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夫が私のイマジナリーフレンドと浮気しているようです ~清楚で堅実な私と、脳内ギャルの親友。夫が愛しているのは、さぁどっち?~  作者: 団田図


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第18話 爆音のユーロビート

 休日の昼下がり。穏やかな陽光が差し込むリビングには、微かに『パチ、パチ』というノイズを伴いながら、穏やかなクラシック音楽が流れていた。

 私はリビングの床に正座し、レコード盤に専用のクリーナー液を数滴垂らすと、ベルベット素材のクリーナーを滑らせていた。

(よし。中心から外側へ、完璧な同心円を描くように……)

 チリ一つない黒光りする盤面を見つめ、私は静かな達成感を味わっていた。


結衣ゆい、いつも本当に丁寧に手入れしてるね。俺が勧めた趣味だけど、すっかり結衣の方がハマっちゃったみたいだ」

 ソファでコーヒーを飲みながら、健太郎けんたろうさんが微笑ましそうに声をかけてくる。


「ええ。健太郎さんのおかげで、素晴らしい趣味に出会えました」


 私はクリーナーを置き、レコードを専用のインナースリーブに慎重に収めた。

 結婚当初、私の趣味といえば休日に図書館で借りた実用書や専門書を読むことくらいだった。そんな私に、健太郎さんが「音楽を聴きながらリラックスするのもいいよ」と勧めてくれたのが、このアナログレコードだったのだ。

 しかし、私の楽しみ方は一般的な音楽鑑賞とは少し違っていた。もちろん環境音や静かなクラシックを聴くのも好きだが、何よりこの『レコード盤を専用クリーナーで完璧な同心円を描いて磨く』というメンテナンス作業と、『ジャンルと年代別にインデックスをつけて棚に美しく収納する』という管理作業に、たまらない合理的快感を見出していたのだ。


「でもさ、たまにはもう少しアップテンポな曲も聴いてみない? 前に俺が買ったやつとかさ」

 健太郎さんが棚の端を指差す。そこには、私の厳しい審査を通過できず、ジャンル分けからも除外された数枚のレコードが肩身狭そうに追いやられていた。

(あれは……)

 私は少しだけ眉をひそめた。

 あれは数ヶ月前、健太郎さんが仕事帰りに中古レコード店に立ち寄り、「ジャケットが最高にクールだったから!」という理由だけで買ってきたものだ。

『健太郎さん。内容も確認せず、視覚情報だけで購入するのは極めて非合理的です。それに、このBPMテンポが早すぎる音楽は、心拍数を無駄に上昇させ、リラックス効果を著しく損ないます!』

 当時の私は、彼がジャケ買いしてきたそのEDMやユーロビートのレコードを前に、こんこんと説教をしたものだ。結果として、それらのレコードは一度も針を落とされることなく、棚の肥やしとなっていた。


「アップテンポな曲は、作業効率を落とします。休日は心身を落ち着かせ、来週の業務に向けたエネルギーを蓄えるべきです」

 私がきっぱりと答えると、健太郎さんは「あはは、結衣らしいや」と苦笑いしてコーヒーを啜った。


 ふう、と一息つき、私は次のレコードを取り出そうとした。

 その時だった。


〈ゆいぽん! ゆいぽーん!〉

 脳内に、鼓膜を突き破るような大音量の声が響いた。

(……ソニア。静かにしてください。今は神聖なレコードのメンテナンス中なんです)


〈静かすぎ! マジで息が詰まるんですけど! お経みたいなクラシックばっかりで、アタシの魂が干からびちゃうよぉ!〉

(クラシックはお経ではありません。歴史的価値のある芸術です)

〈いいから! アタシに一時間だけ体貸して! もっとアガる音楽聴きたいの!〉


 脳内でギャーギャーと騒ぎ立てるソニアの執念に、私は思わずこめかみを強く揉み込んだ。

「結衣? どうしたの?」

「あ、いえ……。ソニアが、静かすぎて息が詰まるから表に出たいと騒いでおりまして」

 私がため息交じりに告げると、健太郎さんは目を輝かせた。

「おお、そーぽよちゃん! いいじゃないか、交代しておいでよ。そーぽよちゃんも休日は楽しんだ方がいい」

(健太郎さん……あなたが甘やかすから、彼女がつけ上がるんです)


 とはいえ、このまま脳内で騒がれ続けては私のリラックスタイムも台無しだ。

(……わかりました。一時間だけよ。絶対に部屋の中で大人しくしていること)

 私が渋々承諾した瞬間、カチリと頭の奥でスイッチが切り替わった。


 +++


『っしゃー! アタシのターン!』

 主導権を握ったソニアの体は、弾かれたように立ち上がった。

おっとちゃん、チッス! 今日もイケメンだねー!』

「やあ、そーぽよちゃん。元気だった?」

『元気元気! でもこのお通夜みたいなBGMはマジ無理卍丸! チェンジで!』


 ソニアは迷うことなくレコードプレーヤーに近づき、私が先ほどまで丁寧に聴いていたクラシックのレコードを雑に取り外した。

(ちょっと! 盤面に素手で触らないで! 指紋がつきます!)

 脳内で絶叫する私を完全に無視し、ソニアは棚の隅へと向かった。そして、私が隔離していた例の『ジャケ買いレコード』の山から、ひときわサイケデリックな色合いのジャケットを引っ張り出した。

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