第十話
林は開けた扉からゆっくりと顔だけを出して駅長室内の様子を確認する。
しかし、その中は暗闇であり何も見えない。
林は手に持った携帯電話を駅長室内へ入れて、そのライトで内部を照らす。
部屋の中には広告や案内を掲示する為のコルクボードや何に使用するか見当が付かない機器類が壁には設置されている。その他にも誰一人利用したことがないのであろう受付とその前に置かれている長椅子。本来は駅長が使用する予定だった大きめのデスクと椅子。ガラス扉のキャビネットなどが置かれていた。
また、外からは見えないように部屋の真ん中あたりにパーテーションが設置されており、部屋の中の一部が隠されていた。
それらはここから見る限りでは、特におかしな点は見られない。しかし、何か変わった臭いがする。そのどこか懐かしい嫌な臭いは忘れたくても忘れる事が出来ないだろう。
現状を伝える為に林は駅長室の扉から顔を出して後ろに控えていた三人に手招きする。
それを見た三人は林の傍に近寄る。
「一応、扉から見える範囲では何もなさそうだった。だが、多分やばい物が中にある」
林は後ろにいる人達に向けて声を発する。
「そうか。……それでも、ここを出るためには調べない訳にはいかないだろ」
高本は林にそう言い放ち、ポケットから自分の携帯電話を取り出して辺りを照らし始める。
その様子を見た林は高本に、
「おい。携帯のバッテリーは温存しておかなくていいのか」
と苦言する。
「ああ、何かの手掛かりになりそうな場所なのに情報を見落とすわけにいかないからな。一人分のライトだと心許ない」
「まあ確かにな。後は勝手にしてくれ」
林は高本にそれだけを伝えて再び駅長室の扉をゆっくりと開けた。
林の後に続いて大里達は駅長室へ侵入する。
大里から見てもこの駅長室は見た限り特におかしな点は見られない。しかし、林の言うように嫌な臭いが漂っている。
大里はその臭いを的確に一言で表現出来る言葉を持ち合わせていなかったが、何が起きているのかはすぐに理解出来た。
「もしかしてこの臭いって……」
「ああ、そうだ。……恐らくこの部屋に死体があるんだろうな」
林は誰かから質問されるだろうと構えていたのかすぐに返事をする。そしてそのまま皆に声を掛ける。
「今からこの部屋の中を照らす。見たくない奴はこの部屋の手前側にいてくれ」
林がそう言ってからパーテーションに隠された駅長室の奥をライトで照らした。
そこには一つの”山”が存在していた。もっともそれが的確な表現なのかは大里には分からない。しかし、持ち合わせた語彙の中で最も的確だったのがこの言葉だった。
異常な臭いはここから発生している事は明確であり、それが時間の経過を感じさせる。
よくよく見ればこの”山”の下やその周りは黒く染まっており、それが駅長室の外にまで続いているのが見て取れた。
一体何人がこの場所で散っていたのだろうか。少なくとも数え切れない人数がこの山の中に埋もれている事は間違いなかった。
「これは……ひどいですね」
この惨状を見た江森は余りの酷さに血の気の引いた表情を浮かべながら、辛うじて浮かび上がってきた言葉で文章を作る。
「あ、ああ」
何回も異常死体を見たことがある林でさえその悲惨さに言葉を失っていた。
「と、とりあえず調べようか」
高本は比較的冷静に振る舞いながらこの状況に竦んでいる三人を促すが、高本が照らすライトはブルブルと震えていた。
林はちらりと横で震える高本を見る。先程までは強がって歯向かってきていた彼の様子を見て、小さく息を吸込み気持ちを整えた。
「とりあえず俺はこの死体の山を調べる。お前達は机の中や他の場所を探してくれ」
それだけを伝えて、林は山の一番上にいた男性のスーツのポケットを漁り始めた。
大里は林の優しさを感じながら、言われた通りに部屋の手前に設置されている大きめの机の引き出しを開ける。とは言え、やはり使われた事のない駅である為か引き出しの中に何かある訳ではない。
そんな空っぽの引き出しに何の期待もしないまま最後の引き出しを開ける。
するとそこには一冊のノートと鉛筆は置かれていた。
大里は不思議に思いながらもそのノートを取り出す。このノートはいつ書かれた物がなのだろうか?
そう思わされるほど古く、引き出しの中に入っていたのにも関わらず少し埃がかぶっていた。
一緒に入っていた鉛筆をポケットの中に入れて、ノートを読むための光を求めて高本に近寄る。
大里が近寄って来るのを見てキャビネットを調べていた高本は、「どうした?」と作業をしながら尋ねる。
「はい。先程机の引き出しの中からこんなものを見つけまして」
大里はそう言って高本に手に持ったノートを見せる。
「かなり古そうなノートだな。中にはなんて書いてあった?」
ノートに興味を持った高本は作業の手を止めて、興味深そうにノートを眺める。
「いえ、それが机の所はあまり明かりがなかったので、明るい所で読もうと思いまして」
「なるほど。それでライトを持っている僕の所に来たのか」
「はい。そうです」
「そうか。僕もそのノートには興味があるし、後で一緒に読もうか。何ならおっさん二人も入れて」
高本は最後だけ周囲には聞こえないように笑いを抑えながら言った。
和やかな雰囲気を作る事で高本は安心させようとしたのだろうか? 真実は分からないが高本の優しさに感謝しながら、「そうですね」と言葉を返した。
そのタイミングで、「おい!」と林が駅長室にいた人に呼びかける。
その声に高本と大里は一瞬身を竦ませる。
そんな二人の様子など知らない江森は、「どうしましたか?」と林に尋ねる。
林は”山”に眠る人達について調べながら話を続ける。
「あの不可解な奴についていくつか情報があったぞ」
新たな情報に興奮しているのかいつもよりも大きな声でその情報を知らせる。
「それは本当ですか?」
「ああ。恐らくな」
そう言って林は手に持った一枚の紙切れを掲げる。
「これが真実かどうかは分からないが、このメモによると奴は目があまり見えていないらしい。どちらかと言うと音で判断しているみてえだ」
「なるほど。確かにそれが本当なら有益な情報ですね。流石に試す勇気はありませんが」
江森も林と同じように驚いた表情をしながら頷く。
「それなら私も調べた事についてお話してもいいですかね?」
「ああ。頼む。それなら一旦調べた情報を共有しよう」
林はそう提案して大里と高本を見る。
お前達は何か見つけたか? という意味を込めてこちらを見ているのだろうと大里は感じ、林に頷く事で何かを見つけた事を伝える。
一方で、高本は情報があるという事を頭の位置まで手を挙げて伝えた。
それを確認した林は表情を少し緩めて、再度江森に身体を向ける。
「じゃあ江森先生。お願いしてもいいですか?」
「はい。私は入り口近くの掲示板や段ボールを調べていたのですが、ここの駅名といつ頃ここが設置されたのかが分かりました。
まずここの駅名ですが、やはり林さんの言うように観月駅だったみたいです。そして具体的な建設時期ですが、今から五年前に建設されていたみたいですね」
「そうなのか。それなら意外と新しいんだな。ついでに聞きたいんだが、どうして建設したのに使っていないのかはわかるか?」
林がそう尋ねると江森は少し申し訳なさそうな表情をする。
「申し訳ないです。そこまではわかりませんでした。あくまでもここに置いているチラシをみて判断したので」
それならば今自分の左腕に固められた求人ジャーナルを見れば元々答えが記載されていたのだろうと大里は感じたが、この事は彼らには言わないでおこうと頭の片隅に仕舞った。
「そうか……。でもそれなら助かった。つまりあの変な奴による事件はこの駅が出来た頃、つまりは五年前から発生している訳だな」
林は無念さを顔に出しながら後ろに積まれた”山”を見る。
「じゃあ、そこの二人は何かあるか?」
林は大里と高本を見て、そう問いかける。
それに対して高本は先に話し始める。
「僕の情報はここで見つけたものではないんだが、折角の情報だから共有させて貰う。僕が提示するのはこの観月駅についての噂だ」
「噂……?」
頭の上に疑問符を浮かべる林に高本は今まで以上に冷たい視線を注ぎながら話始めた。




