(三章エピローグ) そのころ鹿島は、③・上
「従姉さん私!」
「だーめ。容子ちゃん」
不肖、主計部秘書課鹿島容子は願いを口にする前に撃沈ですか!でも、これぐらいじゃめげません!いまのは夾叉、次弾装填!次こそやります!主砲一斉射!
場所は主簿室のカタリナ・天城のデスクの前。鹿島はカタリナのデスクにかじりつくようにして直訴、もといい懇願中。
だが、
「反乱を起こしたランス・ノールへ討伐軍が派遣されるんですよね?カタリナ従姉さん私を課長に――」
と身を乗り出していう鹿島の次弾はカタリナにさえぎられた。
いまカタリナの右人差し指が鹿島の唇にピッタリと当てられ、カタリナが、
――めっ!
というように鹿島をにらんでいる。
「うぅすみません。カタリナ室長です」
「よろしい。で、要件はなに?」
「私を課長に艦艇勤務にまわしてもらえるように推薦してください」
「なぜ?容子ちゃんもいい歳でしょ。自分でいわなきゃそういうのは。いつまでも甘えてちゃダメよもう」
鹿島はこのカタリナの言葉に、むーっと頬を膨らまし懇願。
「いいました!でも課長がカタリナ君の推薦があれば考えるって!」
「あらそれは残念」
「残念って、いいんですか!?ダメなんですか!?」
にごさずはっきりして!と食らいつくように必死になる鹿島に、カタリナがこめかみを押さえ苦味のある笑顔。
あら、やだ容子ちゃんったら、どう考えれば「残念」という言葉に肯定の要素を見いだせるのかしら。必死すぎて可愛いわ~。
カタリナは眼鏡の位置を直し、その大きな胸の下で腕組みし、
「あのね。容子ちゃん課長はね。暗にダメっていったのよ?」
と死の宣告。カタリナとしては答えを遠回しにして可愛い従妹がこれいじょう一喜一憂してしまうのはさけたい。可能性は一気に断つ。これが従姉としての優しさだ。
「でもでも!従姉さんが推薦すればいいって!」
「だから、それが暗にダメっていってるってこと。私が容子ちゃんの艦艇勤務に反対なのはあなたも知ってるでしょ?」
う――、と鹿島が黙り込むが、ぐっと握りこぶし。まだ秘密兵器があります!あきらめません!反応弾装填!手段なんて選びません。条約無視の必殺手です!と心のなかで自分を鼓舞。
「一昨日の晩、お泊りした日。プリンをゆずりました。あのときなんでもお礼するって――!」
「うっ……」
と、カタリナがたじろいだ。
「昨日のお菓子休憩では、私のぶんまでケーキ食べちゃいましたよね?」
「あ、あれは、容子ちゃんがノロノロしてるからっ」
狼狽するカタリナを、
――効いてます!あとひと押し!
と、鹿島がジト目で非難の追撃。
「あ、そうよ。おトイレとかダメよ。ちゃんと食べてからか、名前書いておかなきゃね?ほんと、やだわ私が食いしん坊みたいじゃない。やめてよ容子ちゃん」
事実食いしん坊みじゃないですか!という言葉を鹿島はぐっと飲み込み。秘蔵の一発をお見舞することにした。唯一カタリナ相手に最大最強の効果を発揮する特大級の反応弾頭。大人気ないと思い何年も温存していたやつだ。
――いま、それをつかうときです!
鹿島はスッと息を吸い。
「思い出しました。小学生のころ私のお誕生ケーキ。カタリナ従姉さんあのとき半分くれたらなんでもするって、一生のお願いって。あのときの約束まだ履行されてません!」
だが、この鹿島の必殺の追撃弾は逆効果、
「……そんなのとっくに無効よ」
むしろカタリナの冷静さを呼び戻していた。
あきれたカタリナがさらに継ぐ。
「というより10年の以上も前の話じゃない。よく覚えてるわね……」
「でもでも約束で!」
カタリナが、はぁ~、とため息一つ。
「課長は〝考える〟といったんでしょ?」
鹿島が強くうなづいて肯定。だから推薦してください、というような勢いだ。
「はぁ。なら無駄よ。諾。吾まさに、仕えんとす。というやつよ。考えるとはいったけど、許可するとはいってない。私が仮に許可しても課長の判定は不可。あきらめなさい」
鹿島がガーンっとばかりにその小さな口をあんぐりあけ、トレードマークのホワイトブロンドのツインテールごと意気消沈。ガックリと肩を落とした。
「それに反乱鎮圧の艦隊は最高軍司令部から派遣されるわ。グランダ軍は関与できません。なので今回ばかりは容子ちゃんがどんなに願い乞おうとむりよ」
「うぅ……、最高軍司令部かぁ」
「そうよ。あきらめなさい。最高軍司令部が置かれているのは星間連合のミアンよ。秘書官はミアン宙域にいる軍人から集められるわ。遠くグランダの首都惑星天京の私たちにはお呼びはかからない。わかるでしょ?」
「そっかぁ……」
そんなにガッカリするとちょっとかわいそうね。と、カタリナは思いつつ対鹿島容子専用のとっておきのカンフル剤を提供することにした。
「それより容子ちゃん。反乱鎮圧の艦隊を率いる指揮官は誰だと思う?」
鹿島は名称の名補佐官になるというちょっと偏重した嗜好だが、歴女とミリオタが半々といった女子。
「え、知ってるんですか?公表まだですよね!?」
俄然興味をしめした。
「ふふ~ん。知ってるわよぉ」
「え、すごい!でも待ってください。いま当てますから!」
目を輝かせていう鹿島が一種だけ間をおいてから、
「えっと東宮寺朱雀!ズバリ当たりですよね?」
どうだとばかりに答えを宣言。
「あら大将軍じゃないの?」
「確かにその線はあります。なんといっても大将軍は星間戦争の勝利者ですから。でも違います。星間戦争で人気なのは、李紫龍、天童愛、そして星間連合軍のトップだった天童政宗。そして次点でエルストン・アキノックに、東宮寺朱雀です。大将軍天儀はあんまり人気がありませんから」
カタリナが内心、
――人気が基準なのね。
と、苦笑い。
「それに大将軍にまかり間違って負けられると、そのあとがありません。一応、宇宙最強の男ですから。それに星間戦争の勝利者という至高のブランドに傷がつきます。大将軍が仮に敗退となれば世の中への影響大きいですよ」
「なるほど」
人気を基準にした割に、なかなかまともな理由をあげるわね。などと思うカタリナ。
「で、私としては東宮寺朱雀を押します!栗色の巻き毛に高身長。大きな瞳にちょっと童顔で爽やか優しい系。能力も抜群に優秀。宇宙の一大決戦、星間会戦では若くして星間連合軍左翼の責任者です!星間戦争では私としては一番ステキな男性です。憧れます」
同時に鹿島が、どうです?渋いでしょ?いいところついてるでしょ?有名所から一つ下げたところが違いがわかる女です!ニワカで軽い女とはちがいますよ!というような期待の顔。褒めて褒めてというような目でカタリナへ熱視線。
けれどカタリナは、けっきょく大した理由じゃないのね。と、またも苦笑い。
――乙女チックといえばいいのかしら。本人はこれで真剣なのよねぇ。
とあきれつつ言葉を返す。
「あら紫龍様や天童愛は?」
「李紫龍なんてミーハーそのもの!天童愛は、兄の天童政宗と同じくグランダ軍に拘束されてますから無理!」
「あらー容子ちゃんからしたら私や最高軍司令部はミーハーなのねぇ。いわれちゃったわ」
え――。
とう顔で鹿島が硬直。
「李紫龍なんですか!?」
驚きの声を上げていた。
「そりゃあ東宮寺朱雀は最高軍司令部の責任者ですもの無理よ。いえ、無理ってこともないけれど、艦隊率いてでていくなんてよほどのことがない限り難しい立場よ」
「でも李紫龍将軍の階級は確か……」
「紫龍様は大将ね。星間戦争でピカイチの戦功。あの若さですごいわよねぇ」
鹿島が、あれ?という顔で、
「東宮寺朱雀は中将ですよね?」
と確認。
「そうね」
「階級が下の東宮寺朱雀が最高軍司令部の最高責任者なんです?」
「紫龍様が、我々は一つになる。グランダ軍が居丈高と最高軍司令部のトップにいては軍の心からの統合は不可能ってゆずったそうよ。勝った側の謙譲。美しいじゃない」
「へーえー、でもいきなり星間戦争最強の男、不敗の紫龍を投入だなんて、最高軍司令部はランス・ノールの討伐に本気なんですね」
ここでミリオタ&歴女の鹿島としては李紫龍の略歴を思い浮かべる。
李紫龍は20代のグランダの貴公子。腰までありそうな長い黒髪に涼しげな目元。そんな男が星間会戦で三翼にわかれた中央を受け持ち、約二倍の敵を拘束しつづけ、猛攻を凌ぎきったことがグランダ軍の勝因となった――。
――ゆえに不敗の紫龍。なんですよね。
ふーむ。カタリナ従姉さんは李紫龍押し。私は東宮寺朱雀押し、ちょーっと意見が別れちゃうんですよね。
「李紫龍もステキなんですけどねぇ」
「紫龍様よ。様ってつけなさい」
カタリナはそうニコリとしてたしなめると、
ドサ――。
と書類の束をデスクに脇から取りだした。
はるか未来の宇宙時代でも紙で取っておかなければならない書類はまだまだ多い。
「はい。これ経理局長にとどけてね。容子ちゃん暇なんでしょ」
さらにカタリナはドサッ、ドサッ、と2つおき、合計3つの書類の山。
「え、えーー!」
「ここは軍の主簿室。返事はえーではありませんね?」
鹿島は渋い顔を隠さずに、けれど、
ハイッ――、
と切れの良い返事とともに敬礼。
「うぅ……ひどいです。従姉さん」
「ほら、私、箸より重いものは持ったことないからね?容子ちゃんは頑張って!」
鹿島は、そんなことをいうカタリナを、
――うぅ、昨日お昼に従姉さんが食べてた大盛りカツ丼は絶対に箸より重いですよぉ。
と、恨めしそうに見てからデスクの上の書類に渋々手を伸ばす。
「あ、そうだ。頑張ってくれれば課長に容子ちゃんを艦艇勤務の研修へっていってみちゃおうかしら」
「え!いいの従姉さん?!」
「いいわよぉ(許可がでるかはしらないけどぉ)。でも容子ちゃんあんまりやる気なさそうだし、私があとで持っていくから嫌だったらやらなくていいわよ?」
「やります!運んじゃいます!他にはありませんか?」
あらやだー容子ちゃん張り切っちゃってバカねえ。と、カタリナはニコニコしつつ、
「え、でも嫌なんでしょ?顔がそういってたわよ。無理しちゃだめよぉ」
というと、鹿島が慌てて否定。
「いえ、嬉しいです!顔はあれ、えっと。そうだ。重い荷物を持つから気合い入れなきゃって、力んじゃったというやつです。だいたい私っていつもこんな顔ですよ」
鹿島が可愛い顔でわざとらしくしかめつらを作り、サッサと胸の前に書類の山を積みあげた。胸の前に積み上げられたそれは顔が隠ればかり高さ。
いまの鹿島は、けしかけたカタリナでさえ、
――よく持てたわね。
とうような状態。
カタリナは鹿島がよろめきながら主簿室をでていくのを、
――ちょっとかわいそうだったかしら~。
などと無責任なことを思いつつ見送ったのだった。