第十四話
大里がトイレに向かうのを見届けた後、林様は高本と江森に話しかける。
「あの様子だと限界まで我慢していたのかもしれねえな。トイレに行きたかったんなら言ってくれれば良かったのに」
「簡単に言いますが女性からすれば中々言い出しにくいと思いますよ」
そう言って江森は苦笑いをする。それを伝えられた林は難しそうな表情をする。
「その辺りについて俺は詳しくわからねえな」
「林さんの奥さんはそれでよく愛想を尽かさなかったな」
それを聞いた林は少し嬉しそうにして、
「そうだろう。俺の家内はよく出来た奴だからな」
と胸を張る。
「変わった人もいるもんだな」
「まあ、今と昔は男女の立場が違いますからね。昔こそ男の方が偉いみたいな風潮がありましたけど、今では立場が完全に逆転してますし」
「本当に息苦しい時代になったもんだ。おかげで女性の警察官も増えたんだが、どう対応すればいいのかわからねえよ」
困った表情をする林に高本は、「フッ」と息を漏らすように笑う。
「林さんがそれに対応出来るようになるのは当分無理そうだな」
「ですね」
江森も高本に同意するように頷く。
林はそれに対して不服そうな表情をするが、思い当たる節があるのかそれ以上突っ込む事はなかった。
その代わりに別の質問を投げかける。
「そういえば高本。さっきから気になっていた事があるんだが、お前駅長室で何か”共通点”を見つけたって言ってなかったか?」
「ああ、それか」
「それについて教えてくれないか?」
「ああ、別に。でもその前に少しずつ場所を変えるか。こんな所で話していてもし見つかったら馬鹿らしいからな」
そう言って高本は奥まった所にあるトイレの入口まで歩き始める。林と江森はそれに従い高本の後を歩いた。
最奥にある女子トイレの前に着いた所で、高本は先程までいた所を見る。
やはりここならば遠くからなら死角になりそうだと高本は判断した。
「さて、話を戻すが気付けば単純な事だ。……だが何処から話そうか」
高本はそう言って数秒だけ考える。そしてある程度頭の中で話す順序を組んだのか林の目をしっかりと見て話し始めた。
「要は何故この事故は起こったのか、その要因は何なのかという所に注目したんだ」
「要因? そんなの運じゃないのか?」
「……そうだな。確かにそう考えるのも無理はないし、むしろそれが王道だろう。でも不思議じゃないか? この駅の周辺で、偶にとは言え定期的に行方不明が出るのは」
「まあ、確かに。事故だけなら五年以内で数回も、しかも一人だけが行方不明になるのはおかしいな」
「そう。もちろん定期的にいなくなるのは自殺しているから。っていう考え方も出来るが、今回は一旦この考えは除外したい。そもそも何かよくわからないやつがいる時点で自殺と一括りにはしたくないだろう?」
「……そうだな」
「それで僕は考えたんだ。もしかして行方不明になるのは何か要因があるのではないかってね。
今まで調査してきていくつか候補はあったんだ。そしてその中で今回の事件に一番関わっていそうだと確信したのがある」
そう言って高本は一旦間を取って話を続ける。
「それは小鳥遊詩音との関係性、だ」
「小鳥遊詩音との関係性?」
林は訝しげにオウム返しする。
「そうだ。さっき小鳥遊詩音については話したな?」
「五年前に消息不明になったっていう女子高生だろ?」
「そう。この電車で消息不明となった人はその女子高生と関わりのある人間の割合が多かったんだ」
「そうなのか。……というかよくそこまで調べたな。警察でもそこまでしていないと思うが……」
「ああ、結構苦労したさ。それでも依頼があったんだ。やらない訳にいかないだろ?」
「怪談話の調査にお金を突っ込むなんて奇特な奴もいるもんだ」
「依頼人については詳しく話せないけどな。
話を戻すが、じゃあその小鳥遊詩音との関係性が何かという話だが、何人か調べがついている」
「ほう」
林は高本に感心したように声を発する。
「まずは塩田英夫。彼は小鳥遊詩音失踪事件の時の最後の目撃者だ。
そして帆秋智恵子は自身の運営するオカルトサイトで観月駅の幽霊について記事を書いていたそうだ。
荻野泉は小鳥遊詩音の担任の先生だな。
そして大里香苗。彼女は最初で最大の事件の関係者だ」
高本は自身が調べた結果をつらつらと述べてみせる。
最初で最大の集団失踪事件――。この近辺で起こった事件で当てはまるものは一つしかない。
林は高本が言っている事件についてすぐに想像出来た。
「なに? 大里があの失踪事件の関係者という話は本当か?」
「ああそうだ。間違いない。あの事件は彼女の通っていた居待高校の生徒が被害者だ。そしてその被害者達が観月駅に向かった事を知っていたのが大里だ」
そこまでの話を聞いて違和感を覚えた林は高本の話を遮って詳細を確認する。
「ちょっと待て。それなら俺も知っている。だが、そいつの名前は大里じゃなかったはずだ」
高本はそう言う林に冷たい視線を浴びせる。林はそれにたじろぐが、高本はやめるどころか寧ろ畳みかけるように睨み付けた。
「じゃあ、よく考えてみろ。林さんの言う大里じゃない人と大里香苗が同一人物だとする。その時に考えられる辻褄の合う解答はなんだ?」
「辻褄の合う解答、か」
林はそう言って少し考える。
しかし、高本は林の様子を見て本当に分からないのだろうと推察した。
少し待っても答えが出ない林に痺れを来たした高本は、「江森さんはわかるか?」と尋ねた。
突然話題を振られた江森は驚いた表情を見せたが、すぐに答えを導き出す。
「離婚。養子。そういう風にして改名したんじゃないですか?」
「正解。調べた所によると母方の名字に変更したらしい。マスコミや警察が面白半分で取り上げたりするからあの子の人生は滅茶苦茶になったんだよ」
高本は林に向かって言葉を吐き捨てる。
「そうか。……それはすまんかったな」
林はそれに対して反論出来る言葉はないようで、謝罪をして俯いている。
それに対して高本は、「謝る相手は僕じゃない。別に僕は何の被害も受けていないからな」と吐き捨てる。
高本の言葉を始まりとして広がった沈黙は周囲を凍らせていく。
その気まずい空気を変えるために江森が冷や汗を流しながら口を開く。
「……で、でも、確かに色々と共通点が見えてきましたね。林さんも地区で働く警察官という点で少なからず関係はあるでしょう。それはこの地区で働く私も同じですね」
それに対して高本は、同じ地区で働いているだけで共通点となりうるのだろうかと少し考え疑問に思ったが、解明手段がない以上どうしようもないなと今回の分の思考を停止させる。
「それにしても大里さん遅いですね。何かあったんでしょうか?」
「縁起もない事言うなよ」
高本は江森の言葉を指摘する。
「ま、まあ、もう少し様子を見ようぜ。何もないからって押しかける訳に行かねえだろ?」
その高本とほとんど同じタイミングで林も江森に話しかけた。
それに納得をした江森は、「まあ、そうですね」と歯切れが悪いながらも同意する。
「それなら少し考え辺りを散策しませんか? ここから見える範囲でいいので」
「俺はいいが……」
大里が心配という気持ちとこの先を調べておきたいという気持ちが林を口籠らせる。
「そういうことなら僕がここで留守番してようか? 大里を待つのは別に一人でも構わんだろ」
「高本さんが良ければ……」
「ああ、いいよ」
あっさりと引き受ける高本に江森は嬉しそうにする。そして林に向き直り声を掛ける。
「じゃあ林さん。少しだけ階段の方を見に行きませんか?」
「ああ、わかった」
林は江森に返事をすると高本を見る。
「なんだ?」
その目には先程の冷たさはない。それを確認して林は話を続ける。
「少し行ってくる。……これを持っていてくれないか?」
「ああ。構わない」
高本の承諾を受けて林は大里から預かったノートを高本に手渡す。
そうした後、林と江森は携帯電話のライトを照らして歩き始めた。




