3-(1) 密謀する兄妹
「お兄さま最高軍司令部から軍監が派遣されてきます」
司令代理シャンテルは宇宙へ戻ってきた兄へ開口一番そうつたえた。
ときは公開処刑を行ってから3週間が経過。
場所は旗艦マサカツアカツの司令室、つまりランス・ノールの私室だ。
久しぶりに兄と2人きりのシャンテルには憂鬱の色。
対してランス・ノールは久しぶりの妹との会話に機嫌よさげ。
帰着したときのランス・ノールは妹の顔を見るなり満面の笑み、その金目銀目を喜色で炯々《けいけい》とさせ、
「元気だったかい私のシャンテル」
と腕を広げ、
――さあ!
というようにシャンテルを自身の胸へと迎え入れ抱擁。再開を喜んでいた。
毎日通話はしていたが、やはり生のシャンテルは違う。とランス・ノールは思う。
――なによりよい臭いがする。
……まて、これでは変態だな。断じて違うぞ。実際に対面して話すのと通話とでは違う。そいうことだ。確かにシャンテルはきわめてよい臭い、いや香りがする。だが、私はシャンテルへ劣情などいだかない。シャンテルの最高の男でありナイトだ。
ランス・ノールは、そんなことを思いながら妹からの報告を受けていた。
一方、シャンテルは機嫌の良い自称ナイトの兄に肩を抱かれ、手を引かれ、いざなわれるように司令室まで従ってきてきたが不安はぬぐえない。
シャンテルの憂鬱の原因は派遣されてくる軍監。ただ、この言葉は見慣れなし、聞き慣れない。
「ぐんかん――とはなんでしょか?」
と、シャンテルもこの軍監とはなんかを当然調べた。
最初はなにかと思いましたが、調べてみればたんなる監査官でした。両軍の統合および再編成は、大規模な軍縮を含みます。なにを残し、なにを捨てるか。それを判断し最高軍司令部につたえるのが軍監です。
そしてもう一つ調べてわかったことは査定の流れです。
軍監は到着してから⇒〝艦隊の管理権限を移譲させ〟⇒それから査定を行ないます。
これは困りましたね……。このままでは、お兄さまは2個艦隊を取りあげられてしまいます。
いま遊撃群の女王となったシャンテルには、
「せっかく掌握した無傷の戦力を無為に手放すのは惜しいというものです。なんとかならないのでしょうか」
という固執がある。
お兄さまにしても同様だろう。とシャンテルは思う。司令長官命令を黙殺してまで第二星系まできて解散命令に諾と従うのであれば、ここまできた意味はない。
軍監の派遣はランス・ノールにとっても、兄と運命をともにするシャンテルにとても由々しき事態。
だがシャンテルの目に映る兄のランス・ノールには余裕を見せ、
「ついにきたという感じではある」
と、ふくみのある声色でいった。
――なにかお考えがおありなんですね。
シャンテルは光明を見た思いだが、それだけに返って自分の情報収集の能力も低さが痛い。シャンテルとしては、もう少し兄のために情報を集めておきたかったという思いがよぎった。
「軍監がたずさえてくる指令書の内容は、調べた限りではわかりませんでした。もうしわけありません」
「いや、いいよ。第三艦隊と第四艦隊の解体は、ほぼ間違いないということわかっている。指令書は遊撃群の解散命令だろう」
「では、お兄さまは解任ですか?」
「そうなるだろう」
「ずいぶんとお兄さまは最高軍司令部から、ご信用があるようですが、それでも解任されてしまうのでしょうか?」
そう。ランス・ノールは信用されていた。証拠に派遣されてくるのは軍監1人に部下が数人という少数。
お兄さまが不穏分子と考えられているなら、この少人数はありえません。とシャンテルは思う。
「信用以上に私が2個艦隊を率いて第二星系にいるという状況は、最高軍司令部にとって非常に好ましくない。やつらは捨てられたファリガ、ミアンノバの民意を、このランス・ノールが糾合してしまうことを恐れている」
「第二星系ですか……」
シャンテルは、そのあとに続く、お父さまの星系ですね。という言葉をぐっと飲み込んだ。
『ラスト・セクター(終わった地域)』
とは過疎化による経済の低迷で困窮したファリガ、ミアンノバの両惑星を指す言葉。星間連合政府は戦争での2個艦隊の新設を優先。2個惑星を切り捨てた。
この状態に改善を訴えミアンノバで首長をなさっていたのがお父さまですが……。
だがシャンテルには父の記憶は薄っすらとしかない。シャンテルが4歳のときに父の聖アルバ公は死んでしまっている。それに、あのころのシャンテルは自分を抱き上げてくれる父が、政治家だったなどと思いもしなかった。
そんなシャンテルからしても、父アルバの遺徳がしみわたっているのが第二星系といってもいい。
第二星系に聖公の遺児であるランス・ノールが艦隊率いて入れば、軍も政府も警戒するというのはシャンテルにもわかる。
そう、お兄様は第二星系で徳望があります。お兄様がここへ艦隊を動かしたわけをシャンテルはもうとっくにわかっています。お兄さまがシャンテルになにを望んでいるかもです。
わかったからにはいま2個艦隊を手放すのは惜しいとシャンテルも強く思う。
「この1ヶ月、お兄さまに従わない不穏分子は段階的に処分してきました。いまの2個艦隊はお兄さまに忠誠を誓っています」
シャンテルは言外に
――このまま手放すのは惜しく、かなり強引な命令も通る。
といったのだ。
「これまでも、さまざまな理由をつけて遊撃群の解散を先延ばしにしていた。だが、もうこれ以上は言い逃れもできない。軍監の派遣は、私から艦隊を切り離したいという最高軍司令部の意思だろう」
「それは困りますね」
真剣に考え込むシャンテル。
そんな妹を見てランス・ノールがほのかに笑った。
いまランス・ノールは妹との一連のやりとりに、打てば響くような心地よさを感じたからだ。
――これが以心伝心というやつか。シャンテルと私は一心同体だな。
ランス・ノールは必ず上手くことは運ぶ。そんな気がする。
「そう2個艦隊が解体されてしまっては困るな」
「消しますか?」
シャンテルの大きな瞳が妖しく光った。
派遣されてくる軍監を秘密裏に殺して時間稼ぎ。暗殺だ。
シャンテルは兄が内に秘めている計画がどの程度進んでいるのか正確には把握していない。
だがランス・ノールは、
「いや、始末するのは確かだが、派遣されてくる軍監殿は有効活用させていただく」
と、妹の恐ろしい問いにも特に気にした様子も見せず答えてから、
「しかし軍監か」
と、失笑。
「まったくです。単に監査官とでもいえばいいのに、名前からしてグランダ軍らしいという感じだとシャンテルは思います」
軍監――、これはシャンテルへ敗戦を強く感じさせた。この名称はいかにも敵国のグランダというらしいネーミングセンスだ。
ランス・ノールは不快な色をにじませるシャンテルの背後に周り込み肩に手を置きなだめるようにしてから、
「シャンテル。軍監の派遣を遊撃群ないにはどうつたえた?」
と、耳元へささやくようにした。
「お兄さまが帰ってくる前日の全体会議で、軍監には解任と人事権があると通達しておきました。軍監部は、ようは人事部のようなものだと。心象を悪くすると今後の配置に響くということはいっておきましたけれど」
耳元でささやかれるというかなり強い親愛の情と一体感をしめした行動。ともすれば嫌悪感すらいだきかねないこの近しいスキンシップに、シャンテルは和んだ表情で、肩に置かれた兄の手へ自身の手を重ねた。
「なら仕込みは完璧さ。あとは軍監がくるのを待つだけさ。なにも心配はない。シャンテルはよくやっているよ」
シャンテルは満足そうにいう兄へ、
「けれど軍監の職権の内容は調べれば簡単にわかります。ユノさんは信じるでしょうか?」
と、いう懸念を口にした。
「大丈夫だろう。軍監部は新たに特設された組織で実態がわかりにくい。軍内では強力な監査権限を持っていると知れているだけだ。調べればわかる。というのはシャンテルの立場と優秀さだからだよ。ユノ・村雨ではそうはいかない」
「確かに調べればわかるといっても、ユノさんの立場では、調べにくいかもしれません。強く問い合わせれば疑念を抱かれかねませんし、ユノさんは監査というだけで痛し痒しでしょうし、なにもせず大人しているということでしょうか」
「そういうことだ。身に覚えしかないユノ・村雨からすれば、いまの段階では苦しいが静黙を保つのが得策だ。下手に動けば余計怪しまれる。それに心象を悪くすると、今後の配置に響くのは事実だ」
ランス・ノールは、そういって余裕の笑みを見せた。
明後日、軍監は到着する。ランス・ノールは妹とともに出迎えのため準備を開始。
兄妹は密謀し、いまランス・ノールの謀略が動きだしている。




