6-(4) 天地逆転・上
――拘束されてから14日か……。
と思った李紫龍が小さな部屋をぐるりと見わたしながら、
「ま、これでは監禁とかわらんがな」
と自嘲気味にいった。
広くもないが狭さも感じさせない個室には、紫龍が腰を下ろしているベッドが一台に壁際に小さな机。他には壁に埋め込まれたモニターと、トイレとバスが一体式の洗面所。
部屋はまさに軍用宇宙船の個室といった定形どおりの作り。これだけで紫龍は説明されなくてもここがマサカツアカツ、もしくはカチハヤヒの艦内だという程度のことはわかる。
「そして、あのままコロニー内に監禁しておくということはまずありえない。次にコロニーから私を運びだすとなれば、ランス・ノールは私をしばらくは手元に置くだろう。そのほうが私から聞きだした情報を知るにも楽だからな。そしてランス・ノールの手元に置かれると考えるならやはりマサカツアカツだ」
さらに紫龍が、ここがマサカツアカツと思う理由は他にもある。
「加えて私の管理を任されている敵兵の所作に隙きがない。私への対応は賓客をあつかうようにていねいで、脱出の機会を感じさせるような疎漏さも見せない。教育がよくできており練度が高い。となれば、やはり国軍旗艦のマサカツアカツとなる」
これらが目を覚ましてからの紫龍の推理。紫龍は細かい情報を集積し総合的に分析した結果、ここがマサカツアカツだとほぼ断定していた。
なお14日前にこの個室で目を覚ました紫龍は、
――拉致されたか。
意外にも冷静に自身の置かれた状況を理解した。
目は口ほどに物を言う。紫龍は意識を失う直前に見たランス・ノールの金目銀目には、
――してやったり!
という謀略が成功を喜ぶ様子がありありとでていた。
そして目を覚ました紫龍が、
「生きて目を覚ましたというのが御の字というところだな。あのまま死んでいてもおかしくはない」
そう、独りつぶやいてから今日で14日。
――尋問すら行なわないとはどういうことだ?
と李紫龍がはいぶかしんだ。
日に3回の食事が差し入れられ、そのつど嗜好品の要望が聞かれた。10日間それだけ。
紫龍は連合艦隊(2個艦隊による)を率いていた連合艦隊司令長官。最高軍司令部の現場トップといっていい。ランス・ノールとしては紫龍から聞きだしたいことが山ほどあるはずだ。
「それを、なにをしたかといえば2回ほど健康診断しただけで放置とは……」
紫龍がそう独りごち10日目も終了した。
翌、15日目の朝――。
変化があった。
食事の載せられたトレイに新聞。
紫龍がフッと笑った。
紫龍からして電子新聞を受信できるような携帯端末が外部との連絡手段にされると警戒したのはわかるが、
――このご時世に紙の新聞とは。
紫龍は失笑を禁じ得ない。
「どうせ中身はそれらしく作った偽造情報のパッケージだろ」
軍では捕虜にされたさいの対応の訓練もある。そして情報を聞きざす手段の一つに、偽の情報を与え喋らすというものがある。
――大方それだろう。
と紫龍はすぐにわかった。
つまり、この唐突に不自然にトレイの上に置かれた紙の新聞は紫龍から情報を聞きだすための仕込みだ。わかりやすすぎるほどに、わかりやすい。幼稚にすぎるとすら紫龍は思う。
紫龍がトレイを机の上においてから新聞を手にとってみると、独特な紙の感触とインクの臭いが新鮮。
罠だとわかっていて手に取るとは矛盾しているが、なにせ紫龍は15日間放置され暇。
――どんなデタラメが書いてあるか検分してやる。
そう紫龍は思い新聞を手にし、
「では、なにが書いてあるのか読ませていただくか」
というと、食事をあとにまわし余裕で新聞を開いた。
一面を見た紫龍が思わず、
「ふ、バカな」
と、失笑。
一面の見出しには、
『大逆罪』
とあり、つづいて、
『安心院蕎花(参謀次長)刑死』
という大きな文字が目に入ったからだ。
この大きな文字の下には、
『李紫龍反乱軍へ参加が理由か?』
という注意文句。
紫龍は拉致される間際のランス・ノールの、
――紫龍将軍、我々の仲間に加わりませんか?
という言葉を思いだし、
「つまるところ、これは私を反乱軍へ寝返らせようという工作か」
と、あきれていった。
紫龍からすれば目を覚ましてからは、執拗な説得工作が行なわれると覚悟していたし、情報を聞きだすために長時間尋問されるというのも覚悟の上だった。それがこの15日間なにも動きがなく、あったと思ったらこれだ。あきれるしかない。
「それにしても昨日までの14日間で、これを用意していたのか。ランス・ノールのもとにはよほど人材がいないと見える」
そういって紫龍は誌面を手の甲でバンっと叩いてからさらに言葉を継ぐ。
「怪文書や偽造した文章での情報操作で一時的に有利な状況を得ようとすることは、駆け引き上ままあることだが、それにしてもこれは酷すぎる」
紫龍はロートルな情報工作だとも思う。
「大逆罪で妻が刑死。こんなものを信じると思うのか。それにこの紫龍が反乱軍へ参加しただと。冗談にしてもくだらん」
紫龍は、そういうと部屋の隅にある監視カメラが向かって誌面を掲げながら、
「星系独立など考えるヤツは想像力が豊かだな。だがいっしょにするな。もう少しマシな手をつかえ」
といって新聞を折りたたんで机の上に乱暴においた。
翌日、16日目――。
紫龍は朝食をわたされるさいに、
「今日から部屋のモニターの電源が入ったそうです。毎日お暇でしょうが、退屈しのぎにどうぞ」
と紫龍の世話を担当している若年の特技兵ビクトルから教えられた。
ビクトルは短髪で人のよさそうな、いかにも心配屋といった面倒見がよさそうな最年少層の兵員で容貌には、これぞ若年兵という幼さがまだ残っている。
そして、
――特技兵。
と一言でいっても色々あるが、このビクトルの場合は食事を担当する兵員の下っ端で配膳係の雑用担当だ。ビクトルの肩にはフォークとナイフが交差した、いかにもというエンブレムが見える。
ビクトルは継いで、
「ニュースなども自由に見られますよ。あとアニメとかも見れますから暇つぶしには最適です」
そうつけ加えたが、いい終わったとたんアッという顔をして、
「み、見ませよね。すみません失礼しました。なんでも制限なく自由に視聴できることをおつたえしたくて。もうしわけございません」
恥ずかしそうに謝罪。
紫龍が破顔し、
「ビクトル、君はアニメが好きか?」
というとビクトルはしどろもどろ、
「ええ、まあ、はい」
真っ赤になって答え、紫龍にとってビクトルは敵とはいえ憎めない相手となった。
紫龍が目覚めた日に食事を運んできたビクトルは生真面目に敬礼し、
「マサカツアカツの特技兵、ビクトル・八ヶ屋です。なにかあれば私にお申しつけください」
そういって紫龍へ尊敬の眼差しを向けてきた。
紫龍はビクトルの真摯で一所懸命な態度に相毒気を抜かれ思わず苦笑。
紫龍からしていまのビクトルの気持ちはわかる。若年兵ビクトルが目の前にする自分は星間戦争の英雄だ。若いビクトルにとってその英雄の世話の一端を任されることは誇らしいだろうし、やりがいのある仕事あろう。そしてビクトルの生き生きとした言葉からは、旗艦マサカツアカツで勤務しているという喜びと誇りもつたわってくる。
そう、紫龍には苦笑してしまった理由がもう一つあった。ビクトルは名乗るさいに〝マサカツアカツの特技兵〟と名乗ってしまっている。いかにも少し抜けたところのある憎めない少年に見える。そう紫龍にはビクトルの態度が自分をだますための演技とはとても思えない。
紫龍はビクトル言葉を素直にうけとり、
――ここがマサカツアカツ内部ということをしめす情報の一つ。
として心におさめた。
紫龍がそんな出会を思いだしつつ、赤くなった慌てるビクトルへ、
「わかった。ビクトル特技兵。これからよろしく頼むぞ。あとアニメはお勧めのものがあれば見よう。教えてくれ」
というとビクトルが破顔し、
「ハイ!」
と目を輝かせて返事をした。
――やはり憎めない若者だな。弟みたいだ。
と紫龍は思った。
そんなビクトルが持ってきた食事のトレイには今日も新聞が乗っていた。
紫龍は、
――今日はどんなくだらんことを書いてきた?
と新聞を手に取ると、一応という感じでざっと目を通しすぐに閉じて横へどけ朝食を開始。
紫龍が流し見た新聞には、大逆罪の話題は政治欄の片隅に移っており、昨日と比べ扱いは小さくなっていた。
紫龍は食事を取りながらも、流し見ただけの記事の内容を思いだし悶々としてしまい、
「くだらない。大逆罪の適用は帝が李紫龍の裏切りを安心院蕎花へ問いただしたところ、安心院蕎花が帝へ罵声を浴びせたというのが理由だと?笑わせる」
不快を外へ吐いてスッキリしてしまおうとばかりに口走った。
さらに紫龍は不安を打ち払うように、
「バカバカしい」
と、口走った。
そう紫龍からして記事の内容は、声にしてみてもやはりバカバカしい。
昨日のものとあわせて記事の論旨こうだ。
『今回の8回目となった大逆罪は連座の色が強く、安心院蕎花は夫である李紫龍の反乱軍への投降に連座的に処罰された』
ということが、きわめて批判的に書かれていた。
だが紫龍は内に生まれた不快さがどうしてもぬぐえない。紫龍は、どうせ嘘なのだから見なければよかったとすら思う。妻の蕎花が死んだなど、愛妻家の紫龍とっては冗談にしても笑えない。
「ランス・ノールは失策を犯したな。私にとって妻は他人が触れてはならない至純の領域。いまの私はまさに逆鱗に触れられた不快さにある。ヤツの仲間になるなど絶対に無理だ。しかも妻はいま身ごもっている。それを死んだなどと冗談にしてもたちが悪い。ランス・ノールの計略には下品な狡悪さがある。唾棄すべき性質だ」
そこで紫龍がハッとした。
「そうだ。昨日も今日も、そのことに言及はないな。ということはやはり大逆罪で刑死など嘘か……」
だが紫龍にはまだ釈然としないものがあった。
妻の蕎花は尊皇意思がきわめて薄弱。帝を前にしての罵声とは大いにあり得る。
「ここだけは真実味があるから始末が悪い」
そういって悶々と食事をとる紫龍の目に入ったのは壁に埋め込まれたモニター。
――暇つぶしにはなるか。
と紫龍はモニターを横目で見ながら思った。
コロニーで拉致されマサカツアカツに監禁され16日間。半ば放置され尋問すらなく、食事ぐらいしか楽しみがないのがいまの紫龍。さらに、そこにランス・ノールからの妻が死んだなどという不愉快な嘘。
紫龍は、さすがにビクトルお勧めのアニメは見る気にならないが、映画でも流しておけば気は紛れるはずだ。ぐらいには思う。
――で、ビクトルは制限なく自由に視聴できるといっていたが。
と紫龍がモニターを直視。そこにはまだまだなにも移っていない真っ黒な画面。
そこで紫龍はフーっとため息一つ。
紫龍からすればモニターのスイッチを入れずとも、
――映しだされる内容はおおよそ見当がつく。
というのがため息の理由だ。
電源を入れたところで、どうせ30分から1時間程度の精巧にできた嘘のニュースが繰り返し流されているだけだろう。
「つまり先程のビクトルの言葉は、私にモニターのスイッチを入れさせるためのトラップだな。だがビクトルに悪気はない。おそらく彼は上官から自由に見れるようにしておいたから私へ教えろぐらいの指示をうけたのだろう。だが、そこまでする意味はなんだ。私に自発的にモニターのスイッチを入れさせなくとも勝手に流せばすむだろ」
そして偽の番組で繰り返されるのは、蕎花が大逆罪で刑死という不快。
いや――、とも紫龍は思う。
「本当に自由に見れるが、途中で緊急速報といって嘘のニュース番組へと切り替わるとかありそうだ。映画を見ている最中に中断されたらたまらないな」
紫龍はそんなことを思いつつも結局モニターのスイッチを入れた。
確かにチャンネルは自由に選択できた。紫龍が適当にチャンネルをまわしていくとグランダでも有名なアニメや、逆に見慣れないバラエティー番組が映しだされる。紫龍は気なくチャンネルをまわしているようで、自然とニュース番組を探していた。
「自分はマサカツアカツの艦内に監禁されており、おそらく艦は第二星系宙域にいるというのもわかる」
というのが紫龍の認識だが、もっと正確な情報が欲しいというのも確かだ。
そうなれば情報を得るにはニュース番組が一番。
「特に宇宙航行情報と、軌道エレベーターの運行情報。あとは惑星の天気予報は決め手となるな」
そんなことを口走りなら、少しチャンネルを切り替えただけで、紫龍にはここが間違いなく星間連合の第二星系内で、そして第三惑星ファリガ付近のリボルベオ宙域だということがわかった。
紫龍はニュース番組のチャンネルを2つ見つけると、その2つを交互に切り替えながら視聴。そう紫龍はやはり大逆罪と妻の安否が気になっていた。
だが、どちらのチャンネルのニュースも天気予報が終わり、芸能ネタに移ってしまい。政経関連の話題は終わっていた。紫龍は昼のニュースが始まるまで〝知りたい情報〟はないだろうと判断。モニターのスイッチを切ったのだった。
昼になり食事を手にしたビクトルが姿を見せた。だがビクトルは今朝とは違いどもふんいきが暗い。
紫龍はトレイを受け取るさいに、どうした?失敗でもして叱責をうけたか、と声をかけようとしたが、
「すません!俺、全然知らなくて!大逆罪なんて馴染みがなくて、名誉毀損ぐらいで罰金ぐらいに思ってました……」
と、ビクトルが先に言葉を吐いていた。
突然の謝罪に困惑する紫龍にビクトルが続ける。
「俺、昼食の準備で、調理場で流れていたお昼前のワイドショーで見ました。奥さんは身ごもっていたらしいですね。なんといってよいのか。それなのに俺……アニメがお勧めだなんて軽薄でした。最低です。俺、下っ端で、できないことは多いですが、何かいってくだされば最大限に善処します」
ビクトルが思い切ってという感じで、気遣いの言葉を口にしていた。
対して紫龍は呆然として困惑の底に沈んだ。
――なぜ気づかわれている?
とは紫龍は思わなかった。紫龍からして、ビクトルがあの大逆罪で妻が刑死した嘘の情報のことをいっているのはすぐにわかった。
紫龍が困惑しつつ、
――これは私をハメるための演技か?
と思いつつビクトルを凝視。
紫龍から見て、ビクトルはとてもだますための演技など器用なことはできそうにない。それにビクトルは真剣に紫龍へいたわりの色を見せている。
では、ビクトルもだまされて大逆罪のことを信じている?敵をだますには先ず味方からとはいうが……。と、紫龍は思考の渦からなかなか抜けだせない。
対してビクトルからすれば長身の紫龍が黙然として扉越しに見下ろしてくるだけ、居心地が悪くなり、
「では――」
といって扉の前から去った。
紫龍はそうろうとして立ったままだったが、しばらくすると扉の前から離れた。
紫龍は食事の乗ったトレイを机の上におき、ゴロンとベッドに寝転がった。漠然とした不安が襲ってきて、とても食事をとる気にはならない。
すぐに昼のニュース番組が放送されているだろう時間帯になったが、紫龍はモニターのスイッチを入れる気にはならなかった。ただ知るのが怖かった。




