13-(3) 合格
陸奥改ブリッジ――。
秘書官鹿島容子は司令指揮座下の事務用のデスクに座る天儀の横に、ひかえめにちょこんと立っていた。
いま鹿島の目の前には、春日丞助と春日綾坂、そして黒耀るいが緊張に面持ちで立っている。
「うふふ、今日が丞助さんが作った作戦の提出日。お三方とも緊張してますね」
鹿島は天儀の自称参謀でもある。そんな鹿島からして、ほほを紅潮させすら緊張している3人は実に初々しく、ほほえましくもある。
前回ブリッジをおとずれたときは綾坂と黒耀の後ろに立っていた丞助だったが、今回は違う。丞助が綾坂と黒耀を従える形で天儀の前に立ち作戦を提出した。
「いいだろう合格だ。よくやった」
天儀の作戦案の確認はあいかわらず早い。5分もせずに丞助たちへ笑顔を向けいった。
直後に3人の間に広がる安堵の色。
丞助は目元を一瞬だけ緩めてしまったがすぐに厳しい表情に戻した。対して綾坂などはガッツポーズ。
それを横に立っていた黒曜に、
――およしなさいったら、みっともない。
と、たしなめられる。
秘書官の鹿島は、そんな様子を微笑ましげに眺めていた。
鹿島は思う。本来です陽のあたる場所にない丞助へチャンスをあげちゃうだなんて。ふふ、天儀司令ったらやっぱり気配りができて優しいかたなんですね。
鹿島は司令天儀を綿密に補佐する秘書官。ことの顛末はよく知っている。そもそも作戦が採用される場合、それを具現化するために物資面での調整を行なうのは特戦隊の主計責任者の鹿島だ。鹿島はだいぶ前からカサーン基地の攻略へ向けての準備の指示されている。
丞助は司令指揮座下が喜びのふんいきにつつまれるなか、
「天儀司令、質問をよろしいでしょか」
と大胆に問いかけた。
「なんだ。いってみろ」
「天儀司令ならどうされましたか?」
天儀が、それを聞くのか。と笑った。
「はい」
丞助が明朗な返事。
「天儀司令どうするか。兄貴ったら作戦つくってる最中なんどもいってたわね」
「そうね。天儀司令は必ず自分たちとは違うアプローチをする。作業のあとには決まってこの話題」
綾坂と黒耀がじゃっかんあきれていった。
天儀が2人を交互に見て、
「なんだ君たちも知りたいのか」
というと、綾坂と黒耀が同時にうなづいた。
「まあいいだろう。丞助の提出した作戦は良かったからなご褒美だ」
天儀の横にひかえめに立っていた鹿島も俄然興味。
4人の注目を浴びるなか天儀が、せっかくだし陸奥改の性能を生かしたいな。といって話し始めた。
「超重力砲がある。俺なら基地にありったけぶち込んで制圧。基地を構築しなおす。基地を跡形もなく消し飛ばしても、虎符に物をいわせて動員をかければ短期間で再建設は可能だ。ま、その場合は鹿島が頑張ってくれる」
突然、名前がでて、
――ふえ!?
と驚く鹿島。
天儀はそんな鹿島へ、
「君ならできるなよな」
と笑顔。
「はい!だいじょうぶですよ」
と頬をゆるめながら応じた。
「それに我々は、あの基地がじゃまなのであって、足がかりとしてどうしても必要というわけではない」
たったこれだけの言葉で、なるほど。と、丞助は思った。
丞助は今回作戦立案の難しさを知った。
そもそも丞助が、この作業をするのは士官学校を中退して以来。士官学校二足機科から調理師へ転向までの間に、三度ほど授業で作戦づくりの真似事をしただけだ。
天儀が口にしたことは多くはないが、その言葉から予想される作戦は、黒耀のように煩雑ではないし、単純であるが妹の綾坂のように雑ではないと思われる。滞陣する地域から動員をかけられるようになる虎符のことも丞助の頭になかった。
「だが小惑星基地に艦砲で、どれほど効果があるかわからんうえに、できるなら基地はなるべくならそのまま使える状態で手に入れたほうがいい」
「虎符ですか。思いもよりませんでした。天儀司令の発想は柔軟ですね」
「丞助、この作戦は悪くないよ」
天儀はそういうと体の向きを変え、少し離れた場所で仕事をしている作戦参与の天童愛へ向け、
「あとは天童愛が上手く指揮してくれるさ」
と大きな声でいった。
丞助、綾坂、黒耀、そして鹿島の視線が天童愛へ。
注目を浴びる深雪の美女はため息一つ。立ち上がってワークスペースから天儀たちのもとへ。
「わたくしがやるのですね」
ムッとした態度でいった。不快を抱いた天童愛は寒冷前線。周辺には早くもブリザードが吹き荒れている。
――うへ。なんか不機嫌。
とたんに寒さで張りつめたような場の空気に天儀以外の4人の身が強張るなか、
「当然だ。そのために呼んだ」
天儀が涼しげに応じた。
「あら、わたくしが指揮するとカサーン基地が図上から消えかねませんけれど。よろしいのですか?」
天儀をためす脅しだった。ごねたといってもいい。
天童愛は天儀から軽々しく言葉を振られたことに憤然としていた。
「確かにわたくしは、いま天儀司令の下で粛々と軍務についていますわ。けれどだからといって軽々しく扱ってもらっては困ります。この天道愛をあごで扱えるのは、お兄様だけ」
天童愛のこの思いが、
――わたくしをつかうということは、どういうことかご覚悟あってのことですか?
という鋭い眼光となって天儀を刺している。
それでも天儀の涼しげな態度は変わらない。
「俺が指揮しても同じだな。是非やってくれ」
「そうかしら最高軍司令部は、あまり手荒なことは望んでないのではなくて?」
視線をぶつける天儀と天童愛。
司令官と作戦参与の反目寸前にらみ合い。特戦隊のナンバーワンとツーが一歩もゆずだ。居合わせる他の4人にとっては気まずい空気のはずだが、一人鹿島は違っていた。
鹿島は天童愛の言葉にトレードマークのツインテールをピクっと反応させ、
「あ、そっか。最高軍司令部は星系封鎖を放棄したと発表しつつも、第二星系に展開させた艦艇はそのままにしています。これは交渉による反乱終結の方針を維持してるってことなんですね」
と気づいたことを言葉にださずにはいられない。
鹿島の言葉に黒耀が、
「第二星系は一般人まで金融財産は凍結されたまま。商取引も禁止されてる」
というと綾坂もあっけらかとして思いついたことを口にする。
「あーそう考えると、これまでどおり封鎖と交渉での反乱終結を目指しているってことなのか」
一人丞助だけが、
――女ってツエー。
と驚くばかり。
丞助からすれば戦隊司令(天儀)と作戦参与(天童愛)というライオンとトラのにらみ合いに口などはさみたくもない。口を出すなと、ぞんざいに前足を振られるだけで命はない。男の丞助からすれば、どう考えても黙っておくのが得策だ。
「そうですね。お三方のいうとおりです。最高軍司令部から許可がでているとはいえ、やりすぎれば反乱軍側から背信行為と見なされ、態度を硬直化させかねませんね。わたくし責任をとりかねますよ?」
「だが最高軍司令部は勅命軍の存在を容認した。これは封鎖と交渉だけでは勝てないと判断したということだ。つまり特戦隊は最高軍司令部から戦いを望まれている」
場には、
――え!?
という驚きの空気。天儀の推量は他の5人より一歩先を行っているが、それだけに意外にすぎる。
「考えても見ろ。鎮圧には反乱の2個艦隊を叩き潰すのが手っ取り早いが、それには艦隊決戦か、同等の戦いが必要だ。だが最高軍司令部は艦隊決戦などしたくはない。さきの大戦で両国軍は大きく消耗したからな」
「うぅ。そうです。星間会戦の一回でグランダ軍は4割の艦艇が大破。旧星間連合軍は実質3個艦隊が消滅……」
反応したのは、またしても鹿島だ。歴女でミリオタ。大好きなミリタリー軽雑誌の『戦史群像』の知識が思い浮かべば口にださずにはいられない。
「老朽艦の処分と軍縮が重なったとはいえ、同君連合軍の始まりは満身創痍。最高軍司令部としては新国家の新軍樹立前にこれ以上戦力を消耗したくないんだよ。そもそもランス・ノールの独立への行動は、これを見越した行動だ」
「ほーなるほど。最高軍司令部の戦力が弱体だから、反乱を力で押さえつけれない。ランス・ノールの独立宣言という暴挙が私いま理解できました!」
鹿島はあっさり意見をひるがえし、
――これが大局観というやつなんですね!
と天儀へ尊敬の眼差し。鹿島は頭がいいだけに、理解力がある。けれど、こうも意見をあっさり変えてはたんなる軽薄さだけが目立つというものだ。
場には、
――鹿島さん……。
という自称参謀殿に向けられる残念な空気。
「そうだ。つまり最高軍司令部はランス・ノールに見くびられている。この状況でランス・ノールは降伏交渉などに絶対に乗ってこない。独立を認めろというだけだ」
それでも天童愛の厳しい視線は変わらない。
天童愛からいわせれば、
――天儀司令のお言葉は、希望的観測にすぎないのではくて?
というものだ。
天童愛からすれば天儀は最高軍司令部の意図を深読みしすぎて、自分につごうよく解釈しているように感じるのだ。
「せいぜい反乱軍のゆさぶりにつかわれているだけでは? やり過ぎると使い捨てにされますよ」
「結構じゃないか。最高軍司令部は特戦隊をランス・ノールへの牽制へつかいたい。我々はそれを利用して攻勢を仕掛ける」
「で、それが李紫龍の誅殺にどうつながるんです」
天童愛の核心をついた問に鹿島が反応。鹿島はあいかわらず右へ左へ忙しい。
「あ、そうです。特戦隊の至上の命題は李紫龍を誅すること。カサーン基地を叩いても李紫龍とは直接関係ないですよね?」
「そんなもんは知らん」
とたんに場には天儀への、
――エエエェェェ!
という非難の目。
「蜂の巣をつついてみなければ蜂の数などわからん。とりあえず巣を叩き落としゃあ状況は動く」
「ほー。なるほど小惑星カサーン基地は蜂の巣ですか?」
鹿島が問いかけた。
「まあ、そんなところだ。あそこは地理的にファリガとミアンノバの接合点。戦略的重心地だ。そこ力いっぱいぶっ叩けば敵は否が応でもアクションを起こす」
これには鹿島だけでなく、丞助も綾坂も黒耀も半信半疑。そんな強引な手で上手くいくのだろうかという疑念しかない。
特に丞助たちからすれば、自分たちが作った作戦が戦況に悪影響などしてはたまらない。場には困惑のふんいきが広がった。
ここで鹿島、丞助、綾坂、黒耀が頼むとなれば唯一天童愛。
――天童愛さんなんとかいってくださいよ。
という4人の視線が天童愛へ集まった。
天童愛は4人の批判の思いをうけるように、
「なんて乱暴な……」
と批判を口にしたが、継いで言葉は、
「けれどきわめて効果的です」
全面的な肯定。天童愛から不快のブリザードが消えていた。
悲しいかな天童愛は軍人脳。天儀の一見乱暴で無謀に見える言葉を、
――これこそ大胆不敵。
と直感し、胸は高鳴り痛快な気分に。
加えて天童愛は節を重んじる。節とは「さだめ」とか「きまり」をいう。お兄様のためならなんでもする彼女の兄への愛はまさに至純。その至純さなは不正義を忌嫌し白を黒とつっぱねることを嫌う。
天童愛はとたんに丞助たちへ柔和な表情を見せ、
「とういことで、わたくしが作戦を指揮することになりました。楽しみね。いまからじっくり読ませていただくわ」
といって最後には笑った。
丞助たちは少々硬い作り笑い。先程まで天童愛は不快そのもの。ビュンビュンとブリザードが吹き荒れていたのだ。
そう丞助たちが憧れをもって見る深雪の美女は、旧星間連合軍内ではアイスウィッチとか雪女などと恐れられていたわけで、誰がどう考えても天童愛の不機嫌は誰が相手であろうと炸裂する。
――お友だちへは気をつかう。
なんてことはないだろう。
むしろ、
――友だちだけに炸裂しそう。
と丞助も綾坂も、黒耀も縮みあがる思い。
「気に入らない内容なら氷漬けかなこりゃ」
と、丞助が青い顔になり小声でいうと綾坂と黒耀もヒソヒソ声でつづいた。
「でも愛さんが感情を向けるのって、いまのところ天儀司令だけだし」
「確かに特戦隊で、あの絶対零度の寒風をうけてるのは天儀司令ぐらい。それもしょっちゅうね」
けれど3人は気が気でない。
この緊急事態に3人は司令天儀の前なのも忘れプチ会議を開始。
「ちょっと兄貴どうすんの。愛さんもう作戦を読み始めてるわよ」
「どうするって……」
「兄貴は天儀司令が指揮するっていってたじゃん! 愛さんって知ってたらわたしもっとオシャレな文章のレイアウトとか考えたのに! 重要部分には可愛いマスコットとか入れてさ」
――お前は。
と絶句する丞助に変わって黒耀が。
「綾坂はあいかわらずお猿ね。そこじゃないでしょ心配は。内容に不備があった場合、あの絶対零度のブリザードが私たちへ容赦なく吹き付けるのよ」
「そうよ。それよ。どうすんのよ兄貴!わたしの冷え性が悪化したら兄貴のせいだかんね」
「そんなむちゃくちゃな」
一方、話題の渦中にある天童愛といえば、熱心に作戦に見入ってカサーン基地攻略の廟算に没頭。雑音など耳に入らない。
3人はどうなることかと緊張しながら、天童愛が作戦を読み終えるのを20分ほど待ったのだった。