第二十七話
高本と江森は元居た下り線のホームへと向かう。出来ればこの辺りで小鳥遊さんと遭遇しておきたい所だがそこまで上手く事は運ばない。
携帯電話のライトで挑発するように周囲を照らすようにする。
しかし特に反応はない。
高本は線路で待つのを諦めて下り線のホームへと手を掛けた。
「やはりここにはいませんね。上の階へ向かった方がいいんでしょうか?」
先にホームへと上がっていた江森が上から高本に声を掛ける。
高本はホームへとよじ登りながら、「そうだな」と一言返す。
そして上った後に服に付いた汚れを払いながら江森に声を掛ける。
「とりあえず上に行くか?」
「出来ればこの階で片を付けたい所ですが」
「まあそうだな。でも今一番やってはいけないのはこちら側のホームではなくあちら側のホームに小鳥遊が行って待機組のみんなが襲われる事だ」
「なるほど。となると相手の領域に入る覚悟はしないといけませんね」
「そうだな」
高本は江森に頷き返し、正面にある階段に目を向ける。
いっそここから大声で叫んでおびき寄せたいという考えがちらりと頭を過る。しかし流石にそれは無謀過ぎるだろうと言い聞かせて、普段生活している時と同じように何も意識せず階段に足をかけた。
その時ふと堅田の事を思い出してそちらを確認する。
…………ない。
一度目を閉じて再度元々あった場所を集中して見る。やはりない。
江森も同じように堅田の死体を探していたようで高本に声を掛ける。
「……やはり、ありませんね」
「そう、だな」
これが意味する事は一つだ。
次の目的地が決まった所で次の段へと足を進めた。
静寂は広がるはずの階段ではパタパタと靴の音が響く。足音を消すように意識しなければこれだけ響くのかと心の中で思っているうちに上階に辿り着く。
そしてそこに着くなり高本は周囲をライトで照らす。
……特に何も気配はない。足音も聞こえない。
それを確認して高本は江森に合図を出した。
先程まで隠れていたトイレの前を通過して目的の場所の近くに着く。警戒心を最大にして足を忍ばせる。
その時、何かが足に当たる。
高本はその違和感に目を向けるとそこには一つの携帯電話が落ちていた。それは未だにライトがついており今は亡き御主人を待っているかのようにも見えた。
高本はそれを拾い上げてライトを消してポケットに入れる。
そして江森に小声で話しかける。
「逃げる準備をしておいてくれ」
「……はい」
そう言って江森は高本から一歩離れて背を向ける。
高本はそれを確認した後、小さく深呼吸をした。
「出てこい小鳥遊!」
そんな言葉をライトの範囲外にある駅長室に向かって怒鳴りつけた。
高本と江森は息を呑む。
今の所何も反応がないように感じる。しかし油断は出来ない。
鼓動が早くなるのを感じながらその時を待っていた。
…………しかし、反応がない。
外したかと諦めようとしたその時!
突然近くからあの重苦しい気配を感じた。
「やばい!」
高本は慌てて江森に状況を確認する。
「どっから来ている?」
「恐らく……」
江森がそこまで言おうとした所でようやく高本もこの空気の発生源を特定する。
「改札からだ!」
そう叫んで脱兎のごとく階段へと駆け出した。
江森も一歩遅れて走り出す。
今更足音なんて気にしていられない。そういうかのようにバタバタと足音を鳴らして二人は階段まで戻る。
そこに到着すると高本は階段を数段飛ばしで駆け抜けていく。江森はそれに遅れないように足の回転数を増やして降りる。
しかし江森は高本に中々追いつけない。
高本は下の階に辿り着くと後方を振り返る。
江森は階段の中腹におり、小鳥遊は上の階から今まさにその階段を降りようとしている所だった。
「早く! そこまで来ている!」
高本はそう叫んで再度走り出す。
そうして線路に飛び降りて下り線と上り線の境界を作る柱の間からもう一度江森の様子を伺った。
江森は丁度階段から降りた所のようで息を切らしながらもこちらへと走って来ている。
しかし江森から五メートルも離れていない所に小鳥遊は迫っていた。
「早く!」
そう声を掛けると江森は声を出さない代わりに手を前へと振る。
恐らく先に行けという事だろうと考えて江森の事で後ろ髪を引かれる気分ではあるがそのまま上り線のホームへと駆け出した。
帆秋と釜石が高本と江森が出てくる予定の場所を照らしていると、そこから一つの光が見えてきた。
その光はかなり揺れている。
何かに追われている。
大里はそう直感的に感じた。その時に、「早く!」という高本の声が響いてきた。
その声を聞いた帆秋が不安そうに口を開く。
「やっぱり小鳥遊さんに追われているみたいね。あなたは準備出来てる?」
それに対して大里は、「はい!」と大きな声で返す。
帆秋はその声を聞いて覚悟を決めたのかそれ以上言葉を返さなかった。
その時に高本が柱の間から出てくる。それが帆秋と釜石の光によって照らし出されていた。しかし、そこに江森の姿はない。
高本は息を切らしながらホームに手を掛ける。そして崖から這い上がるかのようにホームに転がり込んだ。
そして遅れてすぐに江森が現れる。
しかしそのすぐ後ろには小鳥遊さんがいた。
高校生の制服に身を包んだ少女。しかし、その服の下からは常に血が流れ続けている。本来顔があるはずの所には何もなくただ黒く埋め尽くされていた。
沢山の人を殺してきたその少女は恐らく誰に聞いても冷酷な殺人霊だと言うだろう。しかし、大里にはその姿がまるで誰かに助けを求めるか弱い女子高生に見えた。
「叫べ!」
そんな声を聞いて大里はハッとする。
誰の声かは分からない。しかしその声に流されるように大里はホームに手を掛けようとする小鳥遊を見下ろす。
今までに殺された者達の恨みや苦しみ。残された者達の悲しみ。そして今日殺されてしまった者達の気持ちを代弁するかのように構内に響き渡るほどの声で言い放った。
「スティ、詩音!!」
その声を聞いた小鳥遊詩音は一瞬動きが止まる。
そしてその一瞬の間の後に電車が目の前の線路を走り抜けた。
電車が通り抜けた線路には何もいない。
まるで最初からそこには何もいなかったんだと言われても信じてしまうくらい何一つ痕跡がなかった。
しかし目の前に痕跡がなくとも明らかに先程と違う事がある。
そう、空気が軽いのだ。
日常へと戻ってきたという実感が胸からこみ上げてくる。
「ああ、良かった」
大里はふとそんな言葉を漏らす。みんなも同様に感じていたのかその言葉を皮切りに各々が喜びを爆発させていた。
もう一本電車が通過するのを見送ってから高本が口を開く。
「さて、恐らく助かったんだがまだ予断を許さない」
「林さん、ですね」
先程ぎりぎりのタイミングで高本に引き上げられた江森はホームに腰を下したままそう言う。
「そう。だが全員が行っても仕方がない。だから釜石。ついてきてくれるか? 上弦駅まで行って駅員を呼んで来たいんだ」
「分かりました。では早速行きましょう!」
そう言って釜石はすぐに立ち上がる。
観月駅内は暗い。
釜石と高本は各々のライトを取り出してその先へと向かっていった。
何回か電車が横を通り抜けるが人一人分くらいならばすき間がある。
十分に一本ペースで走る電車を横目に二人は上弦駅へと足を進める。
二人は無言のまま歩を進めていたが、暫くして高本が釜石に声を掛ける。
「依頼人はお前か?」
「依頼人?」
「ああ」
「何ですかそれは?」
そう言って釜石は首を傾げる。
「僕が勤めている探偵事務所に一つの依頼が来たんだ」
「………………」
「しかも匿名で。わざわざ郵送して、だ」
「………………」
「断ればいいものを、うちの社長が大金を貰った以上受けないわけにはいかないなんて言い始めたせいで結局僕が行くはめになった。しかもこんなイレギュラーなやり方だから内密に頼むとも言われた時は流石にキレそうになったよ」
それを聞いて釜石は苦笑いする。
「それは……大変ですね。でもこうして無事解決出来て良かったじゃないですか」
「ああ。良かったよ。でもそこまでしてどうしてこの怪奇現象に首を突っ込みたかったんだ?」
執拗に裏を探ろうとする高本に釜石は先程までの表情と一変してしかめっ面になる。
「…………何故俺が依頼人だと思うんですか?」
「……まあ一つ言えるのはいくら小さい探偵事務所とはいえ探偵事務所である以上そういった事には長けてるんでね」
「なるほど。元々知っていたんですね」
「いくら社長の命令とはいえこんな訳のわからない依頼をしてくる奴の前調査をしない訳に行かないだろ」
「流石にそうですね。それは申し訳なかったです。こんな依頼をしても絶対受けてくれるとは思っていなかったので」
そう言って釜石は申し訳なさそうに俯く。
しかし、高本はそんな様子の釜石に笑いかける。
「まあ良かったな。ベスト、とは言えないだろうがまだギリギリベターで済んだんじゃないか。……さて着いたぞ!」
その言葉を聞いて釜石は顔を上げる。そこには煌々と煌めく電灯の姿があった。そしてホームにいる乗客や駅員は線路から現れた異邦人達に驚き騒ぎになっている。
しかしそんな騒ぎでさえも今の自分達には暖かく聞こえるのであった。




