大義と策謀
夏映は膝を折って座ると、カプセルのにいる若い男性に日本語で話しかけはじめた。多分彼女と同じぐらいの年齢だろう。20代半ばぐらいだろうか?
「元気だった? お見舞いに来たよ」
当然返事はなかったが、普段のクールな彼女とは別人のように優しい声だ。当たり前だし残酷な現実だが、昏睡状態の男性に夏映の声は届いておらず、いらえはない。
蒼介は、見ていてやるせない気持ちになった。何かを口にしようとしたが、言語にならない。
チャマンカ星に降り立ったズロッシャイ中佐は、首都のズワンカ市でバサニッカ総理と2人だけで会った。
他には誰もいない。
「この部屋は盗聴されてない。忌憚のない話をしようではないか」
首相は笑顔で、切り出した。それは魅力的な、人をひきつけるスマイルだ。
『氷の女』と称されるバサニッカだが、この笑みで多くの支持者を虜にしたに違いないと、中佐は感じる。
「と、おっしゃいますと?」
ズロッシャイは慎重に疑問を呈した。
「実はわたしはクーデターを計画している。そこで君にも、協力してほしい。無論、タダでとは言わない。前金を払う」
バサニッカは、金額を提示した。目が飛びでそうな数字である。
「そして成功の暁には、ダラパシャイ星の独立を認めよう。つまりは選挙で君達が、自分達の指導者を選べるようになるのだ」
「そう申されましても、自分は一介の軍人に過ぎません」
「道化芝居は、やめようじゃないか。君が反チャマンカ分子のメンバーなのは、すでにこちらは把握している。私は以前から、ダラパシャイの独立を認めても良いと考えていた。が、議会の多数派は、そうは考えていないのだ。クーデターでわたしが全ての権力を握れば、君達は解放される」
一瞬ズロッシャイは、どう返答すれば良いのかわからなかった。
ズロッシャイにパルチザンなのをカミングアウトさせて、逮捕するつもりかもしれない。
「まあ、すぐには回答できんだろう。2、3日なら回答を待つ」
ピンクの毛皮に包まれた顔が、澄んだ笑みを浮かべている。
ズロッシャイは熟考したうえ、バサニッカの話を受けると決定した。
口約束で終わるかもしれないが、すでにダラパシャイ星はチャマンカ帝国の侵略に屈してから数世代を経ており、今も独立につながるような糸口をつかめずにいる。
その間ダラパシャイ人は戦士として銀河系のあちらこちらで戦わされ、多くの者が死んでいた。
ダラパシャイ星にいるガッシャイ教授には連絡はしていない。
教授からは、状況に応じて臨機応変に動くよう言われていた。
量子テレポートを使った暗号通信で指示を仰ぐのも考えたが、暗号通信の内容が絶対に解読されてないという確証はない。
クーデターに加勢するなら、秘密が露見するリスクは、極力防ぎたかったのだ。
ズロッシャイは一旦軌道上にある、ここまで乗ってきた宇宙艦に戻った。
そして部下の中でも特に信頼できる者を5人集める。5人共、反チャマンカ分子のメンバーだ。
盗聴されてないのが確実な部屋で、暗号言語で会話をした。
「率直に話そう。バサニッカがクーデターを起こす。俺達にも協力するよう依頼があった」
ズロッシャイの発言に、どよめきの声が出る。
「まだ返答はしてないが、この話受けようと思う。まず高額の前金が貰える。半分は革命資金としてプールするが、残りは参加した兵士全員に当分して支払う。そして成功すれば、ダラパシャイは独立できると約束された」
「でも、バサニッカの話が信用できるんですか? クーデターが成功しても、約束は果たされないかもしれないですよね?」
部下の1人が発言した。
「チャマンカの侵略以来、すでに数世代を経ているが、未だに悲願の独立は、果たされていない。今度の件は、俺達に残された数少ないチャンスだと思う。それに今度の話を断って、俺達が無事という保証はない。チャマンカに来た我々全員が、口封じのため殺されるかもしれんしな」
室内に、重苦しい沈黙が漂った。
「実は、俺に秘策がある」
ズロッシャイが、しばらくしてから口を開いた。




