3-(2) 兄妹の謀略
派遣されてきた軍監は、いかにもという風貌の男だった。
痩身にメガネ、鋭い目つき、表情にとぼしく眉間に刻まれたしわが気難しい性格を物語っている。
シャンテルが兄の影となり兄と軍監の2人を見守るなか、
「アトラス・アッヘンバッハです」
といって軍監が名乗り手を差しだすと、ランス・ノールはニコリともしない軍監アトラスへ笑顔で握手。さらには抱擁まで交わした。
続いてランス・ノールが、
「これが遊撃群のナンバーツー。妹のシャンテルです」
と、いって妹を紹介。
シャンテルはいつもどおりつつましい笑みとともに挨拶。
シャンテルは、
――見るからに気難しそうなかたですね。そしてグランダ側の軍人さんですか。
笑顔の下で、そんなことを思った。
なぜわかるかですって?簡単です。
――アトラスさんの制服が着古されたもの。
だからですね。
戦後に両国の軍高官で組織された最高軍司令部がまず行なったことは制服の統一です。軍を再編成して一つにしようにも制服がバラバラのままでは、心もバラバラのまま。ですが新しいデザインの発注するのは、経費も時間も無駄。そこで手っ取り早く最高軍司令部と直属の機関はグランダ側の制服で統一しました。つまり星間連合軍のかたなら真新しい制服です。
それにです。このアトラスというかたは、いかにも皇帝陛下の軍人という空気が体からでています。かなりプライドも高い殿方でしょうね。
そんな気難しそうな軍監アトラスがシャンテルを紹介されると、
「貴女がシャンテル司令代理ですか。この約一ヶ月というものどんな方だと思ってはいましたが――」
と、いってシャンテルへ視線を向けた。
無表情の男からの不気味な蛇のような視線。
シャンテルはゾクリとしたが顔にはださず、
「あら、なにか粗相をしてしまいましたから。この場を借りて謝罪します」
さも悪いことをしたというようにいった。
「妹がなにか?私からも謝罪する。常に厳しく指導してきたつもりですが、唯一の肉親なのには変わりない。どこか甘く見ていたのかもしれない」
ランス・ノールも妹に続いて大げさな素振りでいうと、軍監アトラスのほうが慌てていた。
「いえ、違います。よしてください。この1ヶ月送られてくる報告書は簡潔明瞭。それだけでなく繊細なものを感じさせた。報告書でいて、美しい文書です。失礼ながらどんな方がお書きになっているのかとね。一度お目にかかりたいと思っておりました」
「そうでしたの安心しました。よかったです」
と、シャンテルが口元に手をあて苦笑。
ランス・ノールが目ざとく軍監の表情を確認する。
なるほど――。
派遣されてきた軍監は私とシャンテルへ、かなりの好印象を持っているのか。よくやった私のシャンテル。こういう気難し屋は一度信用すると脇が甘くなる。
ランス・ノールは行動を前に、
――これは行けるぞ。
と、確かな実感を得ていた。
初見のこの短いやりとりで、どうやらこの1ヶ月の間シャンテルは非常に上手く最高軍司令部と付き合っていたということが判明。ランス・ノールは幸先の良さを覚えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宇宙船といってもさまざまだが、スペース・ウォー・シップ(軍用宇宙船)と分類されるものには外来の客をもてなし、ちょっとした会合を行なえる貴賓室が必ず設置されている。そして、この貴賓室は管理者の趣味嗜好が大きく反映される場所でもある。
つまりマサカツアカツの貴賓室もランス・ノールの趣向が反映された内装といってもいい。
ランス・ノールの性癖は、
――妹の溺愛。
マサカツアカツの貴賓室は……。
壁にはシャンテルのポスター、サイドボードの上にはシャンテルの幼いころからいままでの愛らしい写真がずらり、調度品に並んで等身大のシャンテルのフィギュア。そしてシャンテル好みのアロマの香りにBGM。
「ま、そんなことを考えなかったわけでもないが――」
と、思うランス・ノール。
だが私にとっての至高の空間が万人にとってそれにあたる、とは傲慢な面のある私でもさすがに思わない。
――ビクトリア様式。
私がプロデュースした貴賓室はこれだ。貴賓室の内装にはビクトリア朝時代の様式を採用させていただいた。ビクトリア様式の内装は、さほど広くない艦内の部屋でも豪華に演出できる。
落ちついた和風様式とも迷ったが、やはり人を圧倒するわかりやすい豪華さがあったほうがいい。
――そう時代を重ねたものには偉大な権威が付随する。
このビクトリア様式に限らず、人類がまだ地球という一つの惑星に縛りつけられていたこの時期の様式の美というのは傑作だな。この時代の人類の文化は醸成の極みへと達し一つの完成形を見せている。
ランス・ノールは貴族趣味の男でもあり、こだわり、という点においてはうるさい。貴賓室の内装工事を直接指示したほどだ。
そんなこだわりの塊の貴賓室へ軍監アトラスが足を一歩踏み入れるなり、
「気を使わせてしまったみたいですね」
と一言。
なぜならアトラスの目の前には雪洞が3脚。ビクトリア様式という洋風の造りの部屋には不釣り合いだ。さらに部屋の壁には中華風の提灯の連なり、その一つ一つが煌々としている。
内装を目にしたアトラスが、
――これが星間連合の我々グランダへのイメージなのか。
と眉間のしわを解き内心苦笑。
グランダは皇帝を戴く立憲君主制。皇室の様式は東洋と西洋の折中だが、宮殿と組織制度は東アジア風だ。ようはグランダの皇室は文化分類としてはアジアっぽいイメージがつきまとうのだ。
おかしみを覚えたアトラスだが悪い気はしない。そもそもアトラスは兄妹へ好印象をいだいている。室内の東西折中の装飾の不釣合いはむしろポイントが高い。最大限の〝おもてなし〟をされたと感じた。
一方のシャンテルは兄の後ろに影のように従いつつ、アトラスのかんばしい反応にホッと胸をなでおろしていた。
提灯と雪洞の発案者はシャンテルだ。
シャンテルは、大げさすぎないかとは思いましたが、逆にたどたどしさがでてよかったのかもしれませんね。と思った。
膝丈のテーブル間にはさみランス・ノールと軍監アトラスが対面する形でソファーへと腰かけた。
なおアトラスのランス・ノールへの印象は、
――本当に金目銀目か。思った以上に目立つな。
というもの。アトラスは目の前に座るランス・ノールの容貌に呑まれていた。
そんななかシャンテルが楚々と茶と菓子を準備。それが終わると兄の側のソファーにおさまった。
ランス・ノールは遊撃群2個艦隊の現状を報告し終えると、
「アトラス殿は第三艦隊と第四艦隊の実情はご存ですか?」
そういって本題を切りだした。
「ええ、かなり士気が高いと聞き及んでおります」
と、アトラスはふくみのあるいいかたで応じた。
『士気が高い』
とは、軍監の自分が遊撃群の解散命令をつたえても反抗的な態度を取ったり、指示に従わないような可能性があることを認識している。と暗にいったのだ。
ランス・ノールがうなづいていう。
「そうです。困ったことにね。私が即時降伏せずに第二星系へまわったのはそれが理由です。戦わずして降伏するということに不満をいだいたものが多い。ですが終戦からおよそ1ヶ月。いまはもう熱は冷めています」
「なるほど深謀遠慮ですな。いたずらに武装解除を急げば反乱になっていたのは明白。それは最高軍司令部でも認識しています」
「そうです。ただ――、私が直率できる第三艦隊の掌握には成功していますが、第四艦隊がいけない」
表情をくもらせながらいうランス・ノールに、アトラスが、なるほど、というような積極的に話を聞こうという色をだし、
「ユノ・村雨ですか?」
と、応じた。
「はい。彼女は人当たりが良さそうに見えて、その実かなり荒々しい性格をしている」
「存じております。戦前は一撃決戦派のなでもかなりのタカ派。出撃を強固に主張していたと、聞きおよんでおります」
「そうです。彼女は従順で愛嬌たっぷりの犬に見えて、腹の中は豺狼そのもの。その牙には毒があります」
アトラスが黙り込んだ。
アトラスからすれば面識のない相手、つまりユノ・村雨へのランス・ノールの言葉はじゃっかん度が過ぎる。中傷とすら受けとれる。
――が、私が最高軍司令部で前もって集めた情報と彼のいうことは一致する。
なによりアトラスが最も信用した情報筋はランス・ノールと同じ見解だった。
「恥を忍んで、はっきり申しあげれば、解任や麾下の艦隊の武装解除へ反抗する可能性は捨てきれないといったところです。責任者としては面目ないですが」
「そうですか……」
アトラスの表情がろこつにくもり、
――いうことを聞かないとなれば厄介だな。
と、いう様子がありありとでた。
最高軍司令部の予想とは違う――。
と、アトラスは思いあごに手をあて黙考。
ユノ・村雨の二面性についてはあらかじめ忠告をうけていたが、ランス・ノールが第四艦隊を掌握しきれていないというのは想定外だ。ここへ派遣されてきたのは私をふくめ4人。1個艦隊を手中にするユノ・村雨に反抗されると困ったことになる。最高軍司令部は粛々と再編成が進んでいくことを望んでいる。そのような方針がある以上、問題が起これば私の経歴にも傷がつく。なにかうまい手はないのか。
逡巡するアトラスへ、
「そこでです。ユノ・村雨への指令書通達には我々を帯同していただきたい」
と、ランス・ノールが思い切って提案。そしてさらに言葉を継ぐ。
「ユノ・村雨の言動に問題があった場合、速やかにマサカツアカツの特殊部隊員で逮捕、拘束します。どうでしょうか?」
「なるほど心強い。願ってもない申し出です」
アトラスが愁眉をひらき提案を快諾。表情は明るい。アトラスには難件が一気に吹き飛んで爽快さすらある。
ランス・ノールも笑顔で応じたが、その目は笑っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その晩ランス・ノールとシャンテルの兄妹は、軍監アトラス・アッヘンバッハを晩餐でもてなした。
シャンテル発案の燭台まで立てた貴族趣味の夕食はアトラス好み。
ランス・ノールは気を良くするアトラスへ、
「アトラス軍監、ユノ・村雨は阿修羅のような女ですお気をつけて」
といって忠告を一つ。
アトラスはこれを、凶暴な女。という程度にしかうけとらなかった。
まあ、ランス・ノールからしてアトラスへ真剣に危険性を忠告し、アトラスを救ってやる意味はない。いや、そんなことをすればランス・ノールの計画は破綻する。真剣な忠告ではない。だが、やはり危険性を認識するヒントでもある。
シャンテルは2人を、やり取りを眺め、
――お兄さまは、お優しすぎるのです。
と思い。悪に徹しきれない兄の姿を愁い視線で見ていた。
晩餐の成果は双方にとって上々。
アトラスは、
――貴族の兄妹からのもてなしというのも悪くない。
と気を良くし与えられた部屋へ向かった。
兄妹2人の姓はセレスティアル。この家系はグランダ軍人のアトラスの認識では貴族だ。
アトラスのなかでは明日の第四艦隊司令ユノ・村雨への訪問への対策も万全。危険な徴候があればランス・ノールに処理させる。
――あとは夜更かしせずに、よく寝るだけだな。
と楽観を覚えつつアトラスは艦内を進んだのだった。
一方、ランス・ノールの私室である司令室では、
「すごいですお兄さまは魔法使いです。遊撃群の解散を回避してしまいました」
シャンテルが大きな瞳を輝かせて兄へ賛辞をおくっていた。
溺愛する妹からの尊敬の眼差しと、賞賛の言葉ランス・ノールもまんざらではない、
「普通なら間違いなく到着早々に遊撃群の解散を宣言し、私とユノ・村雨は艦隊司令を同時解任だったろうな」
と、軍監側の予定通りならどうなっていたかを口にした。
「やはり本来ならそうでしたの?」
「そうだな。だがヤツはユノ・村雨に反抗的にでられることを危惧し、順序を入れ替えた。まずユノ・村雨を解任し、次に遊撃群の解散および俺を艦隊司から令解任するというつもりなのだろう」
シャンテルが兄の推量と予見にまだ驚く。
――お兄さまの金目銀目はなんでお見通しなんですね。
といわんばかりだ。対してランス・ノールは得意満面、
「やつは軍人といってもエリート官僚。部隊指揮の経験などないにひとしい。まかり間違ってユノ・村雨が実力へ訴えれば鎮圧する自信がないのだろう。俺を解任してしまうとやつが諸部隊を指揮して対応するはめになる」
そういって鼻高々。一人称も〝俺〟だ。
艦隊司令ユノ・村雨の反乱となると最悪1個艦隊規模となる。対してアトラスの指揮経験はきわめて貧弱、仮に第三艦隊を自由できても戦闘指揮などとてもできない。
慌てふためき、
「敵を倒せ!」
と、怒鳴るだけでは艦隊は動かない。
「それもそうですが威厳ばっているのに、軟弱で打算的なかたですね。仮に明日、ユノさんが問題を起こせば、お兄さまに責任を押しつけれます。まだ遊撃群は健在で、お兄さまが責任者ですからね」
「だが、その打算が身を滅ぼす」
自信ありげにいうランス・ノールに、シャンテルは思わず兄の腕に絡みついていた。