第二十六話
大里は思いついた考えを頭の中で反復する。しっくりとは来ているがやっている事は単なる駄洒落だ。
しかし、これなら間違いないのではと直感してしまった頭では他の選択肢を考える事は出来ない。
とりあえず言ってみよう。
もやもやする心にそう言い聞かせて大里は小さく息を吐いてからみんなに声を掛けた。
「皆さん」
「どうした?」
「実はひとつ先程の呪文について思い至った事があります」
「それは本当か?」
「はい」
高本の質問に大里は堂々として答える。何か糸口を見つけたのだろうかと期待の眼差しを向けて大里が発する言葉にみんなは注目する。
大里は果たしてこの答えでいいのだろうか?
口に出す直前まで大里は思案し、最後に覚悟を決めてその言葉を発した。
「スティ、詩音。それがここから出るための呪文です」
それを聞いて考える者、頷く者、顔を顰める者など様々だ。大里は周囲の反応を気にしながらこの沈黙を耐える。
「スティ詩音か。確かに聞きようによってはステーションに聞こえなくもない」
沈黙を破るように声を発した釜石は新しい選択肢に目を輝かせる。
「確かに。特におかしな所はありませんね」
釜石の言葉を自身の頭の中に持ち込んで独自に分析した江森も晴れた表情をして大里を見た。
大里は二人の称賛を得て不安でいっぱいだった心が軽くなった気がした。
後は高本と帆秋だけだが……。そう思い二人を見る。
その視線に気付いたのか帆秋は顔を上げて大里を一瞥する。そして先程大里に賛同していた二人の方を見て口を開く。
「あなたたちは彼女の意見に賛同しているみたいだけど本当にいいのかしら?」
「それはどういう意味ですか?」
威圧的な態度を取る帆秋に釜石はムッとした表情を見せて言葉の真意を探る。
「例えば呪文を唱えるとか言っているけど、そこに書かれている事が真実とは限らないでしょ。現にそこから先が書かれていないじゃない」
「いや、それはここから脱出したんじゃないですか?」
「じゃあ何でノートをここにおいて行っているのよ。持ち帰ればいいのにね」
「………………」
釜石は帆秋の問いかけに答えられる武器がなく黙り込む。そして畳みかけるように更に言葉を浴びせる。
「それに仮に呪文が本当だったとして呪文を叫ぶ時は小鳥遊さんがここに来ないといけない。その時の作戦はどうするのかしら?
そしてここに小鳥遊さんを呼ぶという事は失敗したらどうなるかわかるわよね?」
とどめを刺された釜石はそれ以上の声を出す言葉なく一歩後ずさりする。
そこまで聞いて大里も表情を曇らせる。
帆秋に言うようにこの呪文は間違いないと自信を張れるものではない。
もし失敗したら全滅は免れない。
……それだけは出来ない。
大里は唇を噛む。
やはり私では何の助けにもならなかった。
でもそれも仕方ない。そう心を説得して別のアイデアを考えようとした時に高本が声を上げる。
「いや、これでいこう」
唐突な発言に全員が戸惑う。
「これでいこうって……。もしかして私の意見を採用するって事ですか?」
「ああそうだ。いいじゃないか。その駄洒落」
「そう、ですか? でも、どうやって実行するんですか? 先程帆秋さんも言っていた通りこの言葉で合っている確証もないし、もし違っていた場合は全滅してしまいますよ?」
「まあ、その時はその時だな」
「……楽観的なんですね」
大里は呆れたようにそう言う。
その大里に弁明するように高本は一言付け加える。
「別にこれしかないからこれにしようって言う訳じゃない。単純に自分の持っている情報と照らし合わせて考えてみると、これが一番辻褄合いそうな気がしただけだ」
「そうなんですか」
高本にそう言われて嬉しいような、褒められてむず痒いような気分だ。
「じゃああなたがそうするとしてどうやってその作戦を実行するのよ。小鳥遊さんが視界に入った時には一瞬の内に追いつかれて殺されるだけよ。呪文を言う隙なんてないわ」
帆秋はわなわなとしながら高本に質問を投げつける。それに対して一歩も引く事なく高本はその作戦を告げる。
「このホームを使う」
そう言って自分達の胸元か、人によってはもう少し上にあるホームを指差す。
「僕達はこのホームの上で待機する。小鳥遊さんが線路側から来れば迎え撃つ事が出来る。そしてここで仕留める。幸いホームの上にさえいればすぐに殺されはしないし、十分に呪文を言う時間はあるだろ」
「でも小鳥遊さんが線路側から来るなんて保証はどこにもないじゃない。もしかするとこちら側のホームから来るかもしれないでしょ?」
「ああ、そうだな。……だから囮を使う」
高本は表情一つ変えずにそう言い切る。
確かに囮を使えばおびき寄せる事は可能だろうが囮役はかなり危険だ。果たして誰がそんな事をするのだろうかと大里が疑問に持った時に高本は続けて口を開いた。
「もちろん囮役は僕が引き受ける。それなら文句はないだろう? もちろんそれでも信用出来ないのなら同じように行動しなくても問題ない」
今度は帆秋だけではなく大里や釜石、江森を順々に見ていく。
まるで何かを試されているようだ。
でも自分自身の意見を踏まえてここまで考えてくれている。それが大里にとって妙に嬉しかった。
自分の考えならば悔いはないだろう。そう心に言い聞かせて大里は手を挙げた。
「私、高本さんの考えに乗ります」
それを見て高本は小さく笑みを浮かべる。
「そうか。それは助かる」
大里は高本のその言葉に対して頷き返した。
その一連の流れを見て江森と釜石も一歩遅れて名乗りを上げる。
帆秋はそれに対して恨めしそうに見ながら渋々承諾した。
「分かったわよ。死なばもろともよ」
「まあ、死ぬ気はないがな」
高本は帆秋にそう軽口を叩いた。
「じゃあ準備をしないとな」
「準備?」
「ああ。ここに誘き出すのはいいとして真っ暗じゃ話にならない。僕の頭の中では誰か一人が例の呪文を唱えて後の人でその周囲を照らすのがいいと考えている。
あ、後一人は囮か」
「なるほど。そう言う事なら大里さんが呪文を唱えればいいと思うわ。この作戦の言い出しっぺでしょ」
「はい。そういう事なら」
「よし。じゃあ僕は囮として三人はどうする?」
高本は江森と釜石の二人を見る。釜石は高本にそう問われても迷うことなく口を開く。
「じゃあ俺は上からライトを照らします。まだ充電もしっかり残っているんで」
「そうか。じゃあ頼む。じゃあ江森さんもライト係でいいか?」
高本が江森にそう尋ねるも江森はすぐには頷かない。
「一つお聞きしたいんですが囮役って一人で足りますか? もしよろしければ高本さんと一緒に私も行きますよ」
「二人、か」
確かに二人いた方が小鳥遊さんを見つけやすい。それに仮に一人が捕まってもみんなに報告する人は必要だ。
高本はそこまで考えて江森に口を出す。
「じゃあお願いしてもいいか?」
「はい。分かりました」
高本は帆秋以外の行動指針を確認して帆秋に話しかける。
「帆秋さんはライト係でいいか?」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「分かった。じゃあ善は急げだ。早速行きたいんだが準備は大丈夫か?」
そう言って高本は江森に声を掛ける。
「準備といっても特にないですよ」
江森は足の筋を伸ばしながら高本に返事をした。その様子を見て、「確かにな」と小さく笑いながら呟いた。
「よし。じゃあ行ってくる」
彼らはここに残ったメンバーを名残惜しむ訳でもなくそれだけを言い残して闇へと消えていく。
大里はその姿を見て、
「……気を付けて」
と心配そうに声を漏らした。
二人の背中が柱の間に消えていこうとしている時に後ろから誰かに肩を叩かれる。それに反応して振り返ると帆秋がライトを照らして立っていた。
「さあ、準備をするわよ。もう彼らがいつ来てもおかしくないんだから」
「そうですね」
大里は短くそう返し、最終決戦となる舞台に手を掛けた。




