第十一話
「みんなは五年程前にこの辺りの女子高生が行方不明になっているのを知っているか?」
高本はそう言って静かに周りに問いかける。
大里はそれを聞いて静かに首を横に振る。一方で林と江森は特に反応を見せない。それを高本は確認した後、再び話し出す。
「みんな知らない人ようだから改めて話すが、弓張高校に通っていた当時高校二年生の小鳥遊詩音という子がこの地下鉄に乗っていたという目撃情報を最後に、消息を絶っているんだ。
そしてそれは今も見つかっていないらしい。
……という情報が一つ」
そこで高本は一度話を切る。そして三人の反応を見るかのように少し黙る。
しかし見聞きした事のない情報だったのか、それに反応する人はいない。それを感じ取った高本は次に用意していた話を始める。
「そしてもう一つ興味深い噂が一つある。
それは観月駅の幽霊についてだ。僕はこの二つには何か関係があると睨んでいる」
高本がそう言った時に大里の頭の中で何かが繋がった音がした。
「観月駅、の……幽霊……?」
「ああ、そうだ。その様子だと何か心当たりがありそうだな」
「……はい。あまり話したい思い出ではありませんが」
大里はそう言って高本から目線を逸らす。
「まあ、そうだよな。もし聞くのが嫌だったら耳を塞いでいて貰ってもいいが」
「いえ。聞きます……。勿論辛い事ですけど、高本さんが知っておいた方がいいって思うんだったら聞きます」
大里は暗い表情を押し殺しながら高本の顔を見る。
高本はその決心を見て、「そうか。じゃあこのまま話そう」と言葉を切り出した。
「観月駅の幽霊っていうのは、丁度五年前くらいに流れ始めた噂だ。
噂の内容を抜粋すると、太陽が沈んだ頃に観月駅内に入ると線路から顔の無い女子高生が現れて人を何処かに連れ去るらしい。そしてそれは弓張高校の制服を着ているそうなんだ」
「やっぱりそうなんですね」
「と言う事はやはり大里もこの件について知っていたんだな」
「知っていたという程ではありません。この地下鉄の沿線の高校でしたのでそういう噂が流れてきていただけです」
「確かに噂が好きな高校生がいるとそうなるだろうな」
大里はそれを聞いて黒田の事がちらりと頭をよぎる。黒田は噂が好きだったという事を思い出して俯いた。
高本と大里と会話の途中に林が高本に声を掛ける。
「今お前が言った話ってここが観月駅である事を加味すると今の状況とよく似ているんじゃないか?」
林は不安そうな表情を見せながらそう尋ねる。
「ああ、そうだろうな」
そう言いながら高本は頷く。
その高本を否定するかのように、「え、でも」と大里は言葉を挟む。
「ん? どうした?」
「あの、私が聞いたのは五年前のあの事件以来、この事件は起こっていないって聞きました。だから今回のとは関係ないんじゃないですか?」
「五年前のあの事件?」
大里の言っている事件について思い当たらなかった高本は大里に尋ね返す。
大里はそれについて話すかどうか少し悩んだ後、小さく口を開く。
「居待高校の集団失踪事件、です」
「あの事件か。確かに表ではあの事件を最後にこの事件は終わった事になっているな。でも、実際の所数は少ないとはいえ失踪事件は起きていたんだよ」
大里は、「えっ!?」と声を挙げて驚く。
しかし、それも無理はないだろうと高本は思いながら話を続ける。
「僕の調査では他にも数人失踪者がいるはずだ。多分、鉄道会社が隠していたのかもしれないな」
「そんな……。だってそれだと危ないじゃないですか!」
「じゃあ逆に問うけど、この電車が幽霊に襲われているとして、大里さんはこの電車を利用せずにいれるか?」
高本がそう言うと、攻める言葉を失ったように言葉に勢いが無くなる。
「いや、まあ……無理、ですね」
「そう。基本的に無理なんだ。だから伏せた。それにそもそも幽霊なんて信じない人からしたら絵空事もいいところだしな。だから結局地下電鉄は幽霊がいるなんて言えなかったんだよ」
「確かに、そうですね……」
大里は納得したくないが納得しなければいけない状況に顔を顰めている。しかし、大里はふと浮かび上がった疑問を高本に尋ねる。
「でも、なんで高本さんはそんな事を知っているんですか?」
高本は逆に何故そんな事を聞くのかと不思議な表情をする。
しかし、大里が尋ねた理由を模索してようやくその理由に思い当たる。
「ああ、そうか。あの時に言ってなかったな。僕は探偵なんだよ。それで調査していたんだ」
「探偵……」
大里は珍しいものを見るように高本を見る。高本はその視線に気付いたのか言葉を補足する。
「確かに探偵なんて職業の人、あまり見ることなんてないだろうしな。でもそう言う訳でこの一連の事件も調査していたんだ」
大里は高本が妙に詳しい理由に納得して口を閉じた。一方で林はその事実に驚いた表情を見せる。
「お前が……探偵?」
「ああ、そうだ。何か不都合な事でも?」
「いや、別にそんなものはない」
意地悪く尋ねる高本に対して林は口調を強くして言葉を返す。
高本はその様子を見て薄く笑いながら林に問いかける。
「それと林さん」
「なんだ?」
「今までの話をした上で一つ聞きたい事があるんだ」
そう言って冷たい目線を林に向ける。
「林さんはこの観月駅の事件知っていたんじゃないか? いや、もしかしたら知っているだけじゃなく、もっと詳しい立場だったかもしれないな。たしかここってあんたの警察署の管轄地域だよな?」
高本の鋭い目線に負けないように林は高本を睨み返しながら口を開く。
「……確かにそうだな。
だが、警察署だって大きな施設だ。残念ながらこの事件に関しては俺の知る範囲ではねえな」
「本当に? 別にあなたを問いただしたい訳じゃないんだ。ここから出る為の情報が欲しいだけだ」
「ああ、知らない」
「じゃあ、こう言う聞き方だったらどうだ? 大里さんは今日会う前から知っていたんじゃないか?」
「……わかった。これだと埒が明かねえから俺から聞こう。なぜそんな事が知りたい?」
林がそう尋ねると少し笑みを浮かべて林に言葉を返す。
「……共通点を見つけた」
林は不思議そうにしながら、「共通点?」とため息をつくように言葉を漏らす。
「ああ……」
高本が”共通点”について話始めようとした時に、”何か”が迫ってくる気配を感じた。
「これって……」
江森が扉の方に視線を向けて尋ねる。
「ああ。間違いない、……奴だ」
ようやく乾いた衣服が再び冷や汗で湿り始める。その嫌な感覚を林は再度感じながら指示を出す。
「恐らく今から駅長室の外に出ても間に合わないかもしれない。この部屋で隠れるしかないか」
「はい。そうしましょう。幸いさっきのメモによると視力はそれほどないようですし、音さえ立てなければ大丈夫だと思います」
江森が林の言葉を裏付けする。それだけを言った後、江森は受付カウンターの前に設置された長椅子の下に潜り込んだ。
大里は林の言葉を聞いて何処か隠れられそうな場所を探す。その時に林が、「大里はここに隠れろ」と言って大きめの机の下を指差す。
「大里は腕が折れているから広い空間に隠れる方がいいだろう」
そう言って林は机に収められた椅子を引いた。
大里はそれに対して、
「ありがとうございます」
と感謝を伝えて机の下へ潜り込む。
林はその様子を確認した後に椅子を出来る限り机に入れた。
高本は大里と林のやり取りを確認して、その机の近くにある受付カウンターの背後に身を隠す。そして暗闇に紛れるように携帯電話のライトを消した。
身体が大きい林は大里を机の下に隠した後に入り口から”山”を隠すように存在していたパーテーションを動かして人一人が入ることが出来る程度の空間を作り出す。
そして林は皆が隠れる事が出来た事を確認して、駅長室をかすかに照らしていた光源を止めた。
一瞬にして駅長室は暗くなる。
駅長室に備え付けられた非常灯だけが微かに点灯している。その色は不気味に輝いており、恐怖に怯えて隠れる四人をあざ笑うかのように、付いては消える動きを繰り返していた。




