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魔法少女は笑わない  作者: 巫 夏希
第五話 魔法少女の父!!

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第五章11 『箱庭の名前』

 箱庭計画。

 その言葉を見た瞬間、僕は何故だか随分と小さなものを想像した。

 箱庭というのは、本来ならば小さな箱や器の中へ土や砂を敷き、そこに草木や石や家や人形を配置して、一つの風景を作るものだったはずで、少なくとも世界をどうにかするとか、人間を時間から切り離すとか、そういう壮大な研究計画に付ける名前としては随分と可愛らしく、何だったら小学生の夏休みの自由研究にでも出てきそうな響きだった。

 しかしながら、名前というものは必ずしも中身を正確に表すとは限らない。

 ハンバーグにハンブルクの街並みが入っている訳ではないし、メロンパンにメロンが入っていないことだって珍しくないし、たぬきうどんに狸が入っていたら、それはそれで大問題である。

 名前とは、所詮名前だ。

 けれど。

 それでも。

 黒津空我という研究者が、わざわざ自らの研究に「箱庭」という言葉を選んだのだとするならば、そこには何かしらの意味があったのではないかと、そう考えずにはいられなかった。


「箱庭……」


 クレアが、もう一度その言葉を口にした。

 先程よりも小さい声だった。


「聞いたことあるか?」

「ないの」

「本当に?」

「……多分」

「随分自信がなくなってきたな」

「だって、今まで知らないと思ってたことを知ってたの」


 それを言われると何も返せない。

 ここへ来てからずっとそうだった。

 来たことがないはずなのに道を知っていた。

 存在を知らないはずなのに扉の開け方を知っていた。

 そして、閉じ込められていたことまで思い出した。

 なら。

 箱庭計画という名前についても、今は思い出せないだけで、クレアの記憶のどこかには残されている可能性がある。

 ただ。

 無理に思い出させるべきなのかは別問題だった。


「それ以上、今は考えない方が良いでしょう」


 最上さんが言った。


「さっきも言いましたが、クレアさんの記憶は明らかに普通の状態ではありません。一気に思い出そうとすれば、何が起きるか分からない」

「でも」

「知りたい気持ちは分かります」


 最上さんは、クレアが反論するより先にそう続けた。


「だからこそ、記憶ではなく記録を探しましょう。ここにはそのための資料が残されています」


 正論だった。

 そして。

 正論というものは、時々本人の気持ちとは全く関係なく正しいから困る。

 クレアは少し不満そうではあったけれど、それでも最終的には頷いた。


「分かったの」

「良い子ですね」

「子供じゃないの」

「中学生は十分子供です」

「和史も中学生なの」

「僕を巻き込むな」


 何故か飛び火した。

 とはいえ。

 こうして下らない会話をしている方が、今は助かった。

 重い事実を知った直後、人間はどうして良いのか分からなくなる。

 泣くべきなのか。

 怒るべきなのか。

 悲しむべきなのか。

 あるいは。

 笑って良いのか。

 そんな時、どうでもいい会話というのは便利なものだ。

 状況を解決する訳ではない。

 問題を消してくれる訳でもない。

 ただ。

 少しだけ息をする時間をくれる。

 人間にとって雑談というものは、案外そういう役割を持っているのかもしれない。

 だから僕達は話す。

 天気のこと。

 昼飯のこと。

 電車の遅延のこと。

 テレビのこと。

 昨日見たどうでもいい動画のこと。

 話さなくても何の問題もないことを、わざわざ話す。

 それは人間が、常に重要な話だけをしていられるほど強くないからなのだろう。


「それで」


 僕はファイルへ視線を戻した。


「箱庭計画って何なんでしょう」

「今の資料だけでは分かりませんね」


 最上さんが答える。


「ただ、少なくとも時間隔離実験と関係があった。黒津博士が転用を禁止したということは、逆に言えば、転用出来る性質の研究だったということでしょう」

「例えば?」

「保存」


 最上さんは一言だけ答えた。


「さっき話したでしょう。時間隔離の目的を」

「時間から切り離して、劣化を止める」

「ええ」

「じゃあ、箱庭に何かを保存する?」

「可能性としては」


 保存。

 またその言葉だ。

 保存する。

 残す。

 失わない。

 それが。

 黒津空我の研究の中心にあったのだろうか。

 僕はファイルへ目を落とす。


『第七観察対象における時間隔離実験』


 クレア。

 娘。

 人間。

 それを保存する。

 何のために。


「まさか」


 僕は何となく思い付いたことを口にする。


「病気の治療とか?」

「どういう意味です?」

「療養所だったんですよね、ここ」

「表向きは」

「だったら」


 ここへ集められていた患者。

 病気。

 時間。

 保存。


「治せない病気の患者を、治療法が出来るまで時間から切り離して保存するとか」


 SFみたいな話だ。

 冷凍睡眠。

 コールドスリープ。

 現代では治せない病気でも、未来なら治せるかもしれない。

 ならば患者を未来まで眠らせてしまえば良い。

 古典的と言えば古典的な発想だ。

 しかし。

 時間魔法が存在するなら。

 それは夢物語ではない。


「あり得ます」


 最上さんは言った。


「ただし」

「ただし?」

「それだけなら、クレアさんを実験対象にする理由がありません」


 そうだった。

 クレアは病人ではない。

 少なくとも。

 僕の知る限りでは。


「時間魔法を使えるから?」

「恐らく」


 最上さんは再びファイルへ視線を落とす。


「外部から対象を時間隔離するのではなく、時間魔法を持つ本人を媒体にした方が安定する、あるいは術式そのものの基礎データを取る必要があった。考えられる理由はいくつもあります」

「つまり」


 僕はクレアを見る。


「お前の魔法が必要だった」


 クレアは何も答えなかった。

 ただ。

 自分が持っている青い砂時計を見ていた。

 時間を遅らせる魔法。

 それしか父親から教えてもらっていない。

 そう言っていた。

 でも。

 本当にそうだったのだろうか。

 教えてもらった。

 という言葉さえ。

 もしかしたら。

 違うのではないか。

 習得したのではなく。

 実験によって作られた。

 そんな可能性が頭を過ぎる。

 しかし。

 それを今口にする気にはなれなかった。

 僕にだって最低限の空気を読む能力はある。

 多分。


「他の資料を探しましょう」


 最上さんが立ち上がった。


「この部屋だけで結論を出すのは危険です」


 その通りだった。

 僕達は観察室をもう一度調べることにした。

 棚。

 机。

 引き出し。

 古い機械。

 書類。

 しかし。

 妙なことに。

 箱庭計画という言葉は、その一行以外には見当たらなかった。


「消された?」


 クレアが言った。


「可能性はありますね」

「誰に?」

「それは分かりません」


 黒津空我自身。

 研究関係者。

 あるいは。

 僕達より先にここへ来た人物。

 足跡。

 その存在を思い出す。


「そういえば」


 僕は観察室の床を見る。


「足跡は?」

「……ありませんね」


 最上さんも気付いたらしい。

 廊下には確かにあった。

 誰かが地下へ下りた痕跡。

 しかし。

 この部屋には入っていない。


「じゃあ、先に来た奴は別の場所へ?」

「そういうことになります」


 僕達は部屋を出た。

 廊下。

 白い。

 静か。

 そして。

 足跡。

 懐中電灯の光を床へ向ける。

 足跡は、07号室を通り過ぎていた。


「奥」


 クレアが言う。


「そうですね」


 僕達は。

 足跡を追うことにした。

 08。

 09。

 10。

 番号が続いている。

 扉。

 観察窓。

 同じ構造。

 しかし、どの部屋も閉じている。

 クレアが近付いても。

 何も思い出さない。

 少なくとも。

 そう見えた。


「一から十まで?」


 僕は言う。


「観察対象が十人いたってことですかね」

「断定は出来ません」

「でも七番がクレアだった」

「ええ」

「じゃあ、少なくとも六人は」


 いた、はずだ。

 僕は、一号室を見る。

 小さな窓。

 暗い中。

 何も見えない。

 だけど。

 ここに、誰かが閉じ込められていた。

 そう考えると、急に、この廊下の印象が変わった。

 研究所、ではない。

 牢獄。

 そんな言葉が浮かんだ。

 もちろん。

 観察室に収容されていた人間が、全員嫌々ここへ入れられていたとは限らない。

 治療のため。

 研究協力。

 本人の同意。

 いくらでも可能性はある。

 しかし、クレアは言った。

 閉じ込められていた。

 子供だった。

 そして、記憶を失っている。

 それを考えると、善意だけで作られた施設だったとは。

 どうしても思えなかった。


「カズフミ」


 クレアが。

 僕の袖を掴んだ。


「どうした?」

「何か」


 廊下の先を見る。


「いる」


 また、その言葉。


「人?」

「分からない」

「魔法使い?」

「違う気がする」


 違う気がする。

 じゃあ、何だ。

 僕達は足を止める。

 低い振動音。

 ずっと響いている。

 むしろ。

 少しずつ。

 大きくなっている。


「音の発生源も、向こうですね」


 最上さんが言った。

 懐中電灯。

 前方。

 廊下の最奥。

 そこに。

 今までとは違う扉があった。

 白ではない。

 黒。

 金属製。

 分厚い。

 そして。

 中央に、文字。

『保存区画』


 保存。

 また、その言葉。


「……随分と分かりやすくなってきましたね」


 僕は言った。


「逆に嫌ですね」


 最上さんも同意する。


「開けるの?」


 クレアが聞いた。


「その前に」


 最上さんが床を照らした。

 足跡。

 ここで終わっている。

 黒い扉の前。


「入った?」

「恐らく」

「出てきた足跡は?」


 僕が聞く。

 最上さんは、何も答えなかった。

 僕も見る。

 入っていく足跡、だけ。

 戻ってくる足跡は、ない。


「……中にいる」


 クレアが言った。

 人なのか。

 何なのか。

 分からない。

 ただ、先にここへ来た誰かは。

 この扉の向こうへ入り——まだ、戻ってきていない。


「今日は」


 最上さんが言いかける。

 その瞬間。

 廊下全体。

 天井の照明が、一斉に点灯した。


「っ!」


 目が眩む。

 長い間、懐中電灯だけの薄暗さに慣れていたせいで、突然の白い光は痛いぐらいだった。


「電気……?」

「復旧した?」

「違います」


 最上さんが、黒い扉を見る。

 その横。

 今まで暗くて気付かなかった。

 小さな表示器。

 赤い文字。


『SYSTEM RESTART』


 システム再起動。

 誰が、何のために。

 そんな疑問を口にするより先に。

 表示が切り替わる。


『PROJECT GARDEN』


 英語。

 僕にだって読める。

 Garden。

 庭。

 そして、その上に、日本語。


『箱庭計画』

「……これ」


 クレアが、扉へ近付く。


「クレア、待て」


 僕が止めるより、早く。

 表示が、さらに変わった。


『IDENTIFICATION』


 認証。

 そして、文字。


『SUBJECT 07』


 クレアの、番号。

 最後に、もう一行表示された。


『WELCOME BACK, CLAIRE KUROTSU』


 お帰りなさい。

 黒津クレア。

 何年も前に閉鎖された。

 誰もいないはずの地下施設が。

 まるで。

 ずっと彼女が戻ってくるのを待っていたかのように。

 黒い扉が。

 ゆっくりと。

 開き始めた。


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