10-(3) 鹿島@筆頭参謀(自称)
ガチャ――。という扉の音とともに、
「あのぉー。天儀司令いますかぁ?」
という恐る恐るうかがう声。
ホワイトブロンドのツインテールがひょっこり部屋の入り口からのぞいていた。
六川公平も星守あかりも、あっけにとられて入り口を凝視。対して天儀の右手で顔をおおって、あちゃー恥ずかしいやつがきた。という苦い表情。
「おぉ。いました。もう! おいてかないでください。1人で勝手にいっちゃうんだから。探すの苦労したんですから。プンプンですよ。女性を1人おいていったらダメですよーもう」
そういう女子は手にはカバン。肩で息して、それにあわせてツインテールもゆれ、一目見ただけで探し回ったということがうかがえる。
そして軍で天儀相手へ、こんなゆるいことを口にできるのはただ1人。
天儀がグッと奥歯を噛んでから、
「鹿島――!」
と大声。部屋のなかへ入って早く扉を閉めろという一喝だ。
とたんに鹿島が、
「はいぃー」
と、縮み上がった。
「ボーっとするな。お二人に自己紹介!」
「はい! 鹿島容子、特戦隊の筆頭秘書官。加えて筆頭参謀(自称)です!」
鹿島が直立不動。
六川と星守が敬礼する鹿島へ、
――秘書官で参謀?
と同時に疑いたっぷりの目。
鹿島の登場の間抜けさもさることながら、鹿島ご自慢の秘書課の可愛い制服と、加えてその可愛らしげな容姿も威厳がまったくなしでよくない。そう鹿島は2人からすれば、
――とても参謀にはとても見えない。
なぜなら六川と星守は、天童正宗の下で用兵・作戦・情報収集と整理を行なった自称ではなく本物の参謀。そして秘書官は星間連合軍でも雑務担当。それが筆頭参謀とはげせない。
そんな2人へ天儀が、
「こいつは伝統あるグランダ主計学校を歴代最高得点で卒業だ。すこぶる優秀だ」
とつけ加えた。
六川と星守が同時に驚く。つまり2人の目の前のゆるそうな女子は、
――新軍での未来の主計総監。
である。軍の中枢の一角といっていい。
鹿島の登場で部屋にあったきわめて重い沈黙は霧散。
「ということで仕切り直しだ。私としては座って4人で話したいが、いいかな?」
天儀が笑顔でいった。
星守が慌てて誇りのかぶった折りたたみの椅子を2脚引っ張りだしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
笑顔の天儀に、これまたニコニコ顔の鹿島。
対して冷静な表情の六川に、不信感が否めないといった星守。
4人が2人づつデータ版つまった箱を机代わりに対峙していた。
「鹿島――! 六川と星守へ特戦隊の目的を現状説明だ!」
という天儀の大声に、
「はいぃ」
鹿島が飛びあがった。
六川と星守が驚き顔で同時に、
「憎めないキャラだ――」
と思い控えめな笑い。場がなごんだ。
対して鹿島は、
――もう大声で呼ばないでください。天儀司令ったら笑われてますよ。
自分が笑われているなどと夢に思わない。
「えっと特戦隊の目的は李紫龍の誅殺です。目下の特戦隊の問題は3隻という戦力。これは李紫龍は反乱軍の総軍司令官ですので3隻対2個艦隊ですね。さらに特戦隊は勅命軍。最高軍司令部の傘下には入りません。あくまで独自に動きます」
「独自に動くって……どうするんです?」
星守が思わず疑問を口にした。六川の視線も鋭い。対して鹿島はよくぞ聞いてくれましたといわんばかりに笑顔。
「任せてください。私って参謀でもあるんですよ? 作戦はここに――」
鹿島は、昨日ちゃちゃっと作っちゃいましたよ。ちょっと寝不足ですけどね。と口走りなら携帯していたカバンをガサゴソ。
六川と星守は驚くしかない。2人にとって自称参謀殿の行動は突拍子にすぎる。
「本当に参謀だったのか。いや、まて。彼女が取り出したのはA4用紙だと?! このご時世に紙?! いや、それはいい。だけど作戦がA4用紙3枚って少なすぎやしないか。でも主計学校を首席卒業優秀なはずだが……」
2人の頭のなかで困惑がぐるぐる回る。
「鹿島!」
天儀がまたも大声。
「はい?!」
「宙域図をくれ。第二星系のファリガとミアンノバがのってるでかいやつだ」
天儀はにこやかにった。
驚いた鹿島は天儀の笑顔を見てつられて笑顔。上手くごまかされた鹿島は大きめのタブレットを手早く取りだし、指示された宙域を表示。机代わりの箱の上に置いた。
六川と星守がタブレットをのぞき込む。鹿島もついつい、
――なにか重要なことが表示されてるのかな?
と、のぞき込んだ。
鹿島の横の天儀は内心、
――鹿島、なんでお前までのぞき込むんだ。
と驚くやらあきれるやらだ。
タブレットは鹿島が普段使用しているもので、宙域図もなんの変哲もないものだ。鹿島がのぞき込む必用は一切ない。
天儀がスッと宙域図の中央一点を指さした。
とたんに六川と星守から、
「これは――!」
という声にならない驚きの嘆息。
なお、鹿島はまったく意味はわからないがとりあえず便乗して嘆息していた。
「なるほど、これなら少数で効果絶大ですが」
あれだけ天儀へ敵愾心を剥きだしにしていた星守がきわめて肯定的な関心をしめした。
「それでも特戦隊の戦力が少なすぎる」
六川が星守の言葉を受ける形でいった。
良好な反応の2人。天儀がここぞとばかり、
「鹿島――」
といって話を進めるよう、うながした。
「あ、そうです。本題です。そこでお二人にお願いなんです。特戦隊の後方支援としてミアンで働いていただけないでしょうか? 天儀司令はお二人を総合調整の天才。最高のセコンドと非常に高く買っています」
鹿島がさらに、
「先の戦争でグランダ軍の行動を事前に読み切ったのは、お二人だけともいってましたよ。お二人とも凄いんですね。鹿島、尊敬です」
などと言葉を継いでいるが星守は、
――高く買っているって本当に?
という天儀へ疑義の視線。
天儀は慌てて、さも重くうなづきいう。
「特戦隊は独自に動く、だが全体の潮流を見失えば小さな特戦隊は役割を見出せない。君たちには、最高軍司令部との連絡と調整を期待している」
これに六川が応じる。
「と、なると、戦隊は結局最高軍司令部の隷下になるんじゃないですか。どうしても指示を受けて動くことになります」
「そうならないようにするのは私の仕事だ。最高軍司令部の意図を知って、我々が行動を選択する」
六川も星守も同時に難しい顔をした。2人は天儀のいわんとするところは理解できるが、たった3隻が最高軍司令部の枠外で自由に泳ぎ回るというのは夢想にすぎる。
「敵がどちらを主体と見るかだ。反乱軍が特戦隊を目の色変えて追いかけてきたら面白いぞ」
天儀の冗談に、星守の顔が露骨にゆがむ。反乱軍の大艦隊が3隻の特戦隊を包囲してくる。あまり想像したくない状況だ。
天儀が星守の表情に苦笑。
「だいじょうぶだ。君たちには、ここへ残ってもらう。いったとおり君たち2人の仕事は特戦隊と最高軍司令部とのつなぎだ」
「僕らの仕事は最高軍司令部から情報を引きだし整理してから現場部隊へつたえるということですね。そして特戦隊の考えも最高軍司令部へつたえ許諾を得る」
「ま、最高軍司令部が一々細かいことまでは教えてくれるとは思えませんからね」
六川と星守が交互にいった。
「そうだ。最高軍司令部から情報を聞きだして逐次送ってくれ。これで特戦隊は李紫龍誅殺の足がかりを見つけられるはずだ。そして見つけたら行動だ。特戦隊が勝手にやると最高軍司令部は丸つぶれになるからな。それに傲岸無知な行動は孤軍となりかねない。最高軍司令部から支援を得られるように君たちがうまく話をとおしてくれ」
このやりがいはあるが難しい仕事に、
うむ――。
と、考え込む六川と星守へ、
「お願いできますよね?」
と鹿島が上目づかいでいうと2人は思わず、
――ええ。
とうなづき受けていた。
天儀はあっさり応諾した2人を見て、
「いいぞ鹿島――!」
と喜悦。天儀が見るに鹿島の言葉は2人の虚をついた。
2人は資料室でくすぶっていても仕方ない、特戦隊に参加するのも面白かも? と思い始めたところを、不意に鹿島に確認され思わず流れで返事をしてしまったという感じだろう。
証拠に六川と星守の2人は、
――あ、しまった。
という顔。応諾するにしても、もう少しじらして待遇を良くしてもよかったというものだろう。
――鹿島の2人には絶対に手伝ってもらえるという思い込みに近い大前提が功を奏したぞ。
天儀が、さすが自称参謀殿。こいつを連れてきてよかったと強烈に満足。思わず鹿島の頭をクシャクシャとなでた。
鹿島は天儀の突然の行動に、
――ヒッ!
肩をビクつかせるも、恐る恐る見た天儀の口元には笑い。
――あ、満足してくれたんですね。
と喜びを覚えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「仮に天儀司令の企図する行動を敵勢力圏内で行なうには電子戦が問題です」
六川が懸念を口にした。特戦隊への参加を了承したからには真剣に天儀の企図と特戦隊の現状を話し合う必要がある。
それを聞いた鹿島が、
――そう。大事です!
と、コクコクとうなづく。
だってコントロールを乗っ取られたら生命維持装置の電源を落とされかねませんよ。こうなると窒息死が早いか凍死が早いか。怖すぎです。
鹿島が、そんなことを考えるなか次に発言したのは星守。
「私もそう思います。企図を実行に移せば敵地に深く侵入することになりますからね。特戦隊の周囲は反乱軍を支持する宇宙施設だらけ、これはサイバー戦的にも敵にすっぽり囲まれているようなものです。あらゆる角度からサイバー攻撃をうけますけど――」
この星守に発言に鹿島が思う。
「ほー、敵中深くですか。そんな作戦だったとは。天儀司令はタブレットの画面の真ん中を指さしてましたけど。よくわかりませんね」
さらに、私が思っていたのと違うなぁ。とも思った。
星守は継いで、
「陸奥改には電子戦のスペシャリストは?」
そう問いかけた。
「それは最高のを用意した。無敵のやつだ」
もったいぶっていう天儀に、誰です? というような顔の2人。
ここで鹿島が、
「うふふ、私知ってますよ」
というと六川と星守が、だれ? というように鹿島を見た。
「ヒントはですねぇ。マジックソードです」
とたんに六川と星守に驚きの色。その二つ名で呼ばれるのは2人が知る限り1人だけ。
「そうだ。天童愛だ。特戦隊は星間連合軍で攻勢最強といわれた女の協力を取りつけている。不足はあるまい」
「どうやって――」
星守が驚いていうと、六川も信じられないといった表情だ。
2人の知る天童愛は気高く、ときとして孤高ですらある。そんなプライドの高い天童愛が、毛嫌いしていた天儀への協力を承諾したとは驚きしかない。
「愛様、女神様、戦神様、どうかお願いします。と拝み倒したんだよ」
軽くいう天儀に六川と星守が同時に嘆息。天儀がまともに答える気がないと思ったからだ。だが2人には経緯はどうでもいい。ただ天童愛が特戦隊にいるというのは驚きで、その驚きは電子戦への十分な対策があるということを意味する。それだけだ。
「ま、いいです。それでも3隻では少なすぎます。やはり戦力の増強が必用ですが、なにかあては?」
星守があごに手をあて別の懸念いった。どう考えてもいまの戦力では少なすぎる。仮に天儀の企図どおり進んでも効果が薄い可能性もある。
が、天儀は星守と、次いで六川を、
――それをお前たちがなんとかするんだろ。
というように見た。
「はぁ。わかりました。私と六川さんで最高軍司令部から戦力を引きだしますよ。でもあてには、しないでくださいね」
「君たちが能力を発揮するには権威の裏付けが必用なんだろ。後ろ盾が私で不足あるまい。存分に虎の威を借る狐をやってくれ」
確かに最悪威権をチラつかせて交渉する場合に、先の戦争の勝利者なら申し分ないですけど。などと星守が思っていると、
「星守くん。虎でなく豺狼だなんて思っては失礼だ」
六川が真顔でいった。
「な!?」
真っ赤になる星守の、
――ちょ、そんなこと思ってませんけど!
という非難の思いは言葉にならずに面々の笑いにかき消された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は終わった。
立ち上がる天儀に後に続く鹿島。第二資料整理室をあとにしようとする2人を六川と星守は敬礼で見送る。
星守がきびすを返そうとした天儀へ、
「正宗さんは――」
強い意志のこもった一声。
天儀が振り向くと、そこに声と同様に星守の強い視線。
部屋にはまたピリリとした緊張感。
鹿島は、
――あ、私場違いかも?
と思い、
「私先に行って車の手配とかしておきますね」
そういって、そそくさと部屋をでていった。
1人残された天儀。鹿島のでていった室内は急速に温度を失い寂しい。そして3人にしばしの沈黙。
星守には心に引っかかっていたことが一つある。
『天童正宗? あれは無能だな。今後は土いじりでもしていればいい』
これは天儀が戦後の会見で、
――天童正宗の軍事的能力は?
という記者の質問へ応じた言葉。
このあまりに痛烈な言葉は瞬く間に宇宙を駆け抜け、天童正宗の軍人としての声望は失墜。
グランダ軍は6個艦隊。対して正宗の星間連合軍は9個艦隊だったのだ。誰もが、
「そうかやはり天童正宗の采配が悪かったのか」
と思った。
だが、それが納得いかないのは星守。星守にとって天儀の言葉は辛辣にすぎ、
――もっとうこう。敵将を賛美するとかして、美談にする手だってあったでしょ。
とすら思う。
天童正宗は星守あかりにとって上司の理想形。崇拝の対象だ。
星守の横にいた六川は、
――腹に一物かかえたままではいっしょに仕事はできないということろか。
と思い。星守くんは真面目だなとも思った。
普通なら、
――今回は利用させてもらって、隙きを見て刺してやる。
ぐらいの陰険な考えを隠して従うだけだ。
天儀が沈黙を破り、
「私が敵を無能という場合は一つだ。きわめて有能な場合のみ。断言する」
力強くいった。
これに星守だけでなく、六川もフッと息を吐いた。心に引っかかっていた棘が取れたような救われた気分になった。
「あんなやつに軍人を続けられてはたまらん。勝ちに乗じて息の根を断ったまでだ」
天儀はホッとしたような六川と星守を見てさらに継ぐ。
「ま、物事は相性だ。戦争結果はどちらが優秀かという話ではない。私と天童正宗は考え方が違いすぎて、同じ空間を生きていないともいえる。その意味で天童正宗はやりにくかっただろし、私は勝機を見いだせた」
「なるほど、能力的な優劣を争えば敗れたということですか?」
星守がチクリと天儀を刺した。
だが天儀は。
「そうだな、星守。君の言葉に合わせれば、私は確かにマグヌスなどと呼ばれる男と知恵比べなどになれば勝てない。だが私はそれはしない。勝てないからな」
星守は天儀にあっさり肯定されむしろ打ちひしがれた。自らの弱点を認めているのに、天儀の声は自信に満ちている。
「勝因とはなにかだ。兵の多寡、将の優劣とは必ずしも勝因たりえない。それがわかりゃあなんとかなるもんだ。強者は常に強者たり得ないともいうな。ああ、そうだな。その意味で、今回のランス・ノールは敵として隙きだらけ。ザルだ」
天儀が、説明が足りないと思ってつけ加えた言葉は、2人へ余計な困惑を産んだ。
――ふ、わからんか。
と天儀は思い、
「そうだな」
といってから、
「俺は強者の遺漏を見つけるのが得意なんだよ」
そういって笑った。
「暇さえあれば相手の隙きばかり探してる嫌なやつだぜ」
天儀が口元に笑貌を残したままきびすを返した。
部屋から天儀の背中が消えるなか、
「考え続けるものは強い。負けるはずだ」
六川が誰へとなくいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なお先に第二資料整理室をあとにした鹿島は、
「さすが勅命軍の大将さん。天儀司令ってすごいんですね。敵だった旧軍令部の2人が特戦隊への参加を承諾ですよ」
と成果に気分は上々。
まだ鹿島は天儀を戦争の勝利者、元大将軍とは認識していなかった……。




