第二十話
釜石は開いた扉から少しだけ顔を出す。
そこには暗がりが広がるだけで特に何もない。それを確認して一度車両内に顔を引っ込める。
「外は何もなさそうだが?」
そう言って帆秋と堅田に状況報告を行う。しかしそれに満足しなかったのか、堅田が釜石に意見する。
「降りて確認しないのか?」
「いや、それは流石に危険じゃないか?」
「ここから確認するだけだと流石に確信は持てないだろ? 向こうまで行かなくてもいいからこの辺りだけ散策しようぜ」
「……まあ、いいが」
腑に落ちない様子を見せながらも釜石は渋々承諾する。そして言われるままに電車から線路へと飛び降りる。
そして車両内に残る人達に声を掛ける。
「皆さんも降りてきてください」
その声に誘われるようにして帆秋も車両からゆっくりと降りる。
「あら、意外と高いのね」
「そうなんです。普段使用していると意識していませんでした」
「これもまた新しい発見ね」
そう言って帆秋は釜石に小さく笑いかけた。
そうしている間にも堅田は車両から降りてこない。心配になった釜石は車両内へ呼びかける。
「堅田さん? 早く降りてきてくれませんか?」
優しく問いかけたその言葉を堅田は引き裂くようにして言葉を放つ。
「いや、下に二人いるんだからお前らで確認してくれないか? 別に三人も降りる必要はないだろ?」
釜石と帆秋を見下ろすようにして車両の縁に立つ堅田に怒りを感じて釜石は怒気を含んだ言葉をぶつける。
「堅田さん。流石に少し勝手過ぎやしませんか? 確かに普段一人ならばそれも許容されるかも知れませんが、この非日常にみんなで挑まないといけないという時にその態度は少し問題があるかと思います」
「そんな事は知らないな。行きたい奴が行けばいい。でも、釜石の言う通りみんなで協力しようというなら情報は共有しない訳にはいかないよな?」
得意顔を浮かべながら堅田は見下ろす。釜石は唇を噛みながら堅田を睨み付ける。しかし、それを制するように帆秋が間に立つ。
「どうしたんですか? 帆秋さん」
「別に。ただ無意味な喧嘩をする二人を止めに来ただけよ」
「…………」
「あなたが言うようにみんなで協力した方がいいのは間違いないけどそれを強制する事は出来ないわ。だからあの人の言っている事は間違っていない」
「……確かにそうですが」
「でもね。別に協力しない人がいるなら無視すればいいだけの話よ。協力すれば生き残れるかもしれないし、協力しないなら一人で生きて貰えばいい」
そう言って帆秋は電車の中を見る。そこにいた荻野に向かって声を掛ける。
「荻野さん。こんな男と一緒にいるよりも私達と一緒に来ない?」
その問いかけを聞いて荻野は堅田をチラリと見る。先程まで感じていなかったが、今は自分勝手な行動をする堅田が醜く見える。
確かに堅田と二人でいたら何をされるか分からない。そういう考えに至った荻野は帆秋に返事をする。
「分かりました。そうします」
そして扉の前で仁王立ちする堅田の脇をすり抜けて線路へと降り立った。
「やっぱり来てくれたわね」
「はい。流石に見知らぬ男と二人きりは嫌だったので」
「じゃあ、行きましょうか」
帆秋はそう切り出して運転席とは反対側へと歩き出した。
堅田はその様子を見て、「ふんっ」と鼻を鳴らし車両内へ戻っていった。
釜石を先頭にして荻野、帆秋の順で並んで電車の後方へと向かう。
そこの空気は非常に重く息苦しい。ゆっくりと歩いているにも関わらず息を切らしながら進む。
しかし体力のある自分でさえこうなのだから後方にいる女性二人はより苦しい思いをしているのではないかと感じた釜石は後ろを振り返る。
するとそこには息の苦しそうな帆秋とそれを支える荻野がいた。
「すみません。先走ってしまって」
「いえ。私は大丈夫です。しかし……」
そう言って荻野は帆秋に目をやる。帆秋はゼーゼーと息を切らしており、体力の限界である事を証明していた。
「大丈夫、ですか?」
「だいじょう、ぶに、見える、かしら?」
「いえ、かなり苦しそうです」
「ええ。普段、の、運動、不足が出てしま、ったわ」
流石に体力がないというだけでこんな事になるだろうかと疑問を持つ。それを確かめるようにゆっくりと深呼吸した。
確かに息苦しい。
まるで高地トレーニングしている気分だ。そう感じた釜石はその場に立ち止まる。
「少し休憩を取りましょう」
そう言って最初に釜石は帆秋を座らせた。帆秋はそれに礼すら言えないまま倒れるように壁にもたれ掛かる。
帆秋はゆっくりと息を整える。その様子を見て釜石もその場に座った。
最初こそ息を荒くしていたが少しずつ呼吸が整ってきた頃に帆秋は釜石に声を掛ける。
「あなた体力あるのね」
「いえ、それほどでは。単に中学、高校、大学とボクシングをやっていただけですよ」
「へえ。それは素晴らしいわね。だからそんなに体力があるのね」
「……はい。でも、ここはかなり息苦しいですよ。そういう意味では荻野先生もかなり体力がありますね」
「そう、ですね。私も高校、大学と陸上をしていたのでそれなりには体力があります」
「そう。頼もしい限りだわ」
「はい。ですが…………」
言葉を続けようとした時に強烈な視線を釜石は感じた。
その視線は熱く感じるほど冷たい。いや実際に温度計の変化など起きていないはずだが、意識下でそう感じさせられた。
帆秋の傍に座っていた釜石は帆秋に立ち上がって逃げる用意をするように促す。
帆秋はそれに従ってゆっくりと視線の方を見ながら後退する。
この視線はなんだ?
そんな答えの決まりきった疑問を頭に浮かべる。
奴がいる。
でも、どこに?
電車の中?
そう思いゆっくりとその中を覗き込む。
しかしいない。
次に電車の上を見る。
ここから見えない場所にいるのならば仕方ないが見える範囲では何も見えない。
じゃあ、電車の下か?
そう思いゆっくりと覗き込む。
……何かがいる。
それは車輪と車輪の間にまるで近寄る獲物を刈り取るハンターのように待ち構えているように釜石は感じた。
釜石はそれが何を意味するのかを理解する前に帆秋の手を掴み、荻野に声をかける。
「逃げるぞ!!」
そう叫ぶと同時に釜石は走り出した。




