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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十三章、カサーン計画
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13-(4)第一回作戦会議

《会議中》

 の文字が点灯する陸奥改の一番いいブリーフィングルーム。

 ここは本来しかるべき将校たちが大勢集まるような場所ではあるが、いまこの部屋には6人しかいない。

 

 その6人のなかの一人の春日丞助かすがじょうすけは、

『第一回カサーン攻略作戦』

 とデカデカとでているスクリーンを眺めながら、

「本当に調理師の俺が作った作戦で会議してら」

 と夢見心地。

 

 いまの丞助は自分が、本当にこの部屋にいるのかすら半信半疑。

 そんな丞助が眺める先には妹の春日綾坂かすがあやさか。同作戦での綾坂の受け持ちは二足機の行動計画だ。綾坂はスクリーンの前で、ひたいに汗しながら真剣に説明している。

 

 ――はは、あいつ緊張してるな。

 丞助は他人事のように思った。やはり自分がこの作戦の主幹しゅかんだという実感がわかない。気は散漫だ。

 

 ――おー黒耀はメモ取ってるな。まじめだねぇ。

 つづいて丞助の目に入るのは天童愛の後ろ姿。真っ黒なね色の髪の毛から、真っ白なうなじがのぞきなんともなまめかしい。

 ――さすが天童愛さん。顔を見なくても美人ってわかるなこりゃ。

 

 続いて丞助が目を向けたのは秘書官の鹿島容子かしまよこ

 秘書官鹿島は真剣な顔で議事録ぎじろくを取る真っ最中。

 

 こういった会議の記録は秘書官の仕事。そして議事録が作られているということは正式な軍の作戦だということをなによりも物語ってはいるが――。

 

 ――つまりこれって俺のために、あの鹿島さんが記録取ってるってことになるんだよな?

 と丞助はやはり自分がこの場にいる実感が持てない。

 

 そんな丞助へ、

「おい作戦監督!」

 突然の声。

 

 ――監督? なんのことだ。

 丞助は耳慣れない言葉に驚くが、とにかく自分が呼ばれたことだけは理解した。


「おい作戦監督の春日丞助。起きているか」

 

 耳慣れない言葉を繰り返したのは司令官の天儀てんぎだった。

 気づくと部屋中の視線が丞助へと集中。

 

「あー! わたしが説明してるのに兄貴ったら居眠りしてんの?」


「寝てまではいませんけど、我ここになしといった感じではありましたね」

 

 綾坂と黒耀からは批難の声。


「まて! 起きてたし聞いてた!」

 

 丞助は慌てて弁明するも、視線を泳がせてしまい説得力は皆無。ますます分が悪い。


「ちょっと誰のための会議よ。ちゃんと聞いてよ」


「大方、天童愛さんのうなじでも見て、下卑げびた想像でもしいたのでしょうね」


「そんなわけあるか!」

 と必死に抗弁してみても、やはり説得力は皆無。むしろ逆効果だ。


「あー! 見てたんだ!」

 綾坂が指さしで糾弾。

 

 ――くっ不味いぞ。

 

 否定すれば否定するほど怪しい。と丞助は思い。

「ああ、見てた」

 と大胆宣言。文句があるかとばかりにズイっと押しだすようにいってのけた。とたんに女子2人からは猛攻だ。


「はぁ!? なに開き直ってるのバカ兄貴」


「こんな大事な会議でうなじに見とれるなんて、丞助ったら美人と見ると見境ないわね。ほんと最低よ」


「可愛い妹が説明してるのよ。わたしを見なさいよ。わたしを!」


「私、知ってるわよ。4人で集まると、綾坂とアヤセを交互に見ては鼻の下伸ばしてるでしょ。バレてないともったの!」

 

 猛烈に押される丞助は、綾坂も図々しさもヤバイけど、

 ――黒耀ってよく俺のこと見てるよな。

 とあきれる思い。

 

 そもそも俺が天童愛さんに見とれてたのを見逃さないって、黒耀も大概だろ。俺が愛さんに鼻の下伸ばしてたのは一瞬だぞ。それを目ざとく認めるって黒耀も会議に集中してなかったってことじゃないのか?

 

「まてよ2人とも。想像がひどい。いや、ひどすぎる。見てた理由はそんな理由じゃないし、鼻の下も伸ばしていない」


「はあ? じゃあどんな大層で愛さんのうなじ見る理由があんのよ」

 

 綾坂が険のある目でにらみつけ、黒耀も汚物を見るような目だ。

 

 丞助は、うなじは見てないが、と白々しく断わってから、

「俺は〝作戦監督〟だ。俺の作戦を指揮する天童愛さんの反応は気になるだろ」

 自分は不順な動機で見ていない、と苦しさのなかで胸を反らした。


「開き直ってる!」


詭弁きべんだわ!」

 

 2人の勢いが増したが、いい訳としては筋はとおっている。丞助はこのまま押しとおすと決意。いや、

 ――このいい訳を押しとおさないと不味い!

 と必死だ。この見苦しい珍事に、そのうち天童愛の介入があるのは火を見るより明らか。なにせ天童愛は同じ部屋にいて、目と鼻の先だ。いま3人が天童愛を材料に言い争うのを静観しているのは不思議なくらい。

 

 愛さんの介入時に俺が2人にコテンパンなら、

 ――絶対零度のブリザードが俺だけを直撃する!

 丞助は心を凍傷で殺されたくないと必死だった。


 綾坂と黒耀が真っ赤になってつめよるかまえを見せたところで、

「おい――」

 という天儀の重い声。


「そのへんにしておけ。彼女がヤバイ」

 天儀が天童愛をあごで指していった。

 

 なお騒動から一番遠い場所にいる鹿島は、

 ――うんと、うんと。これも記録に取らなきゃいけないのかしら?

 とキョロキョロしている。


 丞助たち3人がハッとした。


 天儀は戦隊司令である自分の目の前で、しかも会議中に茶番劇を始めた3人へ、怒るどころか面白そうに眺めていたようだが、

 ――天儀司令の、あの苦笑いは絶対プラスの評価にはならない。

 と3人は直感し熱くなっていた感情は瞬時冷却され頭は冷静に。

 

 加えて3人にとって不思議顔で眺めてくる鹿島の存在も痛い。

「これも会議の一端なのかしら?」

 鹿島の顔はそんな顔だ。

 

 ――鹿島さんの純粋さが痛い。

 3人は罪悪感にさいなまれるしかない。

 

 そしてなにより問題なのは俎上そじょうにあげた天童愛。

 丞助は綾坂と黒耀に糾弾されるなか、

 ――俺を責めるってことは愛さんへの失礼ってのもちょっとは考えてくれ。

 と生きた心地がしなかった。

 

 なにせ短時間で『#天童愛のうなじ』というワードが頻出。

 

 ――愛さんのうなじを見ていた、見ていないってどう考えても失礼だろ!

 丞助は自分がうなじを眺め鼻の下を伸ばしていたことなど、そっちのけで思った。

 

 3人は、愛さん怒ってる?

 ――いや、怒ってますよね?

 天童愛のほうをまともに見られない。

 

 会議室に気まずさの混じった微妙な沈黙。

 その沈黙を鹿島の一言が破った。


「作戦会議で激論を交わすって私の憧れです。ファイトです」

 

 元気づけるようにニッコリいう鹿島はさらに継ぐ。


「私ったら最初、綾坂さんと黒耀さんが丞助さんを取り合ってるみたいに見えて驚きました。けどこうやって意見を戦わせることでよりよい作戦になるんですよね? ね?」


 トレードマークのホワイトブロドのツインテールをゆらしながらいう鹿島の純粋が3人を襲った。青い顔の3人の視線が泳ぎに泳ぐ。

 

 天儀が、

「かしまぁ――」

 ため息とともに一言。

 

 丞助たちはなにも作戦内容で激論を交わしていいたわけではない。たんに天童愛に見とれる丞助へ腹を立てただけだ。

 

 ――だけどお前それをズケズケと指摘するか?

 

 天儀はさらに思う。

 司令の俺があえて無視、不問にしてるんだぞ。それをお前ときたら。そのいいかただと丞助たちがおのれの矮小わいしょうさを強く意識してしまって作戦がすぼむだろ。

 

 けれど鹿島は脳天気。天儀へ、

 ――はいっ。

 と切れよく返事をして、ご用事はなんですとばかりの顔だ。

 

 そんな折についに、

「あら続きは?」

 作戦参与の天童愛から冷静な一言。場の意識は一瞬にして作戦会議という本題へ回帰した。

 

 天童愛からすれば特戦隊の練度れんどの低さは織り込み済みで、

 ――今更だというものですね。

 ということだ。

 

 天童愛は友人たちをさげすむ気はさらさらないが、

「けれど彼らの友人としては、こういう事態になるというのはわかりきったことですね」

 と一歩引いた視点を持っていた。

 

 立場と職分を超越して作戦を立てるというプレッシャーは凄まじいものがあるだろう。そのストレスが、こういった茶番劇となってでるのは天童愛からすれば予想済みだ。

 

 そもそも天童愛は元は一個艦隊の司令官。こういった問題も経験済み。人のあつかいとぎょしかたは心得ている。


「それに丞助さんたちはバカではありません。今回の場合は坦々と会議を進行すれば、おのずと、おのれの過ちに気づくというものです。激烈に指導するより、平静に会議を進行させれば特大に反省するでしょう」

 

 天童愛は自分が指揮する作戦を前に冷静だった。


「第二回会議からは、作戦監督の君が艦長や集まった将校しょうこうたちに説明するんだぞ。大丈夫なのかそれで」


 そういう天儀に続いて、天童愛も微笑しつつ、

「作戦監督の丞助さんには、厳しい質問や指摘があると思いますよ」

 とエールの言葉。

 

 丞助は、

 ――だから作戦監督ってなんですか。

 と思いながらも跳ねるように立ち上がりざまに敬礼。


「はいっ」

 と短く大きく切れの良い返事。

 会議室に笑いが起こった。丞助が慌てて立ちあがって敬礼したので、少し滑稽こっけいだったのだ。


「それでは作戦のプレゼンのやりかたを見せてやる」


 笑いのなか司令天儀がスクリーンの前へと進んでいた。


「これは俺流で正解かはしらんが、参考にしてくれ」


「あら、心もとない言葉ですこと」

 

 天童愛がいうと、天儀はフンと鼻を鳴らしてから。


「だがこのやりかたでみかどの前で説明した。要点を箇条書きにしてな。丞助、俺のやりかを踏襲すれば陛下の前でも恥をかくことはないぞ」

 

 大げさなことをいう天儀にブリーフィングルームにまた笑い。

 

 笑いのなかで丞助は、

 ――なるほど。

 と思った。

 

 第一回会議なんて銘打っていても、集められたのは実質少数の身内だけじゃないか。それだけに俺はちょっと気が抜けてしまったけど、この余裕をつかって少しでも会議慣れしておかなきゃ。


 で、いま天儀司令は俺のために作戦の説明のやりかたの見本を見せてくれるってわけだ。しかも作戦に穴がないように、詰めの作業を自ら買ってでてくれて……。

 そして特技兵の自分に、

『作戦監督』

 とかいう急造の役職名まで用意してくれている。

 

 丞助はもう作戦会議が他人事のようだ。などと思えない。必死となって天儀のプレゼンの仕方に見入り、作戦の詰めの作業に参加したのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 真剣となった作戦監督の丞助を前に会議はあれよあれよという間に進んでいく。

 第一回会議の最大の焦点である作戦の詰めの作業。

 それが天儀と天童愛の途切れないラリーのような応酬で瞬く間に終わっていた。


「基地の無人対空砲群への対策がないが」

「二足機隊発艦時に、電子戦で沈黙させます。わたくしがやりますわ」

「ここ予想所要時間の記載が、ありませんね」

「そこは3分だ」

「基地の高射砲群を制圧してからの陸奥改の位置は?」

「基地正面へ移動させる」

 

 天儀もしくは天童愛から問題点が指摘されると、直後に天儀もしくは天童愛が修正を提示。この繰り返しだった。

 そんな2人の横では、秘書官の鹿島がほぼタイムラグなく手早く作戦を修正。


 そう修正作業で丞助、綾坂、黒耀の3人が最も注目したのは鹿島容子。

 

 丞助たちは、

 ――耳から入った情報が脳を経由しているのか?

 とすら思って鹿島へ賛嘆の視線。

 

 凄まじい速さで作戦修正のラリーを続ける天儀と天童愛の言葉を、鹿島は適宜に取っては入力。スクリーンに投影されている作戦はリアルタイムで文字や図が修正されていた。

 

 モニターに向かう鹿島は真剣そのもの。手元は寸分の狂いもなくタイピングを繰り返している。

 読むではなく、

 ――見る。

 だけで万機を理解でき、

 ――耳に入るだけで、手が動く。

 というのが主計部の至宝といわれる鹿島容子だった。


「これ同時に議事録も取ってるのよ……」

 黒耀が驚愕の顔でいうと、

「「ふぁ!?」」

 丞助と綾坂が驚き顔で同時にうめいていた。

 

 そんななか鹿島の心中は涼しげですらあり、

 ――ちょっと大変ですね。でも視認ポップアップ機能さまさまです。

 と作戦会議を楽しんですらいる。

 

 デュアルモニターは便利といえば便利だが、画面の数が増えようが、どんなに広い画面を使おうが、アクティブにできるソフトは一個だけ。一々入力のためにアクティブにしたいソフトを選択する操作が必要となる。けれどいまは使用者の視線を読み取り、適宜なウィンドウをアクティブにする機能がある。

 

 鹿島が議事録のウィンドウを少し見つめれば、議事録ソフトがアクティブに。作戦のソフトを見ればそちらがアクティブに。複数のソフトを同時に立ち上げてつかうには便利な機能だ。

 

 鹿島の驚異的な事務処理能力は、こういった文明の利器にも支えられている。

 そして鹿島の視認切り替え設定は、

 ――0.05秒。

 

 これでも長いぐらいなんですよね。と鹿島は思うが、普通はどんなに短くても0.3秒から0.5秒ぐらいだ。0.05秒では視線が泳いだときに意図しないウィンドウへ切り替わってしまう。


「アヤセいわくだけど、鹿島さんこの状態でさらに作戦案の妄想とかするらしいわよ」

 

 黒耀の追加情報に、

「え、マジ?」

 と小声で驚く綾坂。

 

 丞助などは、

 ――もう凄すぎて引け目すら感じないぜ。

 と思い。


「女性はマルチタスク。複数の同時作業が得意らしい」


「兄貴ったら、だからなによ?」


「2人も真似できるんじゃないか」


「バカおっしゃい。どっかの綾坂みたいに、アニメ映画みつつ、アイスクリーム食べながら、チャットアプリでお話して、明日の訓練内容の確認なんて浅いマルチタスクとアレはわけが違うわよ」


「そうね。同時たって、おしゃべりと、お化粧と、チャットアプリ。簡単なのをせいぜい3つか4つよ……」


 丞助が、

 ――それでもスゲーよ。

 苦笑いするなか、作戦はめでたく第二回作戦会議で戦隊高官たちへ披露できるものへと完成していたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 第二回作戦会議へ向けての作業は終了。ブリーフィングルームにはホッとした空気。

 司令天儀の前に秘書官の鹿島がれたての紅茶をおいていた。

 鹿島は続いて天童愛、そして丞助たちの前に湯気立つ紅茶をおいていく。

 

 丞助は目の前におかれたソーサーに乗ったティーカップを見て、

 ――うへ。陶器の容器かよ。

 と待遇の良さに驚きを覚えていた。


 普通は宇宙船内の飲み物は500ミリリットルから1リットルの容器を持ち歩くか、艦内の自販機で売っているような飲み口がストロー状の再利用可能なパックだ。

 

 ――それが地上みたいに普通にソーサにのったカップがでてくるんだもんな。

 丞助はおっかなびっくりティーカップの取っ手の部分をつまんで口を近づけた。


 この緩やかな空気のなか天童愛が、

「ところで天儀司令?」

 といって口火を切った。

 

 天童愛は室内の視線が自身へと集まるなか、

「この作戦には、大きな問題点があります」

 と誰もが思わぬ一言。

 

 丞助は驚きで口まで運んだ紅茶をこぼし、

「あー! あちっっ!」

 と無様な悲鳴。

 

 なにせ無事に終わってさて次回。ほっと一息したところだ。


 丞助が、

 ――なんですか今更!

 というように天童愛を凝視。

 綾坂も、

 ――え、なんでいまになって?

 黒耀も、

 ――問題点があったなら作業中に提起すべきでは?

 と天童愛を見てしまっていた。


 ……完成したと思ったは作戦はどうなってしまうのか。部屋は気が気でない空気につつまれていた。

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