第二十一話
釜石は荻野の様子をチラチラと確認しながらも帆秋を連れて出来る限り全力で走る。
しかし帆秋のペースに合わせているとどうしても遅くなる。
その事を気にしながらもう一度荻野を見る。
彼女は自分達のペースで合わせて走っており幾分か余裕がありそうに見えた。
その上で釜石は荻野に一つお願いをする。
「荻野さん。先に行って堅田さんを電車から降ろしておいてくれませんか?」
荻野はそれを聞いて首を縦に振った後、先程まではジョギングでしたとでも言うかのように加速し始めた。
それを確認した釜石は帆秋に声を掛ける。
「もう少しペースを上げてもいいですか?」
「ええ」
荒い息をあげながらも走る帆秋は先程よりも走る速度が早くなっている気がした。そこで釜石はあることに気付く。
先程よりも空気が軽い。
どうして同じ地下であるのにそんな事が起こっているのかは不思議だったが、その状況に感謝しながら加速し始めた。
先に簡易休憩所に到着した荻野は中にいるはずの堅田に声を掛ける。
「堅田さん! いますか?」
荻野は少しずつ息を整えながら堅田が出てくるのを待つ。
少ししてのんびりと堅田は姿を見せる。呑気にあくびをしながら眠そうな目をこすっていた。
その様子に沸々と怒りの感情が浮かび上がってきているのを感じながらもその感情を自制して約束を果たす。
「なんだ?」
「今小鳥遊さんに追われています。堅田さんも一緒に逃げましょう!」
「……いや、それ本当か? というか他の面子はどうした?」
「だから、釜石さん達は小鳥遊さんに追われているんです」
「じゃあなんでお前はここに一人でいるんだ? お前も一緒に行ってただろ」
「そうです! でも、釜石さんに先に行ってあなたに報告するよう頼まれたんです」
「へえ。じゃあ、お前はあの男よりも早く走ってここに帰ってきたってことか?」
「そうですよ?」
「それは信じられないな。女のお前が鍛えられた体付きをしているあの男とよりも早く来るなんてな。
大方嘘話でも作って俺をここから降ろそうって魂胆じゃないのか? あのほら吹き女もいたしな。でも、俺は騙されないからな!」
そう言って堅田は再び車両内に入っていく。
ああ言えばこう言う堅田に嫌気が刺していたがそれでも荻野は説得を続ける。
「本当です! 信じてください。今すぐ降りないとあなた死んでしまいますよ?」
「降りたら、の間違いだろ」
埒が明かない。そう思った荻野の耳にどたどたと二人分の足音が聞こえてきた。
荻野はその方向を見る。
やはり釜石と帆秋が走っているようでこちらに向かってきていた。
釜石はまだ堅田が降りてきていないのを察したのか走りながら荻野に声を掛ける。
「堅田はもういい。荻野さんも走ってください」
そんな声を聞いて荻野は小さく笑顔を見せて大きく頷く。そして釜石の言う通り運転席へ向かって走り出した。
その騒ぎを聞きつけて堅田は電車の車両から顔を出す。そのタイミングで堅田の目の前を釜石と帆秋が走り抜けた。
堅田はそれを見送った後で、堅田は釜石達を追いかける存在に目を凝らす。
それは高校生の制服に身を包んだ少女だった。しかし一般的な高校生とは似ても似つかない。
高校の制服に身を包みその服の下からは常に血が流れ続けている。本来顔があるはずの所には何もなくただ黒く埋め尽くされていた。
それは走っている訳でもないのにかなり早い。まるで一人だけ動く歩道に乗っているかのように歩いていた。
そしてそこにはないはずの目が自分の方を向いたように堅田は感じた。
その瞬間頭の中が恐怖で埋め尽くされる。
今すぐ逃げなければ……。
冷や汗や涙、その他の体液を垂れ流しながら堅田は電車から飛び降りて釜石達の後を追い始めた。
釜石達は途中で点灯させた携帯電話のライトを周囲に照らしながら早歩きをする。本来は一駅分距離があるというだけあって観月駅まではかなり遠い。
そろそろ見えてきてもおかしくないはずだがと釜石は考えながら周囲を見渡した。
それと同時に後ろの気配も探る。走り続けた事でかなり小鳥遊とは距離を開けたはずだが、こちらに向かってきている以上油断は出来なかった。
その時、荻野の声が地下鉄のトンネル内に響く。
「釜石さん、帆秋さん。あれ!」
そう言って荻野が少し先に見える場所を指差す。釜石は荻野が指を向ける場所をライトで照らした。
そこには何やらホームのようなものが見える。何も知らなければそのまま通り抜けてしまいそうな場所だ。
それを確認して釜石は荻野に礼を言う。
「荻野さん。助かりました。とりあえずあそこに向かいましょう」
「はい!」
そう言って荻野は返事をする。
「帆秋さん。一旦観月駅内に向かいますが大丈夫ですか?」
「あ、ああ。た、のむ」
帆秋は先程まで走り続けて体力がなくなってしまったのか歩き始めて少し時間が経つというのに今も息切れしている。
本人も本当は早く休憩したいのは山々だろうが、それが可能になるのは駅についてからだ。
釜石は帆秋を鼓舞する目的で声を掛ける。
「あと少し。あそこまで行ったら一旦休憩しましょう」
「ああ」
帆秋は唸り声のような返事をした後、再び観月駅に向かって足を前に出す。
その様子を見て釜石もその後を追う。
しかし釜石が走り出そうとした時に小鳥遊が最接近してきているのを感じた。
「荻野さん、帆秋さん、急ぎましょう。後ろから迫ってきています」
それを聞いた荻野は釜石に返事をした後にポケットから携帯電話を取り出す。そしてライトの準備を終えてから再び足に力を込めて全力で走り始めた。
しかし、帆秋は足に疲れがたまっているのか前に出す足が重そうですぐに釜石に追い付かれる。
釜石は自分の走る速度を少し落として荻野に置いていかれないように帆秋の手を取って走り出す。それに驚いた帆秋だったが釜石のリードを受けて再び走り始めた。
先に到着していた荻野がライトの付いた携帯電話を振り回す。
「釜石さん、帆秋さん。ここです」
そう声をかける。そして釜石と帆秋がホームまでもうすぐという所まで来たのを確認して、荻野はホームによじ登り始める。
しかし、ホームは意外と高く中々登れない。
荻野がそうしているうちに観月駅に辿り着いた釜石は先にホームへと登り荻野をホーム上へと引っ張る。
「荻野さん。行くぞ!」
「はい!」
せーのっ! と二人は力を合わせる事でようやく釜石は荻野を引き上げる事が出来た。
それに引き続き釜石は帆秋に声をかける。
「帆秋さん。手を!」
帆秋は何も言わぬまま差し出された釜石の手を掴む。そして体重の軽い帆秋は釜石の力でそのままホーム上へと引き上げられた。
疲労困憊の帆秋は引き上げられてその場に座り込む。
「釜石さん。このまま上に行きますか?」
「いや、どうでしょう。上に行っても隠れられる場所がある保証はありません」
そこまで言って釜石は駅構内をライトで照らす。元々は新しい駅として作られたというだけあって浮かび上がる設備は綺麗だ。しかし、自動販売機などの設備もなく真っ暗になっている。
一通り構内を見た釜石は二人に隠れ場所の提案をする。
「この階段の裏に隠れましょう。ここはかなり暗い。上に隠れられる場所があるかわからない以上無理をするのはよくないですし」
その提案に対して荻野は賛同する。帆秋も特に意見もないようでそこへ向かうためにゆっくりと立ち上がる。
「急ごう! そこまで来ている」
釜石はそう言って二人に発破をかける。
二人は釜石の言葉を聞いて疲れ切った足に鞭を打ち、階段裏まで必死に足を動かした。




