10-(2) 人知の優劣
第二資料整理室・管理官という星守あかりが扉を開くとさほど背丈の高くない男が立っていた。
星守は、
――六川さんとどっちが高いんだろう?
と失礼なことを思いつつけげんに目の前の男へ目を向けた。
星守の目のなかの男は、黒目黒髪。体躯は痩せ型だがヒョロリとした印象はない。そして鋭い目だが口元には笑み。
――人よさ気だけど、油断できない相手ね。
と星守は思い。男の素性についての思考が怒涛と流れる。
――旧軍令部時代の職業病ね。
星守が自嘲を思った。
軍令部時代の星守の仕事の一つが軍警察を率いての綱紀粛正。警察のような仕事もよくしたのだ。人を見るとどうしても素性を推理してしまう。
男はグランダ軍の将校の制服。しかも肩章は大将。略綬章は付けてない。年齢は30代ね。40は行ってない。
あ、耳が潰れて餃子みたい。つまり格闘技は得意。なら痩せてるようにみえるけど服を脱いだらけっこう筋肉たくましいかも? いや、将官となれば運動は疎かになりがちかも。などと星守の脳内では男の外見情報への解析が止まらない。
「でも――、どっかで見たことある」
と星守は思い。思わずのぞき込むように男の顔を見ていた。
迫る星守に仰け反るような男。
男は星守の、
――誰です?将官だからってだんまりですか?
という強い視線に慌てて、
「陸奥特務戦隊司令の天儀です」
と下手な態度で名乗った。
部屋には驚きが走った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥特務戦隊司令の天儀と名乗った男へ――。
星守は明確な敵意の目。六川は驚きの目。
なにせ目の前の天儀と名乗った男は自分たちの尊敬する上司天童正宗を敗北に追い込んだ男で、2人の失脚の原因といってもいい。
つまり六川と星守がこんな場末の資料室でどうでもいい仕事をさせられているのは、
――全部この男のせい。
である。
そのときガタッと音が鳴った。
六川が敬礼していた。
星守も続けて敬礼。なにせ部屋に突然にあらわれた天儀は2人より偉い。星守は宿敵の登場に、渋々とか不本意とか考えている暇もなかった。軍人の条件反射だ。
六川が名前と階級と、
「第二資料整理室で室長をしております」
と挨拶すると星守は、なんで挨拶なんか。と思いつつも、
「はじめまして〝元軍令副長〟の星守あかりです」
敵意たっぷり。
天儀は、
――歓迎されていないな。
ということを肌で感じた。敵意むきだしの星守もそうだが、六川の無表情にも冷淡さがある。
それにしても〝元軍令副長〟とは。と天儀が思う。普通は六川のように現在の職分を名乗る。
――これは協力を取り付けるのに骨が折れそうだ。
室内の空気には気まずさがある。というのは天儀でなくともこの部屋にいれば誰もが思うだろう。いま六川と星守から天儀へ向けられる視線は、
――なんの用事だ?
とう疑義の色がふんだんにある。
それに天儀は部屋に入って立ったまま。元帥という別格の階級にある天儀の訪問に椅子ださないとは、どう考えても歓迎されてはない。ただ六川と星守からすれば、予期せぬ星間戦争の勝利者の登場に慌てに慌てて、折りたたみの椅子をだすのも忘れていた。というのが実情だ。
そして星守からいさせれば、そもそも第二資料整理室って、
――訪問者なんて想定してませんから!
というものだ。
要件があるなら呼び出されるだけ。誰かくるなど夢にも思わない。
「ここには元軍令部の2人がいると聞いてきたが間違いでなかったようだ」
気まずそうにいう天儀に、
「ほー驚いた。軍令部の存在を知っていたんですね。正宗さんの優秀さに隠れて私たち軍令部の存在ってグランダからは見えにくいって思ってたんですが」
と星守はにべもない。
「当然だ。それに軍令部については色々噂も聞いている」
「天童正宗の腰巾着とか虎の威を借る狐とか、軍令部の亡霊とかですか?」
「違う。優秀だということをだ――」
「へー」
と星守が、
――口ではなんとでもいえますからね。
不信感いっぱいの横目で天儀を見る。
星守の目に映る天儀は、背は高くないけど顔は悪くない。下手な態度だが、あくまで芯があり威儀もある。体貌から〝強さ〟というものが滲んでいるような印象もうける。
――だけど正宗さんにはおよびません。
星守は天儀を心中で突き放し、
「で、なにしにきたんですか?私たちの落ちぶれようを楽しみにきたというなら、もう満足でわ?」
そう皮肉たっぷりにいった瞬間に部屋には、
「違う――!」
とう大声。
とうとつな大声に星守が驚くが、星守の目の前の天儀も驚いていた。つまり否定の大きな声は天儀から発せられたのではない。
大声の主は六川だった。
六川は驚き黙る2人へ、
「天儀司令、あなたがここにきた理由は李紫龍をどうにかする件について僕らと話したい。違いますか?」
というと天儀がうなづいた。
「昨日〝陸奥特務戦隊〟というのがミアンの高軌道上の民間の大規模ドックへ入ってますね。勅命軍という附則があったので目につきましたが、あまりに小規模なので目的が不明でした。ですがこの勅命軍を率いてきたのは天儀司令、あなただったとなれば色々見えてくる。勅命軍をあなたが率いてきたとなれば李紫龍に関すること。おおかた皇帝から李紫龍の殺害を命じられたと、僕は推理しました」
「ちょくめいぐん?」
星守が耳慣れない言葉を復唱した。星間連合の軍人には皇帝を戴くグランダ軍の仕組みはわかりにくい。
「帝の詔命によって発さられた軍ということだ。首相や軍最高機関からではなくな」
天儀が六川にかわって応じた。
それでも、はあ? とわからない顔の星守に、
「星守くん、勅命軍の軍籍はあくまでグランダ軍。最高軍司令部の指揮下には入らないということだよ」
六川がいった。
星守は、
――それがなにか?
とけげんに思った瞬間に、
――大艦隊がミアン宙域に入ったなんてニュース聞いてません!
と、ハッとした。
反乱軍の総軍司令官である李紫龍をどうにかするとことは、つまり反乱軍2個艦隊をどうにかするということで、それ相応の戦力が必要となるはず。そうなれば、つまり目の前の男は大軍を率いていなければならない。2個艦隊規模が動けば当然ニュースのトピックスぐらいにはなる。
「え、小規模な戦力っていったい何隻なんですか?」
天儀が指を3本立てて見せた。
「30隻ですか?それは少ないですね……」
仮に指3つの意味が300隻なら約2個艦隊規模だ。これは少ない戦力ではない。となれば指3本の意味するところは30隻。まさか3隻、もしくは三千なんてことはあり得ない。というのが星守の結論だ。
「いや違う」
「は?」
困惑する星守。30隻が違うとなると、有力な3個部隊とか3個戦隊とか? いやそうなると30前後か30を超えるので、やはりつじつまあわない。それに自分は〝何隻か?〟と質問したのだ。部隊数で応じるのもおかしい。
そんな星守を冷静な視線で眺めていた六川が、
「3隻だよ。星守くん」
と、天儀に変わって応じた。
「ええ!? それって大型母艦が3隻ってことですか? これなら2個艦隊に遠くおよばないもののそうとう強力な戦力ですが……」
「いや、戦艦1隻に護衛艦2隻だ」
今度は天儀が答えていた。いま星守は2人へ質問するかたちだ。
星守が天儀の言葉に信じられないと、驚きの表情となるなか六川は冷静だ。
「でもご覧のとおりです。僕たちは閑職にある。天儀司令と勅命軍へ、お力にはなれないと思いますが」
「ああ、なるほど。私たちに手伝って欲しくてここへきたんですか」
星守も遅ればせながら天儀の訪問の意図を明確に認識した。
「ご名答。そういうことだ」
「そうですか残念。やりたくても無理ですね」
星守に突き放していう。取り付く島もないないとはこのことだ。
「星守くんその態度はまずい。天儀司令が気に入らないのはわかる。尊敬していないにもね。君のなかには天童正宗という理想の上司像がある。それと比べれば天儀司令はだいぶ見劣りもするだろう。だけど、らしくしてくれ。いまの君の態度は大人じゃない」
六川が淡々と表面上だけでも天儀を尊重しろと〝はっきり〟とたしなめた。
けれど星守は、ええ……。と苦い顔。そして天儀は笑うしかない。
どう考えても六川のいいぶりは天儀へ対して大いに失礼だ。
だが、とうの六川は気にした様子もない。
「ですが、そういうことです天儀司令。いまの僕らは最高軍司令部へ出向いても門前払いをうけるレベルです」
星守が苦い顔になるが、やはり六川は気にせず続ける。
「この部屋にいては最高軍司令部に働きかけて、天儀司令を最高軍司令部で相応の立場にするという働きかけも無理です。それに軍令部での僕らは使われる側であって、能動的に政治的な駆け引きをできるような立場も力もありませんでした」
「そうです。私たちってあくまで正宗さんありきでしたからね」
星守が誇らしげにいって、
――虎の威を借る狐。腰巾着でもいいです。
と思う。
星守だけでなく六川にとっても、〝偉大な〟と冠される天童正宗に認められて、その下で働いていたというのはそれだけで大きい。
だが天儀は、
「恭謙と慎み深さは美徳だが、ときとして相手の無限の増長を生むだけだ」
といった。
「はあ?」
「君たちはいまの立場を受容しすぎだといったんだよ」
「そんな! 受容なんてしてませんが。毎日、毎日無意味なデータ整理。楽しい仕事に見えるんです?」
だったら代わってくれとすら星守は思う。自分なら3隻の司令官のほうがマシ、いや3隻で戦隊司令という立場は厚遇だ。
「知ってるぞ。星守、先日に君は最高軍司令部に組織改編案を提出して蹴られたな。いや受け取ってすらもらえなかった受付で突き返されたな」
星守は、ちょっと呼び捨てって失礼じゃないですか! といえずに、
――ウッ。
となって黙った。案を受付で突き返されたという事実は星守には痛い事実だ。
「悲しいかな第二資料整理室は兵士とっては墓場だ。いまの君らは受付の下っ端から見ても墓の下にいるべき亡者。亡霊では意見も聞いてもらえんとうわけだ」
天儀がホコリ舞う部屋ぐるりと見わたしていってからさらに継ぐ。
「悔しくはないのか。私ならその案を東宮寺朱雀へ突きつけてやれるぞ?」
「へぇ。それは自信過剰では? 最高軍司令部は上下の序列を重んじるうえに外部からの指図を毛嫌いします。天儀司令は最高軍司令部の枠組み内にいませんよね。天儀司令の意向を押しとおすって無理ですよ」
「それはやってみなければわからない」
星守が話にならないと、いらだちを覚えた。
「そうですね、仮にです。そういった芸当ができるなら1人知ってます。正宗さんなら可能だと思います。巧みな弁論と実力で相手をねじ伏せる。意外に力技も得意なんですあの人。でも、とても天儀司令には無理でしょうね」
「そうだろうか。私にもできるかもしれない」
「いいえ、できません。私にはやってなくてもわかりきった結果に見えますから」
星守が無理でしょ? というように天儀を見下げていうと、
「事の成否は予めではなく、人の賢愚も生まれながらではない。可不可はやってみなければわからない。勝利することで初めて成否が明らかとなり、功業建てることのみで賢愚は証明される。断言する」
天儀が力強くいい切って応じた。
「ずいぶんとロマンチストですね」
「結果のみが天才と立場を決めるのだ。他人が決めるのではない」
「おかしいです。その論には缺乏があります。優秀な人材は一目見てわかる人にはわかりますし、いまはAIによる職業適性判定も当たり前。天才とまではいわなくても、能力がある人はあらかじめわかります。天儀司令のいうことは時代錯誤的で意味がわかりません」
「なるほど星守は人には運命があり、物事には天命があると?」
星守は、
――また呼び捨てですかっ。彼氏じゃないんだから!
と思うも、その言葉はぐっと飲み込む。
「そこまではいいませんが、そうです。AIの診断で事前に優秀な、いえ向き不向きは判定できますし、学生時代に成績がいいものは社会にでても結果をだします。当然です」
「違うな。天命など座していても下るものか。それに人に運命などない」
天儀が、
――運命など糞くらえだ!
とばかりに激しくいった。その体貌から青白炎が立っている。
星守は凄まじい威圧感じたが、足を踏ん張ってにらみ返した。男の体格と体力に任せた傲然さに負けていては、女は職場で生きてはゆけない。
星守は、
「仮に天命があるというなら私は敢然とそれを穿つ」
と天儀が言葉に激情を乗せて放つと、
「はい。それ感情論ですよね? 私の勝ちです」
負けじと言い返した。
「では、星守。君が大尊敬する天童正宗のマグヌスの名は海賊討伐で得たものだ。海賊討伐をなしにマグヌス天童など呼ばれたか? 違うだろ」
ウッとなって星守が黙り込んだ。
「で、君の偉大な正宗くんは星間戦争でなにを得た?」
やはり星守は応じることができない。
星守が尊敬してやまないマグヌス天童が星間戦争で得たのは、偉大というなに相応しくない敗北という結果。才能が結果を決めるなら政宗が勝っていたはずだ。
星守には目の前の男が天童正宗より才能があるとは思えないし、事実そうだろう。
「ご覧のとおりの結果だ。星守のいうとおり才能が結果を決定するなら俺は負けなければならないが」
天儀の一人称が俺となっていた。持論をぶつけあって天儀も感情的だ。
「いえ、戦争はそんな単純な因子で構成されてません。星間会戦の結果は多岐にわたる事象によるものです!」
星守は叫ぶように反論。さらにスッと息を吸って、
「戦争の結果が天儀司令の言葉が証明とはなりませんし、人の優劣があらかじめわからないとはなりません!」
という言葉は音にはならなかった。
眺めていた六川が、
「星守くんもういい!」
と、遮ったからだ。
星守が、
――でも!
とキッと六川をにらむようにするが、
「彼が正しい」
六川は落ちついていった。
星守は困惑の表情、続けて悔しそうに消沈。黙った。
六川が見るに天儀と星守のいいたいところは完全に合一はしないが、ほぼ変わらない。天儀が傲然としていて、星守が言葉尻にこだわって言い合いをしているだけで不毛だ。
天儀司令も大人げない。と六川は思う。
六川が思うに天儀は星守が必死に言葉を返してくるのを面白がっているふしがあるし、星守の反論に隙きがあるので持論を頑なにして、星守へ寄せようとしないのだ。
「星守くんの論は才能が使われることが前提だ。対して天儀司令の論は、能力が発揮されない天才は凡夫に劣るといってる。お互い似たようなことをいっているのに、噛み合ってない。落ちついてくれ」
場には気まずい沈黙。それもきわめて重い。
星守はうつむき、六川は覚めた表情。
そして天儀の表情は、
――これでは特戦隊への協力を取り付けるどころではない。
ということで苦い。
部屋を重い沈黙と気まずさが支配――。
気まずさのなかでは天儀が1人焦燥し、
――俺は平身低頭してでも、こいつらの協力を取りつけにきたのになんで喧嘩になってる!?
心中強烈に叫んだ。