第二十三話
今までの経緯を話し終えた釜石は後悔に苛まれるように苦しそうな表情をして黙り込む。林はその気持ちを汲み取るように優しく釜石に話しかけた。
「そうか……。それは辛かったな。でも釜石は何も悪くはない」
「それ、本気で言っていますか?」
「ああ、もちろん。むしろ釜石と帆秋の二人が生き残ってここにいるだけでも十分頑張っただろ。だから今はそれで十分だ」
静かにゆっくりとそう言われた釜石は小さく一回だけ頷いた。
「さあ。くよくよしている暇はねえぞ。そろそろあいつも去った頃だろうし外に出よう」
そう言って林は周囲の様子を確認する。帆秋や江森はそれに頷いて同意する。高本は林に対して特に反応見せなかったが、トイレの個室の中に籠っている大里に声を掛けた。
「おい。そろそろいくぞ。体調は大丈夫か?」
「ありがとうございます。大分楽になりました」
大里はまだ顔は青白いが声色ははっきりしている。そう感じた高本は林に、「いつでも出れるぞ」と伝達した。
「よし。他に体調の悪い人はいないな?」
林が周囲に声をかけても返事はない。それを良い事だと捉えて、「じゃあ、出発する」と宣言した。
しかしどこか浮かない顔をした江森が林の傍に寄りこっそりと尋ねる。
「林さんは大丈夫でしょうか? 林さんも随分と顔色が優れないようですが」
「そう、かな? まあ、問題ない」
林は江森にぎこちなく白い歯を見せた後、女子トイレの入口から外へと出た。
林が見る限り特に何かがいるような雰囲気はない。その感覚を信じてゆっくりと奥まったトイレへの廊下を歩く。
その後ろを江森、高本、大里、帆秋、釜石の順で歩いて行く。
先頭の林は壁に背中を預けて構内の広場を見える範囲で一通り見渡した後、何もいないと判断したのかそのまま駅のホームへ続く階段へと向かう。
その後ろをみんなはついて行く。釜石もその後に続いて歩いていたが、広場に入った時に駅長室の方に目を凝らす。
この暗闇ではほとんど何も見えない。逃げる際にライトを付けていたがそれらしき光も見当たらない。
それでもあそこに荻野がいるのではないかという思考が頭から離れなかった。
その様子に気付いた帆秋が釜石に声を掛ける。
「気持ちはわかるけど今はやめておきなさい。他の事に気を取られて自分の命を落としたら元も子もないわよ」
「……はい。すみません」
「謝るくらいなら静かにきびきびと歩く」
最後にそれだけを言って帆秋は前を向いた。
釜石は帆秋の言葉に我を取り戻す。そしてそれに感謝をしながら行く先だけを見ようと決めた。
林はホームへの階段に辿り着くとその目を凝らしながら先程までよりも更にゆっくりと階段を降りる。
嫌に静かな階段には六人の小さな息遣いと微かな靴の音だけが小さく響く。
それ以外の音は一切聞こえない。
その静けさに林は不気味さを感じながら階段の下に降り立つ。
先程堅田がいた場所に目を向ける。
そこには先ほどと変わらずまるで寝ているかのように横たわる堅田の姿があった。ここに堅田があるという事はまだ奴はここに来ていないのだろうと林は推測する。
その推測に従うように腕を前方に向けて、先に進もうと合図を送った。
ホームに降り立って久方ぶりに地下トンネルの湿った空気に触れる。林はそれに嫌悪感を示しながらも何処か懐かしさを感じていた。
そしてようやく目的の場所まで到着する。
「やっとか」
林はホームの下に広がる線路をライトで照らしながらそう呟く。
「これを降りて更に奥へ進めば着きますか?」
後方にいた大里が林に尋ねる。それに対して林は顔を顰めた後、「どう、だろうな」と自信なさげに返事をした。
その林の代わりに釜石が声を出す。
「でもとりあえず先に進まないと始まらないですね」
「確かにそうだな」
林は釜石の援助を借りて意見をまとめた。
そしてその道先を示すように林は最初に線路へと飛び降りて見せる。
「相変わらずな人ですね」
そう言いながら江森も線路へと飛び降りた。その二人の姿を見て次々と線路に降り立つ。そして最後の一人である大里がホームの縁に腰掛けてゆっくりと降りる。
骨折している大里が無事に降り立ったのを確認した林は上弦駅へと歩こうと足を出す。
しかしそれを妨げるように釜石が声を出す。
「あの、すみません。少し思った事があるのですが」
「どうした?」
林は動かしていた足を止めて釜石の発言に耳を傾ける。
「はい。こちら側の線路ではなくてあちら側の線路を歩きませんか?」
そう言って今いる線路と大きな柱を挟んで隣り合っている線路を指差す。つまり今まで下り線を歩いていたのだが、上り線を歩くという事だろう。
「その心は?」
「大した事ではないんですがこちら側ですとまた小鳥遊に見つかる可能性があるかなと思いまして」
「確かにな。……みんなはどう思う?」
そう言って林はみんなを見る。
みんなは特にそれに対して何も言わないがそれぞれ頷いている。その様子を見た林は、「よし。じゃあそうしよう」と告げて足先を変更した。
上り線と下り坂の間には大きな柱が作られている。その柱と柱の隙間を通ってみんなは上り線へと移動する。
そうは言っても特に景色が変わる訳ではない。
ライトがなければ一面真っ暗であるし、人の使用した形跡がない以上使用感も変わらない。
「皆さん。もうこちらに来ましたか?」
釜石が小声で周囲に尋ねる。
それに対して焦った様子を見せて江森が反応する。
「少し待ってください。林さんが……」
「…………? 林さんがどうかしたんですか?」
釜石のその問いかけに答える事なく江森は、「林さん! 林さん!」と呼び掛け続けている。
流石に何かがおかしいと感じた釜石はその場所に駆け寄り、傍にいる江森に林の様子を尋ねる。
「あの、江森さん。林さんはどうかしたんですか?」
「どうやら急激に意識レベルが落ちているみたいで」
そう言いながら首の血管に手を当てたり、胸の中心当たりを握り拳を作ってぐりぐりと抉るようにして強い刺激を与えている。
詳しい事は釜石にはわからなかったが、何か重大な事が起きているのは間違いないと確信していた。
「とりあえずここだと場所が悪い。誰か林さんをホームの下に運ぶのを手伝ってくれませんか? そこなら多少空間はあるはずです」
その呼びかけに高本がすぐに応じる。
「分かった。林さんは重いからな」
そう言って釜石と江森の傍による。
そしてそれぞれは足と手を持ち三人がかりで持ち上げる体勢を作る。
「よし。合図するぞ。……せーのっ!」
高本の合図に江森と釜石は同時に力を入れる。そうしてようやく林は持ち上げられた。
三人は林を線路で擦らないように気を付けながらしっかりと持ち上げる。
そしてゆっくりと運んでいく。
ホームの手前まで運んだ時に高本が、「一度持ち上げてみよう」と提案する。
釜石と江森はそれに頷いて持ち上げようとする。
しかし数度ホームの上に持ち上げようとしても中々持ち上げることはできない。
あまりもたもたしていても埒が明かない。
それを感じた高本は、「すまん。やっぱりホームの下に置こう」と妥協した。
「ここでいいですか?」
「はい。そこで大丈夫だ」
「じゃあ下ろします」
高本と江森が情報交換しながら林を目的の場所に静かに下した。
「ふう。重かった」
そう言いながら高本は手を払う。一方で江森はすぐさまの診察の続きを始めた。そして少しして診察を終えたのか江森は最後に大里に声を掛ける。
「大里さん」
「はい。何でしょうか?」
「確か最初に林さんを見つけたのは大里さんでしたよね?」
「そうです」
「では、その時に林さんって頭を何処かぶつけていませんでした?」
そう言って大里は考える素振りを見せる。そして何かを思い出したように閉じていた目を開く。
「確かぶつけていたはずです! 事故で電車が強く揺れた時に」
「やはり……」
そう言って江森は深刻そうな顔をしながら立ち上がる。
「林さんの既往歴や現病歴がわからないので何とも言えませんが、もしかすると急性硬膜外血腫かもしれません」
「きゅうせいこうまくがいけっしゅ?」
聞きなれない単語に帆秋が首を傾げる。
「ええ。側頭葉の打撲痕があります。そして今回の病歴を聞く限りこの疾患が一番考えられます」
「……それって治るんですか?」
恐る恐る釜石が尋ねる。江森はその問いかけを聞いて表情に暗い影を落とす。
「……適切に治療出来れば予後の良い疾患です。ですが……放置すれば、死に至ります」
「じゃ、じゃあすぐに病院に運ばないと」
釜石はその事実に慌て始める。今まで元気に過ごしていた人が急に動かなくなり、最悪の場合死ぬ可能性がある事を告げられればこうなるのは仕方ない。
それらを納得した上で釜石を落ち着かせるように高本は釜石の肩を強めに叩く。
「落ち着け! 今すぐ病院に行けるなら誰だってこんな所にいない。すぐにいけないからここにいるんだろ」
その言葉を聞いて釜石は我に返る。
「……はい。そうでした。……じゃあ、どうしましょう?」
釜石は高本にそう尋ねる。しかし、言ってすぐにハッとして自分の意見を付け加える。
「俺としては一旦上弦駅まで歩いていこうかなって思っています」
「同感だ。早速向かいたい所なんだが流石に林さんを一人放置して行く訳にも行かない。誰か残って診ておいてくれないか?」
高本はそう言って周囲を見る。その頼みを聞いて江森はすぐに名乗りを上げる。
「私は残りましょう。どちらにせよ彼の容態を確認し続けるには私がいないとだめですし」
その返事に高本は、「ありがとう」と伝える。
「あともう一人位残ってくれないか? 江森さん一人だと色々と不都合だろうし」
そう問いかけるも誰も名乗り上げない。
そうなると自分か釜石の一方が残るしかないのだろうか? そう思いちらりと釜石を見る。
釜石はただじっと林を見ていた。
本当は見ていたいのだろう。しかし林が抜けてはリーダーシップを取れる人間が釜石しかいないのもまた事実だった。
仕方がない。そう思って高本は手を上げようとする。
しかしそれに割り込むように大里が手を挙げて、「私が残ります」と宣言した。




