第二十四話
「じゃあ、任せる」
高本は大里にそう言って肩を叩く。大里はそれを振り払いながら、「はい。大丈夫です」と返事した。
高本はそれに少し複雑な気分になりながらもそのことを一旦忘れて釜石に声を掛ける。
「じゃあ釜石。先導をよろしく頼む」
「はい」
釜石は無理矢理明るい返事を作り声に出す。
その返事に続けて出発の音頭をとる。
「では皆さん。この先に進みましょう。再び暗闇が続きますが何かあったら叩くなり触るなりして合図を送ってください」
そう言って釜石は高本と帆秋の顔を見る。
二人は釜石の提案に頷いて同意する。
それを確認した後、釜石は暗闇の中へと足を進め始めた。
その後を高本と帆秋は釜石を見守るようにその後をついていった。
大里は彼らが暗闇の中へ消えていく瞬間までその様子を見守る。一か零かというように一瞬で見えなくなった訳ではない。徐々に消えていき気付いた時には見えなくなっている。
大里は微かに見えるか見えないかの際まで彼らが歩いていった時に一度瞬きをする。次に目を開けた時にはもうそこには暗闇が広がるだけだった。
それを確認して大里は江森に声を掛ける。
「彼らが駅まで到着したら迎えに来てくれる手筈ですよね?」
江森は林を視界の外へ外さないように位置取りながら大里の質問に答える。
「詳しく話していませんでしたがそうだと思います」
「じゃあそれまでの辛抱ですね」
「ええ。でも待っているだけが仕事ではありません」
そう言って林は一度林に目をやる。それにつられて大里も林を見る。
特に先程と比較しても何の変化もないように見える。
林は体調が悪い事を隠していたのだろうか。それとも気付かなかったのだろうか。どちらにしてもここまで引っ張ってきてくれた事には感謝しかない。
その眼差しで林を見ていると江森がふと大里に話しかける。
「大里さん。これは言っていいかどうかわからないんですが……」
「どうしましたか?」
「……大里さんって高校生の時は違う苗字だったそうですね?」
「……ええ。そうですよ。どうしてそれを?」
「林さんはその事について謝っていました。あの居町高校の事件のせいで名前を変えることになってしまった、と」
「……確かに、そうですね。でもそれだけのせいではないですよ。うちの家では元々両親の仲が良くなかったのでいつかこうなるだろうとは思っていました。そのきっかけとして居町高校の事件があるだけで、居町高校の事件が全て悪いという訳ではありません」
遅かれ早かれこうなっていました。と大里は最後に付け加える。
「そうだったんですね。言い辛い所をありがとうございます」
「いえ! 林さんがそんな事で悩んでいたのならまたしっかり伝えないといけませんね」
そう言って大里は林に小さく笑顔を見せた。
釜石達が歩き始めて十五分近く経った頃釜石が声を掛ける。
「中々着きませんね」
「そうだな。もう二キロ近くは歩いていると思うんだが」
そう言って高本は返事をする。
どうして急に釜石が声をかけてきたのか。それは高本にはなんとなく分かっていた。
徐々に空気が重くなっていっているのだ。
まるで山の上を歩いているような感覚。しかしそこに広がる空気は清清しいものではなく重くどんよりした何かがあった。
いつも通り歩いているはずだが息苦しさを感じる。その中で二人が無事かどうか釜石は確かめたかったのだろうと高本は考えていた。
「帆秋さんは大丈夫ですか?」
案の定帆秋にも声を掛ける。
帆秋はやはり息苦しそうにしながらも、「ええ」と短く返事をした。
「帆秋さん。やっぱりこの感覚って」
「多分、そうよ」
「ですよね」
過去の事象と現在の事象を擦り合わせる釜石と帆秋に高本は口を挟む。
「もしかしてこれが釜石の話にあった重い空気ってやつか?」
「はい。恐らく。あの時はそのすぐに後に小鳥遊に会って……」
ここまで口を開いて釜石は会話を止める。
そして今まで一点を照らしていたライトを周囲に照らし始めた。
その動作を見て小鳥遊とやらを警戒しているんだろうと高本は考える。それに便乗するように自身の携帯電話を取り出して進行方向とは逆をライトで照らした。
トンネル内を順々に照らしていく。
トンネルの壁や線路、枕木の一つ一つを照らす勢いで周囲を警戒する。
しかしペタペタという独特の足音は一切聞こえない。
釜石の言った通り線路を変えたから現れなくなったのだろうか?
そんな淡い期待が無意識に浮かんでくる。しかしそれを心の奥底に沈めて再度周囲を警戒する。
そんな中唐突に帆秋が口を開く。
「やっぱりこれ結界ね」
意識外の言葉に高本は一瞬処理が追いつかなくなる。
「……は? 何言っているんだ?」
周囲を警戒している二人を余所に、訳の分からない言葉を口にした帆秋に対して不快感を漂わせながら高本は尋ねる。
「一つの空間に閉じ込めておくためのものよ。要するにここからは歩いて出られないってこと」
「あんたは何を言っているんだ? そんなもの創作の領域だろ。この現状でふざけないでくれ」
「まあまあ高本さん落ち着いてください。帆秋さんも悪気があって言っているんではないはずですし。それに非日常の出来事は常識に収める事は出来ません。俺も今日それを体感しました。
ここは非日常について詳しい帆秋さんに話を聞いてみませんか?」
「そうだとしてもそれはおかしいだろう? この状況でのおかしな冗談は悪気と取るぞ。それでもあんたが悪気はないって言えるのか?」
高本は諭そうとする釜石を放置して帆秋に突っかかる。そんな様子の高本を余所目に見ながら大袈裟に頷いた。
「……そんなもの本当にあるのかよ」
「私は今まで一度も見たことがないわ」
「じゃあなん……」
「でも今見ている」
はっきりと言い切った帆秋を見て高本は一瞬の間の後大きくため息を付く。
「……わかったよ。じゃあ、仮にそうだとしてこの後どうなるんだ? 歩く先に壁でもあるのか?」
「まあその可能性もなくはないけど、私の予想では元居た場所に戻ってくるわ」
「元居た場所って言ったら、観月駅にって事か?」
「ええそうよ。多分私達はもう来た道を帰っているんじゃないかしら」
「……そんなバカな」
「ん? ……少し待ってください」
呆れる高本を余所に釜石は少し先へ走っていく。
そして何かを見つけたらしくその目を大きくしながら走って帰ってくる。
「どうした?」
「……高本さん。俺達戻ってきています」
不思議な体験に釜石は声を震わせながら高本にそう言い放った。
「……は?」
釜石の言う事を信じる事が出来ず高本は先程釜石が走っていった所まで駆けていく。そしてその周囲の様子を探る。
本当に何かあるのか。それはあくまでも別の場所じゃないのか。
そんな言い訳を頭の中で構築しながら周囲を照らすと見慣れたホームがライトに映し出された。
歩いて近くまで寄ってきた釜石が高本に声を掛ける。
「帆秋さんの言うようにやっぱり結界、だったのかもしれません」
「……いや! まだだ。ここが観月駅と似ているというだけで他の駅かもしれない」
そう言って大里達が隠れているはずの場所を探す。
釜石も高本の可能性を聞いて、「確かにそうですね」と言ってその後を追う。
その時、ホームの下から一つの顔がライトに映し出される。
「おわっ!」
突然現れた何かに高本は驚いて声を上げて身体を仰け反らせる。相手に隙を作ってしまった事を後悔しながらも、目線は逸らさないように意識する。
「まぶしいです」
ライトを当てられたその何かはそう言って手で顔を隠す。その聞き慣れた声を聞いた高本は恐る恐るその人物に向かって声を発した。
「お前は大里、か?」
「ええ、そうですよ。……あれ? 高本さんって上弦駅に向かったんじゃ……」
本来そこにいる予定のない存在に大里は首を傾げている。そんな大里を悩ますかのように高本の後方から釜石と帆秋も姿を現した。
「三人ともどうかされたんですか?」
「あ……いや。どう説明したもんかな」
そう言って高本は頭を掻く。その高本を横目に帆秋が一歩前に出て口を開く。
「簡潔に説明するとここから出られないわ」
それは簡略し過ぎだろうと高本は心の中で突っ込む。
大里はそれを聞いて怪訝そうな顔をする。
「それってどういう意味ですか?」
「どうやらこの空間は不思議な力で隔離されているみたい。いや、もしかするとここはもう別世界、もしくは別次元なのかもしれないけど。
それにこれだけ時間が経っているのに電車が一本も通らない時点でどこかおかしいのは明白よ」
唐突なファンタジーの世界観に大里の理解が追いついていないのは外から見ていてよくわかる。
高本は小さくため息をついてから大里に話しかける。
「とりあえず閉じ込められたって事だけを知っていればいい」
「え、いや、そうは言われても……。じゃあこれからどうすればいいんですか? もしかしてもう帰れない、とか」
大里は置かれた現状を理解して、その白い顔を更に白く染め上げる。
しかしそれでもめげずに僅かな希望を期待した瞳を高本に向けた。
高本は申し訳ない気持ちを心に満たしながら俯いた。
それが意味する事を大里は理解してゆっくりと地面へと座り込んだ。




