
+++
ピンポーン。
『ん? 誰か来たみたいだよ、夫ちゃん』
「え? あ、本当だ。ちょっと待って、モニター見るから」
健太郎さんが音楽のボリュームを少し下げ、インターホンのモニターを確認する。次の瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「……嘘だろ。母さんだ」
『えっ、お義母さん?』
(お義母様!? 予定では三時間後にお見えになるはずでは!?)
脳内で、私は絶叫した。
健太郎さんの母・瀬戸芳江さんは、明るく社交的なマダムだが、少し空気が読めずアポなしや予定変更で突然やってくる癖がある。今日もうちに来る予定にはなっていたが、まさかこんなに早く来るとは。
(ソニア! 早く体の主導権を戻してちょうだい! 私が着替えてメイクを落とすまで、絶対にドアを開けてはダメです!)
私は今まで義母に見せてきた完璧な嫁の仮面が剥がれ落ちる恐怖に、意識だけの状態でパニックに陥った。義母からの私の好感度は、「地方公務員というお堅い肩書」と「控えめで真面目な態度」だけでかろうじて高く保たれているのだ。こんな、フリルのついたミニスカートに濃いギャルメイクで、しかもリビングでクラブのような爆音を鳴らしているところを見られたら、すべてが終わる。
しかし、私の必死の訴えを、主導権を握るソニアが聞くはずもなかった。
『なんだ、お義母さんじゃん! アタシ挨拶してくるー!』
「えっ、ちょ、そーぽよちゃん! その格好で出るのはどーかな」
健太郎さんが止める間もなく、ソニアは軽い足取りで玄関へ向かい、躊躇なくドアをガチャリと開けてしまった。
「ごめんねー、予定より早く着いちゃって……あら?」
ドアの向こうに立っていた芳江さんは、パステルカラーのブラウスに華やかなスカーフを巻いた、いつもの上品なマダムの装いだった。しかし、目の前に現れた嫁の姿を見て、完全に言葉を失っている。
『お義母さーん! チッス! マジウケる、こんな早く来るとかウルトラCなんですけどー!』
ソニアは右手でピースサインを作りながら、ギャル全開の挨拶をかました。




